未来へ1歩ずつ

山吹K

未来へ1歩ずつ

「あっちぃー、まじあっちぃー」

「暑い暑いうるさい。聞いてるこっちが暑くなる」

「隼人は暑くないのかよ」

「暑いに決まってんだろ」


7月ももうじき終わる。

強い日差しを浴びながら、幼馴染の一輝と共に歩いていた。左肩には、エナメルバッグをかけて頭には野球帽。このスタイルは、何年目だろうか。


「あら、一輝ちゃんと隼人ちゃん」

「ッチワ」


駄菓子屋のおばちゃんは、笑顔で俺達を呼んだ。


「あ、おばちゃん。今日まだアイス残ってる?」

「まだあるよ」

「やりぃ!隼人、買って帰ろうぜ」

「ああ」


短く返事をし、一輝はソーダ味を俺はブドウ味のアイスを買った。おばちゃんに礼を言って、駄菓子屋を出た。アイスを片手に再び歩き出した。


「なあ、隼人」

「なんだよ」


溶けて垂れ落ちそうになるアイスを急いで食べながら返事をする。一輝は、既に食べ終わっていて棒を咥えていた。


「去年のこと、覚えてるか」

「当たり前だろ」


忘れられるわけがなかった。

去年の夏、俺達は甲子園一歩手前で負けた。決勝戦9回裏、2アウト。2塁にランナー。6対5で俺達は勝っていた。ピッチャーだった俺は、2年ながらエースナンバーを背負い、また一輝も正捕手としてグラウンドに立っていた。

あと、1つ。たった1つアウトをとるだけ。だけど、その1つが果てしなく遠い。

いつもどおり、いつもどおり投げればいい。

一輝がミットを構える。外、ストレート。相手は、空振りをして1ストライク。

俺も一輝も頷く。あと、2つストライクをとればいい。次に投げた球は少し外れて、ボール。

落ち着け、と一輝が言っているのがわかった。

俺は構えたところに投げればいい。あいつのことを1番信用しているのは俺だから。

ど真ん中ストレート、ミットに吸い込ませる、はずだった。

球は、俺の頭上を越え遠くにとんでいた。そして、わぁーという声が遠くから聞こえた。ガッツポーズをしながらゆっくり走る相手チームの人をぼけっと見ていた。

甘い球を投げたつもりはない。コースも悪くなかった。それでも俺の球は打たれたのだ。

ただ呆然と立っていることしかできなかった。


「間宮、整列するぞ」


主将がいつもと同じような表情で俺の背中をポンと押した。

周りを見渡すと、笑顔を見せる相手校。そして、泣き崩れるチームメイト。俺は顔を向けることができなかった。

整列をし、校歌が流れて表彰式に入った。

誰の声も聞こえない。ただ見てわかるのは、俺達が負けたということ。

バスの中は、嗚咽と少しの物音とエンジン音しか聞こえなかった。隣に座っている一輝は、さっきまで泣いていたが、今は泣いていなかった。

俺達は泣くべきではない。

理由は簡単だ。来年がある。3年生には、今年しかなかった。もう二度と出場することはできないのだ。夢を見ることもできないのだ。俺達がその夢を壊したんだ。

怖くて後ろにいる先輩達の顔を見ることはできなかった。

だけど、通路を挟んで隣に座っている主将のことだけは見えた。顔を窓側に向け、カーテンによって阻まれていた。ただ、わかったのは微かに震える声と力強く握られた拳。泣いていることを悟られないように必死の抵抗だった。

もちろん、それに気づいたのは俺だけでなく一輝もだった。バスが到着するまで俺達2人は視線を逸らし、反対方向を見ていた。

顧問の先生とコーチの話を聞いた後、保護者と応援に来てくれた人達に頭を下げ、解散となった。


「間宮、成瀬」

「先輩……」


3年生が俺達の前に立っていた。


「すいません、俺……」

「今までありがとな」

「え……」

「お前らのおかげで俺らはあそこまで行くことができた。本当にありがとう」

「違う、それは先輩達が背中を守ってくれたからで」

「確かに俺らの守りで失点を防いだこともある。だけど、お前のピッチングと成瀬のリードのおかげでもあるだろ」

「でも、最後のあんな大事な場面で打たれて……」


何がエースだ、そう言おうとしたとき


「間宮、成瀬」

「先輩……」

「来年、勝てよ。俺らの分まで。」


俺らの何倍も辛いはずなのに。苦しいはずなのに。笑顔を浮かべる先輩達に感謝ともっと一緒にプレイしていたかったという苦しみが混ざって、俺はその時初めて涙を流した。


「おいおい、さっきまで泣かなかったのになんで今泣くんだよ」

「俺……俺……、もっと先輩達と一緒にプレイしたかったです」

「間宮……」

「主将、俺たち絶対あの舞台に立ちます。そして、先輩達の思いも一緒にのせてプレイします」

「成瀬……。頼んだぞ、次期主将さんよ」

「はい!」


俺達は頭を下げ、先輩達を見送った。

思い出そうと思えば、何度もいつでも思い出せる光景。

あの日から俺達は確実に、1歩ずつ明日のために練習してきた。練習は、きつかった。何度も吐きそうになったし何度も止まろうとした。だけど、あのときの苦しみに比べればなんでも乗り越えられる気がしたんだ。


「隼人」

「なんだよ」


俺の方を見ながら呼んだ一輝は、俺と目が合うと前を向き言った。


「明日、勝とうな」

「何当たり前のこと言ってんだ」

「……そうだよな」


明日、決勝戦。対戦相手は、去年負けた私立高校。去年の借りを返すためにも、先輩達のためにも、俺達のためにも。


「一輝」

「ん?」

「明日、遅れんなよ」

「遅れるわけねぇだろ、何言ってんだよ隼人」


俺のみぞおちに肘をつつく一輝。いつもと同じ調子で安心を覚える。


「そうだな」

「あー、なんか気合い入ってきた。隼人、家まで走ろうぜ」

「本気で言ってんのか、一輝」

「おう、ほら行くぞ」

「はいはい」


俺は、一輝の後を追って走り始めた。

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