月夜の下で・・・

「っ!!」


「あ、シグルド様ごめん!」


「・・・大丈夫だ」




 そんなやり取りを、先程から二人の間で何度も繰り返されている。


 結局瑞希は、シグルドにより強制的に連れていかれ踊る羽目になったのだが、予想通り瑞希は全く踊る事が出来なかったのであった。


 そしてそんな瑞希と無理矢理踊った事で、シグルドは何度も踊りながら瑞希に足を踏まれてしまっていたのだ。




「・・・本当に踊れないのだな」


「だから言ったじゃん!!」


「・・・ミズキ、お前には明日からダンスの講師を付ける」


「え?いやいや、そんなの要らないよ!!どうせ踊るの、これ一回キリだからさ!!」


「いや、必ずまた踊る事になる。しっかりと講習を受けるんだぞ」


「ええ!!」


「っ!!」


「あ、ごめん!!」




 そんな会話を踊りながらしていたので、再び瑞希はシグルドの足を踏んでしまったのである。


 そうしてそれからも何度かシグルドの足を踏み、漸く演奏が一曲終わった。


 するとその頃には瑞希はすっかり息が上がってしまい、シグルドに掴まっていないと立っていられない程疲れきってしまっていたのだ。




「シ、シグルド様・・・ごめん、ちょっと外で夜風に当たって休憩したいんだけど」


「ああ良いだろう・・・ミズキ歩けるか?」


「な、なんとか・・・」


「無理をするな。なんだったらまた私が抱き上げて・・・」


「自分で歩けるから大丈夫!!」




 そう瑞希は言い切ると、気力を振り絞って足を動かし大広間から続くテラスに向かって歩き出す。


 そんな瑞希をシグルドは苦笑しながら見つめ、そして少しふらふらしている瑞希の腰を抱いて体を支えてあげた。


 そうして二人は、テラスに続くガラス扉を開けて外に出ると、そのテラスに設置してある手摺にまで移動したのだ。




「う~ん!風が気持ちいい!!」




 瑞希はそう言い手摺に体を預けながら、そのテラスと続いている月の光に照らされた美しい庭園に見惚れる。




「喉が乾いただろう。今持って来るから少し待っていろ」


「あ、シグルド様ありがとう」




 そうしてシグルドは踵を返し、再び大広間の中に入っていった。


 その後ろ姿を見送った瑞希は、もう一度庭園に視線を戻しシグルドが帰ってくるまでボーとその庭園を見つめていたのだ。


 するとすぐに瑞希の後ろから足音が聞こえてきたので、瑞希はシグルドが帰って来たと思い後ろを振り向く。




「シグルド様ありが・・・ん?」




 しかしその瑞希の後ろに立っていたのは、シグルドではなく20代ぐらいの若い男性だったのだ。


 そしてその服装から、どうやらこの祝賀会に出席している貴族だと言う事が伺い知れるが、瑞希には全くその男性の事が分からなかったのである。


 その男性は、瑞希の顔を見ながらニコニコと微笑んできたので、瑞希もとりあえず愛想笑いを浮かべた。




「僕の事分かるかな?」


「え、えっと・・・」


「やっぱり分からないか。先程君がシグルド様と一緒にいる時に挨拶をさせて貰った、フリップスと言う者なんだけどね」


「フリップスさん・・・覚えていなくてすみません」


「いや良いよ。あんなに大勢の貴族が挨拶していたから、覚えて貰っていなくても仕方がないからね」




 そうそのフリップスと名乗った男性は、ニッコリと笑顔を瑞希に向けたのだ。




「え、えっと・・・それでフリップスさんはどうしてここに?あ、もしかしてシグルド様に用事が?それだったら・・・」


「いや、君に用があったんだ」


「え?私?」


「ああ。僕・・・君と一度じっくり、話をしたいと思っていたんだ」


「話?」




 瑞希はそう言って、不思議そうな顔で小首を傾げながらフリップスを見る。


 すると次の瞬間、それまで好青年のような笑顔を見せていたフリップスの表情が、一瞬にしてとてもいやらしい笑顔に変わったのだ。




「君があの全く女性に見向きもしなかったシグルド様を、どう陥落させたのか聞きたいんだ」


「え?」


「あのシグルド様を陥落させたその方法・・・是非とも僕に実施で教えて欲しいんだよ」


「なっ!?」




 フリップスのそのいやらしい笑顔と言い方で、瑞希は何を言われているのか察し驚きの声を上げる。




(な、な、何言ってるのこの人!?私がシグルド様を、体を使って落としていると思っているよ!!)




 その事に瑞希は、目を見開いて驚愕の表情でフリップスを見つめる。




「勿体振らなくて良いから教えてよ」


「ちょ、ちょっと、何を勘違いしてるの!?私そんな事してないよ!!」


「そんな訳無いだろう?その顔で・・・シグルド様が落ちたとは、到底思う訳無いんだからさ。だったら君の体と技が凄かったんだろう?それなら、一度で良いから僕にも味わわせてくれよ」




 そう言ってフリップスは舌舐めずりをして、ねっとりとした視線を瑞希に向けてきたのだ。


 そんな視線を受け、瑞希は背筋に悪寒が走った。




「いや、本当に・・・」


「良いから良いから。じゃあさっそくあそこの茂みに行こう」


「なっ!?は、離して!!」




 フリップスは戸惑っている瑞希の手首を掴むと、強引にテラスから庭園に連れ出そうとしてきたのだ。




(な、何この男!?私の話全く聞いてくれないよ!!くっ、魔法で・・・いやでも、ここで魔法を使って騒ぎが大きくなるのも・・・)




 そう瑞希が迷っている内に、フリップスの意外にも強い力で瑞希はグイグイ引っ張られてしまう。




(いや、迷ってる暇は無い!!このままでは私の貞操が!!)




 瑞希はそう思い、掴まれていない方の手をフリップスにかざそうとしたその時ーー。




「・・・何をしている」




 そんな地を這うような低い声が、瑞希の耳に聞こえてきたのだ。


 その声を聞き、フリップスと瑞希はビクッと肩を跳ねさせ恐る恐る同時に振り返る。


 するとそこには、まるで氷のように冷たい眼差しをフリップスに向けているシグルドが、飲み物の入ったシャンパングラスを二個手に持ったまま立っていたのだ。




「お前は・・・確かフリップス男爵だな」


「っ!!」




 その聞いた人を凍らせてしまうんじゃ無いかと思えるような低い声のシグルドに呼び掛けられ、フリップスはカタカタと震え出した。


 するとシグルドは、まだ瑞希の手首を掴んだままのフリップスの手をじっと睨み付ける。




「・・・その手を離せ」


「は、はい!!」


「フリップス男爵、前からお前が女癖が悪いのは聞いていたが・・・その女性に手を出したら只で済むと思うなよ」


「ひっ!!も、申し訳ございませんでした!!」




 シグルドの射殺すような視線を受け、瑞希から手を離したフリップスはその場から一目散に逃げ出していったのだ。


 そんなフリップスの後ろ姿を見送ってから、瑞希はホッと胸を撫で下ろす。


 するとそんな瑞希の近くにシグルドは無言で近付くと、手摺の上に持っていたグラスを置きそしてじっと瑞希を見つめてきた。




「シグルド様?・・・ああそっか、えっと・・・助けてくれてありがとうね」


「ミズキ・・・何故、魔法の力を使って逃げなかった?」


「え?あ~いやさすがに魔法使ったら、騒ぎが大きくなって色々面倒な事になりそうかなと思ったからさ」


「あの場合、そんな事気にしなくても良い!」


「まあそうだよね。さすがに私もこれはヤバイと思ったから魔法使おうとしてたんだけど、丁度その時にシグルド様が来てくれたんだよ」




 そう瑞希は苦笑しながらシグルドにそう告げると、その瑞希を見たシグルドが大きなため息を吐いたのだ。


 そんなシグルドの様子に瑞希が不思議そうな顔をすると、突然シグルドが瑞希を抱きしめてきた。




「ちょっ、シグルド様!?」




 その突然の行動に、瑞希はシグルドの腕の中で激しく動揺する。




「・・・これだからお前から目を離せないんだ。少し目を離した隙にこんな事態になってるとは・・・それにしても、何故お前はそんなに危機感が希薄なんだ!」


「い、いや、私的にはちゃんと気を付けているつもりなんだけど・・・」


「それならば、自分の命を狙っていた敵国の王の寝所に潜り込む事などしないだろう!」


「うっ・・・それはそうなんだけど・・・って、そろそろ離して欲しいんだけど!」




 瑞希はそう言って、シグルドの胸に顔を埋められた状態で身動ぐが全く離してくれる様子が無かった。


 むしろ動けば動く程、瑞希を抱きしめるシグルドの力が強くなってきたのだ。




(な、何なのこの状況!?何で私、シグルド様に抱きしめられないといけないの?まあ確かに、前にもシグルド様に抱きしめられた事はあったけど、その時はシグルド様が私を守ろうとしての事だったし意味は分かるよ。だけど今のこれは、全く意味が分からないんだけど!!!)




 そう瑞希は思い、この状況に戸惑っていたのだった。


 そして瑞希はシグルドの顔を見ながら抗議しようと、なんとか顔だけシグルドの胸から離し上を見上げる。




「っ!!」




 するとそこには、真剣な眼差しでじっと瑞希を見つめているシグルドの顔があった。


 そしてそのシグルドの表情に瑞希の心臓は大きく跳ね上がり、何故かそのシグルドの顔から視線を反らす事が出来無くなったのだ。


 そうして暫し二人は見つめ合っていると、シグルドがゆっくり顔を傾けながら瑞希の顔に近付いてくる。




(・・・やっぱり綺麗な顔・・・・・)




 瑞希はその様子を見ながら、まるで夢でも見ているかのようにボーと近付いてくるシグルドの顔を見つめていた。


 するとその時、突然テラスに突風が吹き抜け手摺に乗せてあった二つのグラスの内、一つが下に落ちて粉々に割れてしまったのだ。




「「っ!!」」




 そのガラスの割れる激しい音に、二人は咄嗟に顔をその割れたグラスの方に向けた。


 そしてその割れたグラスを見て、二人は暫し驚いた表情のままその場に立ち尽くす。


 するとそこで、瑞希はシグルドの腕の拘束が緩んでいる事に気が付き、サッとシグルドの腕から抜け出した。




「た、大変!!これこのままだと危ないから、私ちょっと給仕の人呼んでくるね!!」


「なっ!?待てミズキ!!」




 そのシグルドの呼び止める声を無視して、瑞希は急いで大広間の中に入っていったのだ。


 しかしその時の瑞希は顔を真っ赤に染め、激しい動悸を抑えるように胸を押さえていたのだが、それはシグルドからは死角になっていたのだった。


 そうして一人その場に残されたシグルドは、瑞希を止めようと伸ばしていた手を静かに下ろし、そして大きなため息を一つ吐く。


 そしてシグルドは、まだ無事だった手摺に乗っているグラスを手に取ると、その中身のお酒を一気に煽ったのだった。


 その後すっかり気持ちを落ち着かせた瑞希が給仕の男性を連れて戻ると、その給仕係りに後の事を任せ二人は再び大広間に戻ったのだ。


 しかしすっかり疲れてしまった瑞希が、もう部屋に戻りたいと訴えたのでシグルドはそれを了承し、シリウス達に先に辞する挨拶をしてから二人は離宮に戻っていったのだった。












 部屋に戻る為離宮内を二人で歩いているのだが、何故かシグルドはずっと瑞希の腰を抱き密着している。


 そしてその瑞希はうんざりした表情で、シグルドの横を歩いていた。


 一応瑞希はこの状態をなんとかしようと、何度もシグルドに離れるように訴えたが全く聞き入れて貰えなかったのである。


 そうして結局瑞希の方が諦め、部屋までの辛抱だと自分に言い聞かせながらその状況を受け入れる事にした。


 ちなみに瑞希が先程感じていたシグルドに対する激しい動悸は、あんな美形の顔が間近に迫ってくれば誰でもそうなるだろうと一人納得し、きっとさっきのは何か瑞希の顔に付いていたのを確認しようと、顔を近付いてきたのだと結論付けてしまったのだ。


 そうしてすっかりシグルドに対してなんとも思わなくなった瑞希は、シグルドにガッチリ腰を抱かれていてもただうんざりするだけであった。


 そんな瑞希とシグルドはお互い黙って廊下を歩き、そして漸く瑞希の部屋の前に到着する。


 そして瑞希は部屋に入る為ドアノブに手を掛けたその時、今まで黙っていたシグルドがおもむろに口を開いてきた。




「ミズキ・・・今夜はこのまま・・・」


「あ、ミズキお帰り~!」




 シグルドが全部を言い切る前に、そんな明るい声が瑞希の少し開けた扉の向こうから聞こえてきたのだ。


 するとその声に驚いた瑞希が慌てて扉を開けると、そこには長椅子に座り料理が乗った皿を片手で持ちながら、フォークを持った手で笑顔で手を振っているロキがいた。


 そしてそのロキの目の前にあるテーブルには、所狭しと沢山の料理が置かれていたのだ。




「ロキ!?」


「お疲れミズキ。祝賀会は楽しめた?」


「ま、まあ、一応ね・・・」




 瑞希はそのロキの質問に、曖昧な表情で答えたのだった。




「ロキ・・・何故お前がここで料理を食べている?確かにお前の部屋に、祝賀会で出される料理を運ぶようには手配してあったが・・・」


「そんなの決まってるだろ?ミズキと一緒に食べる為に、オレがここに運んだんだよ。・・・どうせミズキの事だから、緊張して何も食べて無いんだろ?」


「あ、そう言えば、料理の存在すっかり忘れてた!!」


「やっぱりな。どうする?ミズキ食べるか?」


「うん!食べる!!今更気が付いたけど、凄くお腹ペコペコだった!」




 そう瑞希はお腹を手で押さえると、ロキの存在で唖然とし腕の力が緩くなっていたシグルドからサッと逃れる。


 そしてその足でロキの下まで早足で進むと、すぐにロキの向かいの椅子に座り、取り皿を取ってその皿の上に料理を乗せ始めたのだ。


 しかしそこでふと瑞希は、まだ扉の所で黙ったまま立ち尽くしているシグルドに気が付いた。




「あれ?シグルド様どうし・・・ああそっか。シグルド様、ここまで送ってくれてありがとうね。シグルド様も疲れているだろうし、もう私の事は気にしなくて良いから部屋で休んでよ」




 そう瑞希は笑顔で言うとすぐに料理へ視線を戻し、そして料理を食べる事に集中してしまったのだ。


 そんな瑞希をシグルドは呆然と見つめていると、瑞希に料理を取ってあげているロキがシグルドに視線を向けてニヤリと笑う。




「くっ!!」




 シグルドはそんなロキを見て苦い顔をすると、じっと瑞希を見つめてから無言で部屋から出ていったのだった。

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