A-5
精査のため採取したデータが、非常に高品質の数値を示している。ついては、新たにデータの『提供者』として、パートナー契約を結びたい。
担当職員にそう伝えられた瞬間、顔中の熱が、一度に両眼に集まってきたかのように感じた。集まった熱は涙腺を伝ってそのまま涙として溢れ出す。頬を伝うこの熱いものに溶けている情動はいったい何だろう。私は「感動」などという陳腐な言葉でそれを片付けてしまいたくはなかった。
「なっ、何でもないの。だって、あんまり、嬉しかった、だけだからっ。……あなたは何も悪くないんだから、わ、笑っちゃうからそれ、やめてっ」
足掛け十数年にも及ぶ付き合いの相手が見せた、今まで一度も見せたことのない狼狽えた様が可笑しく、涙を拭いながら暫くクスクス笑いを漏らし続けるという奇妙な有様になってしまった。
最初の施術から数年を経て、なお私は足しげく店舗に通い、新しい情報移植の施術を受けては検査・面談を受けるというサイクルを続けていた。一層完璧な女らしさを、私の本当の憧れを求めて。以前と何ら変わることなく要望を忠実に叶えてみせる職員らの仕事ぶりには満足していたが、飽くまで自分は顧客でしかないと割り切っていた私にとって、今回の提案は望外の喜びを通り越して、青天の霹靂とでもいうべきものだった。
答えは決まっていた。決意と幸福を噛み締めるように一言一言を紡ぎ出し、私は営業職員に承諾の意思を伝える。
本当の自分として生きたかった。誤って宛がわれた男としての殻を脱ぎ捨てて、芯から綺麗で女性らしい、『本物の女の子』になりたかった。身体を取り換えても足りず、足りない中身を補い続けてても、果たして本当の女性に私はなれたのか、憧れ続けた美しいものを体現することはできたのか、その疑問は今日という日まで心のどこかでしこりのように残っていた。
今日からは違う。この瞬間から、私は疑いようもなく本物の女性なのだと、「女性らしさ」に憧れる誰かに求められる本物の女なのだと、本当に自信を持って言いきれるような気がした。
いつの日からか憧れ続けた美しいもの、それを今や私は外側にあって求めるものではなく、既に「本当の自分」として自らの内側に収めている。いま本当の人生の喜びを噛み締めているという実感。今はただ、陶然としてしまいそうな多幸感に浸されて、何も考えずに楽しんでいたいだけだった。
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