第1話 シャンデリア
首都圏まで電車で三十分の位置にあるK市は、都心で働く人たちのベッドタウンとして栄えている。駅前に大型のスーパーがあり、大通り沿いには居酒屋やファミリーレストランなどの飲食店が軒を連ねている。
駅から少し離れると閑静な住宅街が広がっている。一戸建て、マンション、アパートメント。建物の種類はさまざまだが、どれも造りは豪華だ。
悠介は上京した友人に招かれて、K市を訪れていた。
駅の東口から出て、五分ほど進むとクリーニング店がある。わき道に入り、しばらく行くと、郵便局が見えてくる。その郵便局の手前の角を右に折れ、数十メートル進むと、左手に友人の住むアパートがあった。
立派なアパートだった。白と黒のタイルが張られた壁。廊下の床は真っ黒の石が敷かれていて、天井は真っ白。各部屋の入り口は白いドア。郵便受け周辺だけ黒く塗装されている。四角い建物とモノトーンの外観が見事に調和していた。
部屋の前に立ち、インターホンを押すと、すぐに友人が出てきた。
「やあ、良くきてくれたね」
上京してから二年も経ったので、友人はすっかり垢抜けていた。茶色く染めた髪や、明るい色使いの衣服、つま先に突っかけている艶のある革の靴。悠介の田舎では、まず目にしないファッションだ。
悠介は部屋に上がり、友人のいれてくれた紅茶を飲んだ。
「それにしても、いい部屋に住んでるな」
外観もさることながら、部屋の中も立派だった。間取りは2Kで、バス、トイレは別。天井は板を張らずにはりがむき出しになっている。建築費を抑える意味があるのかも知れないが、天井が高いと部屋が広く感じて気持ちがいいし、むき出しのはりも洒落ていた。
この辺りは地価が高くて、ワンルームの部屋でも家賃は十万近いらしい。これほどの部屋なら、相当な賃料に違いない。
「家賃はどうしてるの?」
「バイトでなんとか」
「学費も自分で払ってるんじゃなかった?」
「公立の大学だからね。奨学金もあるし」
「それでも生活がきびしいんじゃないの?」
「実は、この部屋って、すごい安いんだよね」
「安いはずないだろ。K市で、駅近で、この広さ」
「いや、事故物件ってやつでさ」
なんでも、この部屋は月五万円で案内が出ていたのだそうだ。しかも、それでも借り手が付かず困っていた不動産屋が、さらに二万円も値引きしてくれたのだという。
「それ、やばくない?」
「安いからいいよ。シャンデリアさえ無視すれば、困りごとは何もないし」
「シャンデリア?」
「夜中の一時から三時まではちゃんと眠っておけよ」
わけの分からないことを言い、友人は話を打ち切った。
その夜、悠介は友人と飲みに出かけ、十二時前に部屋に戻り、眠りに付いた。しかし、一時間だか二時間だか、浅く眠ったところで目が覚めた。酒を飲んだせいかトイレに行きたくなったのだ。
電気は消えていた。カーテンも閉まっている。なのに、なぜか部屋が薄明るかった。部屋全体が、沈んだ青色の光に包まれている。
悠介は天井を見上げた。
天井のはりから、何かがぶら下がっていた。それが青白く発光している。
闇に目が慣れてきた。すると、天井からぶら下がっているものの正体が分かった。
それは、人だった。人数は三人。
男が一人と女が二人、はりにロープをかけて首を吊っていた。
悠介は言葉にならない声を上げて叫んだ。その声で、友人が目を覚ました。
「あっ、起きちゃったか。それだよシャンデリア。そいつらは毎晩この時間に、ここにぶら下がるんだ」
「どうして平然としてられるんだよ!」
「だって、そいつら死んでるし。何もしてこないよ」
「そういう問題じゃないだろ!」
「そいつらさ、借金で首が回らなくなって自殺したんらしいぜ。ほら、何年か前にニュースになってた集団自殺。あれだよ」
「そう言えば、見た気がする。そこの郵便局の辺りに規制線が張られてたような」
「そいつらはただの負け犬だ。怖がらなくても大丈夫だよ」
この状況を怖がりもせず、死者を悼みもせず。負け犬の三文字でばっさりと切り捨てた友人。その皮肉っぽい笑みに、悠介は恐怖を感じた。
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