純朴魔王の騎士見習い

ハスミ リューセン

第一部 新米魔王は聖女系

1章 裏コマンドで魔王軍

条件01 幼馴染は純朴魔王

 魔王とは何か。

 悪の手先。

 の、黒幕。大ボス。

 魔物軍団の王様。

 かき鳴らされるビアノの和音。お父さんお父さん。俺の頭の中に音楽室で聞いた音楽が蘇る。

 そう。俺は今、その問題に直面していた。

 何をもって魔王というのか。

 ——なぜそんなことに気を取られているか?

 理由は簡単だ。


 大仰なスモーク。

 墨もここまで黒かないだろうってくらいに真っ暗な闇。と、轟く地響き。

「——っげほっ。大丈夫か、マーヤ」

「……」

「マーヤ? 」

 隣に居るはずの幼馴染は黙ったまま煙の向こうをまっすぐに見つめている。

 眞夜子まやこ——もといマーヤは昔から気丈だが、穏やかでちよっと心配なくらいに警戒心がない。

 だからコイツの、こんな緊張した横顔ってのも珍しい。

「おい、そっからなんか見えるのか」

 俺が身を乗り出すと、制服の腕を掴まれ引き戻された。

「しっ……静かに」

 こそ、と耳元でマーヤが囁く。

「リョータロ、なんか聞こえない? 」

「何かって」

 リョータロ——もとい俺、龍太郎は耳をすました。

(聞こえるっつったって、地響きはひどいし、真っ暗なくせに何かが光ってて眩しいし)

 揺らめく赤い光が何万本と敷き詰められた蝋燭の火だとわかる頃になって、轟々と鳴っていた地響きが人々の声だと気づいた。

 叫びだ。狂乱に近い。

「魔王様だ! 魔王様が、ついにご降臨なされた! 」

 マオウ?

「騎士様もお連れじゃ! 」

 騎士。

 騒ぎ立てる連中は揃いも揃って真っ黒ローブを頭まで被っている。

「魔王に騎士、しかも魔王は女王ときた! これは我が魔王軍始まり数世紀以来のレアカードですぞ! 」

 そう言う老人は溢れるほどの白髪を蓄え、息も絶え絶えに咽び泣いている。

 ——咽び泣いている!?

 霧が晴れていく。

 照らされた地面にこびりついた模様に、思わずひぇっと青くなった。

 幾何学模様に文字みたいな精密なうねりの羅列。

 まるで魔法陣だ。

 そのド真ん中に俺らはいる。

(ってことは待てよ)

 彼らの言葉を並べてみる。

 魔王。

 騎士を連れてる。

 魔王は女。

 魔法陣の前で叫ぶ黒ローブ。

 ゴコウリンされた、マオウ。

 俺はマーヤを振り返った。


 魔王って、お前か!!


 突然。目の前で。

 幼馴染が魔王になった。


 その瞬間、俺の頭によぎったのは第一声のこれだった。

「……お前、何したの!? 」

「……えっ」

 本人のマーヤはぽかーんとしている。

 当たり前だろう。

「……何って。……何も」

 うん、まあ、そうなるだろうな。

 俺たちは普通に下校途中だったんだから。

「えっ、待って、私って魔王なの? 」

「だって見てみろ、こいつら魔王万歳とか言い出して——うわ、なんか拝んでくるやつとかいる! 怖っ! 」

「ほんとだねえ。私たち、何かにられてるのかなぁ」

「ねえやめて。マジで怖いから」

 俺の幼馴染が穏やかすぎる。

「なあ、何か心当たりとかねえのか」

「心当たり? 」

 きょとんとマーヤが繰り返す。猫みたいにぱっちりした茶色い目が瞬く。

「ああ。俺が言うのもなんだがな、お前ほど魔王にかけ離れたやつはいねえぞ」

「そうかなあ」

「そうだ。幼馴染の俺が言うんだから間違いない」

「それは……そうかも。付き合い長いし、リョータロって割と鋭いのよね」

 純朴な信じやすいマーヤはそう納得した。

 ていうか、割と、は余計じゃないだろうか。

「魔王ったらあれだろ。悪さする奴らのトップだ。黒幕。大ボス。なのにお前は優しいし、穏やかだし、人の悪口言ってるところ見たことないし、天然だし、少しは悪事を働いたほうがいいレベルだ」

「リョータロ。悪事は働いたらいけないわ」

「待て。脱線した。だからな、心当たりないのかって言ってんだ」

「心当たり……私が魔王になるような……? 」

 人の心には常に悪が。

 善と悪は表裏一体。

 などと呟き始めたマーヤを引き戻す。

 そんな哲学的高レベルな話をしているんじゃない。

「変なやつに声かけられたりとかしなかったか? ほら、よくあるだろ、俺と契約して魔王になってよっていう」

 よくは無いだろう。

 俺も混乱している。

 しかし天然な頭はわりといいマーヤはそれで合点した。

「わかったわ、女衒というやつね! 」

「ぜげ……え、何? 」

「大丈夫よ、竹下通りでも声をかけてくるお兄さんについて行ったことはありません」

「ああ、タチの悪いスカウトのこと」

 なんか違う気がする。

「それにリョータロ。私、よくしっかり者って先生たちにも言われてるじゃない」

「それとこれとは話が別です」

 しかし意味するところは伝わったようだ。

「いいか。よく思い出せ。お前は優しいから、また困ってる人を助けたんじゃないか。そんでたまたま、その人が悪の手先とかだったんじゃないか」

「リョータロ。私、困っているのならどんな方であれ助けます。それが人の道というものよ」

「恩を仇で返すって言葉知ってるか? そうでなくても、助けた奴がこいつらの仲間で、お礼に魔王の座でもプレゼントされてたらどうするんだ」

「大丈夫よ、そんなものプレゼントされてないわ」

 傘地蔵、魔族バージョン。

「お前許容範囲が広すぎだから、悪魔とか魔王とか得体の知れないモンにまで優しくしなかったか」

「リョータロ。世の中いろんな人間がいます。でも私、差蔑なんてしないわ。あとそんな不思議現象にも遭ってないよ」

 そりゃそうだ。

 ごく普通の日本でごく普通に生きていれば不思議現象には遭遇しないことくらい、俺たち受験を控えた現実を見たくない中学生はもう知っている。

「お前ほだされ易いアホだから、誰かに頼まれて妙な書類とかにサインしなかったか? 」

 マーヤがたははと穏やかに笑む。ちょっと照れた風に。

「リョータロ。あんまり言われるとなんか困っちゃうなぁ」

俺も困っちゃうよそんなのんきな……」

 俺はがっくりと肩を落とした。

 このままでは天然の純朴魔王が誕生してしまう。

 そんな話は古今東西、聞いたことがない。

「だいたい、リョータロは私が魔王だって言うけど、そんなの本当に信じてるの? 」

「正気か? これだけ大合唱されてるのに? 」

 のんびりと話をしている間にも、周りを取り囲む黒ローブの魔王様万歳騎士様万歳コールは止まない。

 むしろでかくなってる気がする。

「むしろ俺たちは何かの儀式に巻き込まれたって考えたほうが現実的だぞ」

「それだわ! 」

 マーヤが至極もっともなことを口にした。

「ここ、どこ? 」

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