足踏みする空間

リーマン一号

足踏みする空間

電車ってのは良い。


大きな窓からは壮大な景色が流れ、定期的な振動が心地よく体を揺る。


乗客は周りに迷惑をかけないように静かにしたい事をして、それが妙な一体感を生む。


まさに僕にとっての理想的な空間。


新聞を読む太ったサラリーマン風の男性も。


子供とヒソヒソ声で風景を楽しむ親子も。


落ち着いて本を読む若い女性も。


全ての要素がバランス良く散りばめられ、この甘美な空間は作られている。


僕は彼らにちょっとしたエンパシーのようなものを感じながら、静かに妄想にふける。


「ああ。なんて素晴らしい時間なんだ」思わず胸中でそう呟いた。


でも、そんな小さな幸福はある男の登場によって崩壊させられた。


一つ前の駅から乗ってきたいかにもチャラチャラした恰好の若い男。


我が物顔で空いている席にドカッと座り、腕を組んで目を閉じたところまではよかった。


足りなかった要素がさらに付け加えられ、より一層洗練させた空間になったとも言える。


しかし、この男はまるで理解していなかったのである。


なんと徐にバッグからヘッドホンを取り出し、大音量で音楽を流し始めたのだ。


そうなれば当然のように微量ながらも音は外界に漏れ、ノイズとなってこの空間に悪影響を及ぼす。


我々はあまりの出来事に最初の内は呆気にとられるが、ハッとして直ぐに非難するように目を向ける。


それでも無頓着な男は自分が周りに迷惑をかけている事に気づくことはない。


それどころか調子づいた男は今度は音楽に合わせて足踏みまで始めた。


一体いつからここは男の自室になったと言うのだ。


嫌悪感を抱いた乗客たちは思い思いに不快感を示す。


新聞を読む男性は眉を歪め。


親子は小さく男を指さしてヒソヒソ声を発する。


若い女性は音のせいですっかり集中できなくなってしまったのだろう、本を閉じて下を向いてしまった。


そこから僕たちは仕方なく耐えに耐え続けていたのだが、やはり長くは持たなかった。


途中から太った男性がワナワナと震え出し、今にも爆発しそうなったのである。


僕は影ながら男性を応援するように心の中で「行けっ行けっ」と囃し立てると、ついにその時は来た。


太った男性は新聞を床に叩きつけ、チャラチャラした男を指さしてこう告げた。


「ポルノグラフィティのサウダージ!!」


僕の中で一瞬時が止まる。


「なんだそれは・・・?」と、


若い男はヘッドホンを耳から外し、ニヤッと笑ってから「正解!」と呟くと、


それにつられるように静まり返った車内からは「それかー!」と感嘆が漏れる。


そのあとのことは分からない。


彼らとのエンパシーは自分の独りよがりであったことを知った僕は最寄りの駅で逃げるように下車したからだ。






でも大方の予想が付く、きっと第2問が出題されているのであろう・・・


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