零 ヤマイ
生まれてきた子供は病気を患っていた。心臓の病だ。
自分の子が生まれてからひと月後のことである。妻と生まれてきた子と共に久々に穏やかな休日を過ごしていた。夫婦ともに初めての子供ということもあり、慣れないことばかりで面食らうことも多かったが、徐々に要領が掴めるようになり、生活に少し余裕が持てるようになってきていた。
妻が我が子を抱きながら夕飯はどうしようか、など他愛のない会話をしているうちに、突然我が子が泣き出した。急に泣き出すなんてことは日常茶飯事であったが、今回は様子がおかしかった。泣き方が尋常でないのだ。心配になり我が子の様子を伺うと、急に皮膚の色が青く染まりだした。所々水泡も浮き出している。我が子に一体何が――いや、そんなことを考えている場合ではない。急いで電話を取り、病院へ連絡し、我が子は病院へ送られた。
迅速な対応のおかげもあってか、我が子は事なきを得た。医者の説明によると、我が子は生まれつき心臓に疾患があるとのことらしい。幸いにも、命に関わるほど深刻な病気ではない。しかし、定期的な診断、薬の投与、そして、運動制限が必要になることが判明した。
医者の宣告に、私たちは大いに悲しんだ。なんて不運なのだろう。我が子は、生まれながらにして、他人とは違うハンディキャップを背負うことになるのだ。
これからきっと、持病が原因で、辛いことがたくさん起こるだろう。そんな我が子のことを思うと、胸が張り裂けそうになった。どうして自分の子供が、どうして自分の子だけが、どうして……
いや、本当に辛いのは我が子だ。父親として、私にできるのは、できるだけ我が子が辛い思いをしないように、気を配ることだ。
我が子は自分と他人を嫌でも比べるようになるだろう。なぜ自分だけが薬が必要なのか、なぜ自分だけが運動してはいけないのか、その理不尽に思い悩む時が来るだろう。
他人より自分のほうが劣っている……そう思わせてはならない。身体的なハンディキャップがある分、他の子にない武器が必要だ。
例えば、知識だ。他の子に負けないぐらい――いや、それ以上の知識を身に付けさせよう。自分の知らないことでも何でも知っている、そう他の子に思わせることができれば、我が子を侮ることも少なくなるだろう。幸いにも私は研究者だ。偏っているにしても十分な知識は身に付けて入るし、教えることもそれほど苦手ではない。きっと何とかなるだろう。
問題は住居だ。仕事の関係上、交通の便の悪い田舎に家を構えてある。田舎だけあって周りには娯楽といえるものがほとんどない。ほんのささやかな公園があるのと、あとは森と田んぼばかりだ。運動制限がかけられる我が子にとっては辛い環境なのかもしれない。無理にでも都会に住居を移転するべきなのか……
いや、その必要はないだろう。周りに娯楽がないほうが勉学に集中できるはずだ。知識は力だ。我が子にはこの世の中を生き抜くことのできる力が必要だ。体が弱いことを克服できるほどの力を持っていて欲しい。辛い時間を過ごすことになるかもしれないが、我が子の将来を思えばこそだ。
幸いにも隣町には少し大きめの病院がある。薬ならそこで貰えるだろう。移動手段には車がある。少し珍しいが、妻に車の免許を取らせれば問題なくなるはずだ。
ふと、小さな寝息を立てる我が子を見た。とても心地よさそうに寝ている。退院したばかりだが、調子はよさそうだ。そっと、寝ている我が子の手に触れた。すると、その小さな手を握り返してくれる。その大きさといったら、私の人差し指を握るだけで精一杯なほどだ。あまりに小さく、弱々しい手だった。
守ってやらなくては、そう思わずにはいられなかった。この子が穏やかに過ごせるように、笑って過ごせるように、守ってやらなくてはならない。そのためなら、どんなことも厭わない。この子のためなら、どんなことだってやろう。
私は我が子の頭を優しく撫で、決意を固めた。
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