02.「意地悪なカミサマ」

幕間 ~私が神を失くした日~



 ──怒りだ。


 

 自分はその時、どうしようもない怒りに支配されていた。


 豪奢な何処かの一室の中。自分は上から押さえつけられて、床に這い蹲っている。


 そんな自分に、近付いて来る人影。


 自分はソイツの事が憎くて憎くて仕方が無くて、殺してやりたいとすら思っているのに、肝心の身体はピクリとも動いてくれない。


 ソイツの片眼鏡モノクルが光を反射している。その奥の瞳が、まるで救いようの無い馬鹿と相対しているかのように、憐憫すら滲ませて自分を見下ろしている。


 わざわざしゃがんで顔を寄せ、出来の悪い生徒に噛んで含めるようにゆっくりと、ソイツは詠うように言葉を紡いだ。



『──需要と供給という言葉を知っているかね?』



 ニヤリ、とその口が大きく裂けるのが見えた。あまりの事に言葉が出て来ず、ただただ呆然と見返している此方に向けて、奴は更に二言、三言と言葉を重ねていく。


 殆ど距離は無いと言うのに、手を伸ばせば届くというのに、指先一つ動かす事すら叶わない。目の前の人影を護る圧倒的なチカラに押さえ付けられて、どうする事も出来なかった。


 目の前の人影が立ち上がる。肩を揺らし、とびきりの冗句を言ったかのように大笑いしながら背を向ける。


 歩き去っていく。離れて行ってしまう。藻掻いても藻掻いても自分の身体はピクリとも動かず、悠然と歩いて行く奴の背中はどんどん小さくなっていく。


 惨めで、無念で、憎くて、悔しくて、耐えきれなくなった自分は遂に叫んだ。


 意味など持たず、溢れる感情をそのままに、轟々と室内に響き渡る自分の声。視界が歪み、周囲がぼやけて見えなくなっても、自分はただただ、叫び続けていた。



「────────────────────ッッ!!!!」



 涙なんて、とうに枯れ果てたと思っていた。


 そんな事は無かった。


 神も仏も居ないんだと、あの日の自分は泣いていた。



○ ◎ ●

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る