白い悪魔

 ロキは和泉に向かって一心不乱に駆けていき、シグルドがその背中を追っていく。


 瑞希はその突然の出来事に、動揺し固まってしまっていたがすぐにハッとなり手を前に突き出すと、真剣な表情でロキに照準を合わせる。


 するとその瑞希の手から光輝く光の縄が現れ、物凄い速度でロキに向かって伸びていった。


 そしてロキを追い掛けているシグルドを簡単に追い抜き、その光の縄は駆けているロキの体を捕らえると、ぐるぐるとその体に巻き付いたのだ。




「うわぁ!」




 ロキの体はあっという間に光の縄で拘束され、その場に倒れ伏せる。


 シグルドはその光景に、一瞬呆気に取られその場に立ち止まるが、すぐにそれが瑞希の仕業だと分かり再び剣を構え直してロキに向かって走り出した。




「よしミズキ!そのまま捕まえていろ!」


「いやいや、あんたもちょっと待ちなさい!!」




 瑞希はそうシグルドに叫ぶと、手からもう一本光の縄を出し今度はシグルドの体をぐるぐるに拘束したのだ。




「なっ!?何故私まで!!」




 シグルドもそのまま、ロキと同じように地面に倒れ伏しながら瑞希に向かって叫ぶ。


 すると今度はシグルドまで拘束した瑞希に向かって、ジルが手を突き出し何か口を動かして魔法を発動しようとしていたのだ。




「あ~も~!!あんたもちょっと大人しくしてて!!」




 そう瑞希が叫ぶと同時に、ジルが魔法を発動するより早く瑞希の手から光の縄が一本飛び出し、ジルの体に巻き付くと魔法を発動されても困るので、その口も同時に塞いだのだった。




「んんん!!」




 口を塞がれ床に転がりながらジルは必死に鼻で抗議の声を上げるが、瑞希はそのジルを完全に無視し、まだ瑞希の手から伸びている光の縄に繋がれた二人を見る。


 そして瑞希はその縄を軽く引っ張ると、二人は引き摺られるように再び部屋の中に戻ってきたのだ。


 ちなみに、其々が持っている抜き身の武器で怪我する恐れがあった為、その刀身にも光の縄を巻き付けて危なく無いようにはしてあった。




「ミズキ!今すぐこれを解け!!」




 そう床から身を起こした状態のシグルドが目をつり上げ瑞希に向かって叫ぶが、瑞希はそのシグルドも完全無視し無言でロキに近付く。


 そのロキはと言うと、光の縄で縛られている状態で床に胡座をかいて座り、観念したかのように俯いていた。


 そして瑞希が近付くと、ロキは自嘲気味に笑いながら顔を上げて瑞希を見てきたのだ。




「・・・殺せよ。どうせ暗殺に失敗したんだ、遅かれ早かれオレは殺されるんだ。だったらミズキの手で殺してくれ」


「・・・・」


「ミズキ、たの・・・痛え!!」




 ロキのその諦めきった態度に、瑞希は無言でロキの頭の上にゴンと鈍い音をさせながら拳骨を落とした。




「ちょっ、ミズキ!それではオレ死ねないから!!」


「ロキ・・・あんた本当に暗殺者だったの?」


「っ!・・・・・ああそうだよ。オレの主に、あの聖女を暗殺するように命じられた暗殺者だ」


「・・・私に近付いたのも、もしかしてその為?」


「・・・そうだ。ミズキがあのシグルド様に追われていると知って、そのミズキと行動を共にしていれば、上手くいけばシグルド様にそして聖女に会える可能性があったからだ」


「・・・じゃあ、何で隣国に案内してくれたの?この国にいた方が、早く私が捕まってシグルド様に会えたかもしれないのに?」


「それは・・・」


「ロキ・・・あんた本当は、暗殺なんてしたく無かったんじゃないの?」


「・・・いや、暗殺自体は全く躊躇は無い。ただ・・・暗殺を実行する事で、ミズキともう一緒にいられない事が正直辛かった」


「え?」




 そのロキの言葉に、瑞希は驚きの声を上げてロキをじっと見つめる。




「生まれて初めて、オレを全く怖れなかった人であるミズキと出会って、そして一緒に旅をして・・・オレ、正直このまま暗殺の事なんか忘れてミズキとずっと二人で過ごしていたいと思っていたんだ」


「ロキ・・・」


「だけど駄目だった。ずっと染み付いている暗殺者としてのオレが、ターゲットを見付けた事でその命令を遂行しなければと頭と体が反応してしまったんだ」




 ロキはそう言って、悲しそうな表情で瑞希を見てきた。




「やっぱりオレは暗殺者なんだ。だからオレはもうミズキとは一緒にいられない」


「・・・だったら、暗殺者なんて辞めれば良いじゃん!」


「え?いや、そんな簡単に辞められるものじゃ無いから・・・」


「辞めなさい!」


「いやいやいや!オレの主が許してくれないから無理だよ!!」


「辞めないなら・・・お尻ペンペンするよ!!」


「・・・・・は?お尻・・・ペンペン?」


「うん!いつも悪戯ばかりする私の甥っ子にそれをやると、一発で効果テキメンなんだから!」


「・・・その甥っ子っていくつだよ?」


「う~ん、確か7歳だったかな?」


「7歳の子供と同じ事されるのかよ・・・」


「なんだったら、試してみる?」




 そう瑞希は言い、ヤル気満々で腕捲りをして見せる。




「・・・くっ!くくっ・・・あはははは!参った!オレの負けだよ!ミズキの言う通り、オレ暗殺者辞めるよ!」


「本当!ロキ?」


「ああ本当だよ」


「騙されるなミズキ!そいつは、白い悪魔と呼ばれている凄腕の暗殺者だ!そんな奴の言葉を信じるんじゃない!」




 晴れ晴れとした顔で言ったロキの言葉を聞き瑞希は喜んでいると、その瑞希に向かってシグルドが険しい表情で叫んできたのだ。




「・・・シグルド様は少し黙ってて!もし騒ぐようなら・・・シグルド様にもお尻ペンペンするよ!!」


「なっ!」




 瑞希はシグルドをじろりと睨み付けながらそう言うと、シグルドは目を見開いて唖然とし、そしてその様子を想像したのか凄く嫌そうな顔をしたのだった。




「くくっ!王弟でありこの国の王子にお尻ペンペンって・・・やっぱりミズキすげえや!よし決めた!オレ今の主から、ミズキに主を乗り替えるよ!」


「・・・へっ?」


「これからよろしく!オレの主!」


「いやいや、そんな事しないでよ!私、そんなのロキに望んで無いからさ!」


「いや、オレがそうしたいと決めたんだ。これはミズキが断っても、オレ変える気は無いからな」


「なっ!」


「と言うわけだからシグルド様、オレの主が暗殺を望んで無いからさ。だからもう、聖女を暗殺する事無いので安心して良いよ。まあ信じないとは思うけどね」




 そうロキはシグルドに向かってニカッと笑って見せるが、シグルドはそのロキを険しい表情でじっと睨み続ける。




「・・・はぁ~まあ主の話は置いといて、シグルド様・・・ロキの事信じてあげてくれないかな?」


「・・・あいつの話を信じれと?」


「うん。少なくとも、シグルド様よりかは一緒にいた時間は長いから、あのロキは信じて良いと思うよ。それに・・・もし今度も、ロキが同じように馬鹿な事をするようだったら、その時は全力で今のように私が止めるからさ!」


「・・・・」


「お願い!シグルド様!!」


「・・・分かった。今はミズキを信じよう」


「ありがとう!シグルド様!!」




 シグルドのその言葉に、瑞希はとても嬉しそうに喜んだのだった。




「・・・ではミズキ、そろそろこの拘束を解いてくれないか?」


「あ、はい・・・って、解いたらロキを襲わないよね?」


「そんな事はしない」


「じゃあ、ロキを捕まえる事もしない?」


「・・・結果、未遂に終わったからな。今回は見逃そう」


「良かった~じゃあ解い・・・あ、その前にジルさんにも、何もしないように言って欲しいんだけど?」




 そう言って瑞希は、床に転がりながらじっと事の成り行きを見守っていたジルに視線を向ける。


 するとシグルドも、その瑞希の視線を追って横たわっているジルを見て一つ頷く。




「ジル、そう言う訳だ・・・良いな」




 そうシグルドはジルに言うと、ジルはシグルドを見つめコクリと頷き返したのだ。




「よし!じゃあ話はまとまったようだし、今から拘束解くよ!ただし・・・もし約束破るようだったら、誰であっても容赦なくお尻ペンペンの刑だからね」




 瑞希はそう言ってニヤリと笑い、手をまるでお尻を叩いているかにように振った。


 するとそれを見て三人は、真剣な表情で何度も首を縦に振ったのだ。


 その様子を満足そうに見た瑞希は、手を振ってすっと三人の拘束を解いた。


 そうして三人は無言で立ち上がると、ジルは眼鏡を掛け直し服に付いた埃を払うように軽く叩き、シグルドとロキは抜き身の武器を鞘に戻し仕舞ったのだ。


 しかしシグルドは、まだロキを警戒しているのか険しい表情でじっとロキを見ていた。




「シグルド様・・・」




 瑞希はそんなシグルドを見て、呆れながらも声を掛けようとしたその時───。




「一体何の騒ぎだ!」




 そんな声が聞こえ、瑞希は慌ててその声がした開け放ったままのガラス扉の方を見た。


 するとそこには、白い長衣を纏った金髪の男性が怪訝な表情で立っていたのだ。




「兄上!!」




 そうシグルドが驚いた表情でその男性を呼んだように、その男性はこの国の王でありシグルドの三つ年上の兄である、シリウス・ロデル・グロリア王であった。




(うおおおおお!さすがシグルド様のお兄さんなだけあって、こっちも超絶美形!!!)




 瑞希はシリウスを見ながら、驚愕に目を見開く。




(・・・って見入ってる場合じゃ無かった!!なんとかこの場が収まったのに、このまま王様にロキの事がバレたら結局最悪な事態になるじゃないの!!)




 そう瑞希は思い、内心冷や汗をかきながらチラリとシグルドを見る。


 しかしシグルドは何を考えているのか分からない真顔で、黙ってシリウスを見ていたのだ。


 そのシリウスは部屋の中を見渡し、瑞希に視線を向けそしてロキに視線を移す。


 するとそのロキ見たシリウスは、驚愕に目を見開きそして顔を僅かに顰めたのだ。




「・・・シグルド、その者達は?」




 そう眉を顰めながらロキから目を離さず、シリウスはシグルドに問い掛けた。




(・・・シグルド様お願い!ロキの事言わないで!!)




 瑞希はそう心の中で必死に願いながら、懇願するようにシグルドを見つめる。


 するとその視線に気が付いたシグルドが、チラリと瑞希を見てきた。


 そしてじっと瑞希の目を見つめた後、再びシリウスに視線を向ける。




「兄上・・・この者達は・・・私の客人です」




(・・・っ!シグルド様ありがとう!!)




 シグルドがそう言ってくれたので、瑞希は思わず手を握りしめ心の中で感謝したのだ。




「・・・客人?しかし、先程中庭に出て騒いでいたようだが?」


「ああ、あれは・・・そこの少年が、この美しい中庭を見て興奮しそのまま庭に駆け出して行ってしまったので、私が慌てて止めに走ったからです」


「そうなのか?それにしては、かなり騒いでいたように見えたが?」


「・・・この二人は、これから客人として私の離宮に住まう事が決まっているので、それでさらに興奮してしまったようなのです」




(え!?)




 瑞希はそのシグルドの言葉に、驚いてシグルドを見る。


 するとシグルドはそんな瑞希を見て口角を軽く上げ、他の人に気が付かれ無い程度にニヤリと笑ったのだ。




(・・・くっ!ヤられた!!)




 瑞希はそのシグルドの思惑に気が付き、悔しそうな表情をする。




「ふむ・・・まあ、お前がそう言うのならそうなのだろう。・・・シグルドのお客人、私はシグルドの兄でこの国の王であるシリウスだ。騒がしくして済まなかったな。シグルドの離宮でゆっくり寛いでくれ」


「・・・・・はい」




 シリウスがそう言った事で、完全に瑞希とロキがシグルドの離宮に住む事が決定してしまい、瑞希は肩を落とし項垂れ気味に返事を返したのだ。


 そしてロキは、そんな瑞希を見ながら苦笑していたのだった。




「・・・どうした?元気が無いようだが?」


「ああ、長旅で疲れてしまったからですよ」




 そうシグルドが勝手に、瑞希が項垂れている説明をシリウスにしてしまったのだ。




「そうか・・・では、邪魔したようだし私はすぐに去ろう」




 そう言ってシリウスは、踵を返そうとしたその時──。




「シリウス様?どうかなさいましたの?」




 そんな女性の声が聞こえ、シリウスの後ろからひょっこりと和泉が不思議そうな顔をして現れたのだ。




(・・・ひぃーーーー!!和泉さん!!!)




 突然の和泉の登場に、瑞希は目を見開いてその場で固まってしまったのだった。

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