適当シチュエーションまとめ
めそ
少年が借りるアパートの一室に少女がやって来た話
「おはー」
琥珀色の髪を持つ少女が鍵の掛かっていないアパートの一室のドアを遠慮なく開く。
その部屋は1DKで浴室はなく、玄関に入ってまず視界に入るのがトイレのドア。それから視線を逸らすように右手を見れば、ちゃぶ台が置かれただけの妙にこざっぱりと片付いたダイニングが見える。
「勝手に上がってー」
覇気の感じられない少年の声が、ダイニングの向こう側から聞こえてきた。少女は返事もそこそこに靴を脱ぎ捨て、づかづかとダイニングを跨いで布団が敷かれた和室にやって来た。
そこには光の辺り具合によっては茶色く見える黒髪を持つ少年が、枕を顔の上に置いて布団に寝転がっていた。
「……なにやってんの」
「寝てる」
「枕だよ、枕」
少女は少年の顔に置かれた枕を軽く蹴り飛ばす。
少年は左手で目を擦り欠伸をしながら右腕で上体を起こし、そして隣に立つ少女の頭を見て目を大きく見開いた。
「うわ、なにその頭」
「かっこいいっしょ?」
「汚い」
「くかかっ!」
少女は笑い声を上げ、くるりと踊るように後ろに下がりダイニングのちゃぶ台に腰を下ろす。
それを見て少年は頭を掻いて二度首を鳴らすが、なにも口には出さなかった。
「そう言えば鍵開いてたけど、無用心じゃない?」
「吉野が来るって連絡してきたから、開けておいた」
「あ、よっしー来るんだ」
少女は一瞬顔を曇らせた。
「一緒に昼飯食べようって」
少年が言うと、少女は再び笑い声を上げる。
「くかかっ! 彼氏冥利に尽きるねぇ。ね、アタシも一緒して良いかな?」
「俺は別に構わないけど、吉野は嫌がるからダメ」
「よっしーてアタシのこと嫌いだもんね」
「そうだね。いつも悪い虫だって言ってる」
少年は頷きながら立ち上がり、ふらふらと少女の前を通り過ぎてキッチンに立つ。
「水道水飲む?」
「飲むー」
「じゃあ勝手に飲んでて。俺朝飯食べるから」
「あいよー」
少年が冷蔵庫から取り出したボウルいっぱいのプチトマトをキッチンで貪り食う横で、少女は水道水を浴びるように飲んでいた。
「おえ……」
少女は三杯目の途中で飲みかけた水をシンクに吐いた。
「下品」
「しょうがないだろー、朝飯食ってお腹いっぱいなんだぞー」
「アホ」
「ぺー」
少女はコップの中身をシンクに捨て、コップもそのままシンクに置いてちゃぶ台に座り直した。少年はそれを目で追いながら黄色いプチトマトを口に放り込む。
「あー、マジ暇」
少女は首を捻り顔だけを少年に向けながらそんなことを口からこぼす。
「ベランダに洗濯物干してあるから畳んでおいて」
「ヤダー」
「じゃあ帰って」
「ヤダー」
「…………」
「どっか遊び行かない?」
少年はその問いに答えず、最後にひとつ残った真っ赤なプチトマトをボウルの底から摘まみ取ると、指で軽く弾いて少女に向けて放る。
少年に弾き飛ばされたプチトマトは半円を描くような放物線をなぞりつつ、吸い込まれるように少女の口に飛び込んだ。
「ナイストマト」
少女はプチトマトを二、三度噛んで飲み下して少年に笑顔を向ける。
少年は顔をしかめて追い払うように右手を振った。
「ほら、帰った帰った。佐久良も吉野と顔合わせたくないでしょ」
「まーねー。でも、それ以上によっしーを困らせたいかな」
「やめてやれ」
「くかかっ!」
少女は弾みを付けて立ち上がると、またくるりと踊るようにしながら玄関に向かう。
「それじゃあアタシは帰るね」
「いつも言ってるけど、アポ取ってから遊びに来いよ。吉野と鉢合わせても知らないから」
少年は少女を見送らず、キッチンでボウルとコップを洗い始める。
「それはコウちゃんの日頃の行い次第ということで」
「俺かよ。佐久良が気を付けろよ」
「ほどほどにねー」
少女がそれを言い終えるより早く、ドアの閉まる音が少年の耳に届く。それと同時に、部屋の中は水道水が蛇口から流れ出る音のみで満たされた。
少年が蛇口の栓を閉めると、それすらもなくなり硬質な物が軽く触れ合う音が小さくするのみとなった。
「あー、ねむ」
少年は小さく息を吐き、和室に敷かれた布団に再び寝転がり、足元の枕を両脚で蹴り上げて顔の上に乗せる。
その直後、
「やー、ごめん。トイレ貸して」
帰ったはずの琥珀色の髪を持つ少女が再び上がり込んできた。
「勝手に使ってー」
少年は右手で枕を持ち上げながら覇気の感じられない返事をし、そして力尽きたように右手を胸の上に落とした。
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