第25話 女の子の決意
「・・・・・・・・・・・・・・・」
起きるとキョウタママは僕を抱きしめたまま、まだ寝息を立てていた。
僕の背中にはキョウタがしがみつくようにくっついて寝ていた。
時刻はまだ早朝のようだ。ゴキブリで言えば深夜の時間にあたる。起きているゴキブリもいるが寝ているゴキブリが多かった。
キョウタママの抱擁をすり抜け、かわりにキョウタをその腕に納めると、僕はゴキブリの避難所をさまよい歩いた。
昨日も感じたが、やはり群れ全体に生気が無い。アシダカグモの来襲に怯え、神経をすり減らしているようだ。
目立った混乱はなく、僕が寝ている間にアシダカグモが避難所を襲った形跡はなかった。
自然とキヨミの所在が気になった。
群れを探し回るが、どこにも姿が見えない。よく見ると、付き添っていた二人もいない。
群れの奥に来ると、チビゴキたちの集団がいた。キョウタよりも随分と小さい。初齢幼虫のようだ。十数匹が固まっているが、付き添っている親はいない。
前を通り過ぎようとしたとき、幼い声が聞こえた。
「キヨミお姉ちゃんたち、遅いね・・・・・・」
僕は立ち止まり、チビゴキたちの前に立った。皆、僕の体躯に驚いて怯えたような表情になる。
「ごめんよ。ちょっと聞きたいんだ」
僕はなるべく警戒させないようしゃがんで目線を合わせ、笑顔で話してみた。
「キヨミお姉ちゃんはどこへ行ったんだい?」
皆、怯えて声を出さなかったが、中でも一番しっかりしていそうな顔立ちの子が前へ出てきた。
「キヨミお姉ちゃんは食べ物を探しに行きました」
「食べ物を?」
「えぇ、ここのみんな、お腹が空いているんです」
「君たち、まさかキヨミさんの子じゃないよね?」
なぜか変な焦りが脳裏に浮かんだ。
「わたしたちはみんな、孤児です。親がいなくなっちゃって、キヨミお姉ちゃんたちが面倒を見てくれているんです」
意外だった。あの性格で孤児の面倒を見ているなんて。キヨミにはまだ僕の知らない面が沢山あるようだ。
「キヨミお姉ちゃんは優しいかい?」
「えぇ、とっても! わたしたちの自慢のお姉ちゃんです」
伏し目がちだったチビゴキがぱっと明るく笑った。
周りもそれに同調するように明るくなった。
「あのね、ヨシコお姉ちゃんもたくさん抱っこしてくれるんだよ」
「トウカお姉ちゃんは強くてみんなのヒーローなんだ」
他のチビゴキたちも口々に自分たちの姉貴分を称えていた。
あぁ、この慕われ方は本物だ。
名前の出た二人はおそらくキヨミに付き添っていたメスゴキブリだろう。
僕はキヨミの素性の一部を垣間見ることができてかなり胸にぐっときていた。キヨミを初めて見た瞬間に放たれたキューピットの矢は、決して一時の盲目な情熱ではなかったようだ。
だがアシダカグモがいる今、群れを離れるのは危険すぎる。すぐにでも探しに行かなければならない。
「あの・・・・・・」
チビゴキが何か言いにくそうに、目線を僕に向けた。
「なんだい? 言ってごらん」
「もしかして、“ウドの大木欲情変態野郎”さんですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうだよ」
あぁ、そうとも僕以外にいないよ。そんなあだ名の奴は。あのメスは、子供にまで変な言葉教えるんじゃないよ。
「キヨミお姉ちゃんが言っていました。自分にもし何かあったら、“ウドの大木欲情変態野郎”さんを頼れって。きっと良くしてくれるって」
「それって・・・・・・・・・・・・」
果たしてキヨミは、覚悟しているのか? 自分の死を。
「あの、キヨミお姉ちゃん。大丈夫なんでしょうか」
チビゴキにも意味がわかるようだ。こんな小さい子にいらぬ心配をかけるとは、悪い姉貴分だ。
「安心していいよ。僕が・・・・・・・・・・・・探してみるよ」
“必ず連れて帰ってやる!”などとカッコイイ事は言えなかった。
あのアシダカグモのことはまだ怖い。
遭遇すれば僕はまた逃げ出してしまう。最悪、キヨミを見捨てるかもしれない。
だが、女の子が意を決したというのに、僕が怖がったまま引っ込んでいて人間の男としての理性が許さなかった。
キヨミが死を覚悟したならば、僕は彼女を連れ戻すことに死を覚悟しなければならない。
僕は群れを離れると、開けた空間で座禅を組み、意識を集中した。惚れているキヨミのフェロモンは鮮明に憶えている。位置はすぐに特定できる。
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