夜中の攻防
祝賀会も無事終わり皆が眠りにつき始めた頃、寝間着姿のシグルドが瑞希の部屋に通じる扉の前に立つ。
そしてそのドアノブに手を掛けると、静かに扉を開け始め・・・られなかったのだ。
何故か開かなかったその扉をシグルドは、怪訝な表情で何度も押すがその扉は全くびくともせず開く気配を見せなかった。
「・・・何故開かない」
そう険しい表情で呟くと、今度は力一杯扉を押してみたのだ。
しかし結果は変わらず、その扉は固く閉ざされたままとなっていた。
実は瑞希側の方の扉には、瑞希が魔法で出した光の縄で厳重に固定されており、瑞希がその光の縄を消さない限り開かないようになっていたのだ。
だがそんな事はシグルドが知るよしも無いのでそれから何度か試した後、とうとうシグルドはここを開ける事を断念し踵を返して廊下に通じる扉に向かって歩き出した。
そしてシグルドはシーンと静まり返った廊下に出ると、隣の瑞希の部屋に向かったのだ。
しかし瑞希の部屋の前まで近付くと、シグルドは眉間に皺を寄せてその場で立ち止まる。
何故ならその瑞希の部屋の扉の前で、見知った人物が床に座り込んでいたのだ。
「・・・ロキ」
「やあシグルド様、こんばんわ!・・・予想はしてたけど、やっぱり来たね」
「・・・あの扉が開かないのはお前のせいか?」
「ん?何の話?」
そうロキは、本当に何の話か分からないと言った顔でシグルドを見る。
「お前では無いのか・・・では一体?・・・まあ良い。それよりもどうしてロキがここにいる?」
「そんなの決まってるだろ?オレの主が、野獣に襲われないように見張る為だよ」
ロキはそう言って、シグルドをじっと見つめた。
「・・・その野獣と言うのは、私の事を言っているのか?」
「そうだよ。だって現に・・・こんな時間にミズキの部屋に入ろうとしてるだろう?」
「・・・・」
「違うとは言わせないよ?真っ直ぐミズキの部屋の扉を見つめながら来てたからさ」
「私は・・・少しミズキと話をしたかったんだ」
「・・・こんな時間に?オレには、下心ありまくりにしか見えないけど?」
「・・・良いからそこを退け!」
そうシグルドは語気を強め扉に近付こうとするが、その前にロキが立ちはだかる。
「・・・行かせないよ」
「退け。お前には関係の無い事だ」
「いいや退かないね。主の貞操を守るのもオレの役目だからさ」
「くっ!」
ロキが鋭い視線をシグルドに向けると、それを受けたシグルドがそのロキの気迫に一瞬たじろぐ。
しかしシグルドはすぐに気を取り直し、そのロキの反対に回り込んで扉に近付こうとするが、やはりその前にロキが回り込む。
ならばとシグルドは素早く反対に回り込もうとするが、それよりも一歩ロキの方が早くその前に立ちはだかれた。
そうしてそんな二人の攻防は、それから暫く続いたのだ。
一方その頃瑞希は、部屋の外でそんな事が起こっているとは露知らず、キングサイズのベッドでスヤスヤと気持ち良さそうに眠っていたのだった。
翌朝、気持ちよく目覚めた瑞希は身支度を整えてから朝食を済ませ、のんびりと長椅子に座りながら寛いでいたのだ。
するとそこにシグルドがやって来たのだが、そのシグルドの顔を見て瑞希は驚きに目を瞠る。
「え?ど、どうしたのシグルド様?目の下の隈酷いけど・・・昨日眠れなかったの?」
「・・・・」
しかしその瑞希の問い掛けにシグルドは答えようとはせず、視線を瑞希からシグルドの部屋へと通じる扉に向けた。
そしてそこに光の縄で厳重に固定されている扉を見て、シグルドは大きなため息を吐いたのだ。
「ミズキ・・・あれは何だ?」
「あれ?・・・ああ、あの扉の事?あれは、安眠の為にやったんだよ」
「・・・あれを外せ」
「え?嫌だよ!あれ無かったら、夜気になって眠れないからさ!!それにシグルド様はあそこから来なくても、今みたいに廊下側の扉からも来れるんだからそれで良いじゃん!!」
そう瑞希は言い、うんざりした顔でキッパリと断る。
「そうそう、シグルド様はここから入ってくれば良いんだよ。ただし、ミズキが起きている間限定だけどね」
そんな声が突然シグルドの後ろから聞こえ、シグルドがサッと後ろを振り返るとそこには、シグルドと朝まで攻防を繰り広げていたとは到底思えない程に元気なロキが、頭の後で腕を組みニヤニヤしながら立っていたのだ。
「ロキ・・・何故お前はそんなに元気なんだ」
「オレ、暗殺者の時に不眠で仕事する事がよくあったからさ。これぐらい全然平気だよ。なんだったら一週間寝なくても問題無いから、毎日あれやってもオレは構わないぜ?」
「くっ!」
ロキのニヤリとした表情に、シグルドは苦い顔をしてロキをじろりと睨みつけた。
しかし瑞希には何の話かさっぱり分からず、不思議そうな顔で二人の様子を見ていたのだ。
暫しロキを睨み付けていたシグルドは、一つ大きなため息を吐くとロキから視線を外し再び瑞希の方に向き直る。
「ミズキ、今日からダンスの講師が来るからな」
「え?・・・あれ、本気だったの!?」
「当たり前だ。それからついでに、教養と礼儀作法の講師も手配してある」
「ええ!?何でそんなの、私をがやらないといけないの!?」
「何ででもだ。もうスケジュールを組んであるからしっかり受けるように」
「そ、そんなーーーー!!」
そんな瑞希の叫びを無視して、シグルドは瑞希の部屋から去っていってしまったのだ。
そして瑞希は、呆れた表情で去っていったシグルドを見ていたロキに縋るような目を向けるが、そのロキは困った表情で首を横に振ったのだった。
そうしてその日から瑞希の下に様々な講師がやって来て、泣く泣く講習を受けさせられる羽目になったのである。
しかし受けてみると意外と面白く、瑞希はすぐに自ら進んで講習を受けたのだった。
そんな充実した日々を瑞希は過ごしていたのだが、その中で少し変わった事が起こっている。
それはシグルドが、あの祝賀会以降から異様に瑞希に密着してくる事だ。
シグルドは瑞希の部屋を訪れると、一度は必ず瑞希を抱きしめてくるし隣同士で椅子に座ろうとしてくる。
まあこれに関しては、この国の人の信頼の証であるスキンシップなんだろうと、瑞希は勝手に解釈をしてしまっていた。
しかしそれよりも、瑞希が一つ頭を悩ませている事がある。
それは・・・シグルドとロキが、争うように瑞希の膝に頭を乗せてくる事だ。
「シグルド様!もう約束の10分だろ?そろそろ替わる時間だぞ!!」
「・・・いや、まだ1分ある。もう少し待っていろ」
「そんなに変わらないだろ!!」
そんな言い争いを、瑞希の膝に頭を乗せているシグルドとその近くで不満顔で立っているロキが繰り広げているのである。
そして半強制的に膝枕&髪撫でをさせられている瑞希は、そんな二人を見ながらうんざりしていたのだ。
その二人は瑞希の知らない内にいつのまにか話し合っていたようで、先に瑞希の膝枕を獲得したら方は10分間堪能出来る事になっており、出来なかった方はその間邪魔をしないと言うルールが決められていた。
しかしそんな事をやらされている方の瑞希は、それが毎日のように行われる事にいい加減うんざりし、ある日瑞希は二人に脚が痛くなるから止めて欲しいと訴えたのだ。
だが翌日、シグルドの手配でとても座り心地の良い脚に負担の掛からないふかふかの長椅子が、瑞希の部屋に運び込まれてしまったのである。
「これでもう、脚が痛くなる心配は無いだろう」
そう得意気に言ってきたいシグルドに、瑞希は額を手で押え天を仰いだのだった。
(・・・いや、そう言う意味じゃ無い)
瑞希が部屋で様々な講師に教えて貰うようになり、さすがに邪魔をするわけにはいかないと思ったシグルドは、再び城にある自分の執務室で仕事をするようになったのだ。
そして今日もシグルドは、執務机に向かって黙々と書類にペンを走らせ、終わった書類を近くに立っているジルに手渡していく。
しかしシグルドは、その手の動きを止める事無くチラチラと部屋の中にある置時計に視線を向けていた。
そんなシグルドの様子を、ジルは呆れた表情で見ていたのだ。
「・・・シグルド様、まだミズキの講習が終わるには時間がありますよ」
「・・・分かっている」
ジルのその言葉に、シグルドはぶっきらぼうに答えた。
するとそんなシグルドを見てジルは苦笑を溢していたが、ふと何か思い出したかのような表情でシグルドに話し掛ける。
「ああそう言えば・・・ミズキの講師達が言ってましたが、ミズキはああ見えて意外に飲み込みが良く、教えた事をどんどん覚えていってくれるので教えがいがあると言ってましたよ」
「そうか・・・ならばその成果を一度見に行くか」
「・・・後でお願い致します」
ジルはそう言って、今すぐ瑞希の下に行こうと席を立ったシグルドを目を据わらせて見つめたのだ。
そのジルの視線を受け、シグルドは渋々椅子に座り直す。
「こちらの仕事ももうすぐ終わりますので、それが終わりましたら存分に確かめに行って下さい」
「・・・分かった」
ジルにそう指摘され、シグルドは不満そうな顔をしながらも再び黙々とだが先程よりも早い速度で書き始めたのだ。
そんなシグルドを見ながらジルは、瑞希のお陰で仕事がはかどっているのかはかどっていないのか、よく分からないなと思いながら複雑そうな表情をしていたのだった。
そうしてシグルドは全ての書類に目を通しサインを済ませると、それらを全てジルに手渡してから今度こそと言う様子で椅子から立ち上がったのだ。
しかしその時、突然執務室の扉が激しく叩かれる。
そのあまりにも異常な叩き方に、シグルドとジルはお互い怪訝な表情で顔を見合わせていると、その扉の向こうから焦った様子の男の声が部屋の中に響いてきたのだ。
「シ、シグルド様!緊急事態です!入室の許可を!!」
「・・・入れ」
シグルドがそう鋭く言うとすぐに扉が開き、そこから武装姿の兵士が慌てた様子で部屋の中に駆け込んできた。
しかしその兵士の姿はボロボロで、所々血が滲んでいたのだ。
その明らかに只事では無い様子に、シグルドとジルは険しい表情で入ってきた兵士を見つめる。
「一体何事だ!」
「は、はい!ご報告致します!き、北の砦が・・・魔族の急襲に合い陥落致しました!!」
「「なっ!?」」
シグルドの前で膝を折り跪きながらそう報告した兵士の言葉に、シグルドとジルは目を見開いて驚きの声を上げたのだった。
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