ナツのざわつきとハル。

もちもん

キスすると運命がわかるんだってよ。

「見ちゃった」

俺は社会科準備室の窓から声をかけた。

そりゃかけないとキツイだろ?


3年の関ハルと目があってしまったんだから。

しかも、関ハルが穂積とキスをしていた現場を見てしまった後だったから。

幸い(?)穂積は俺に気づかずに、校舎裏を後にしていったが。


「何をですか?」


動揺するわけでもなく、疎まししい父親を見るような怪訝な目で俺を見る。


「浮気現場。」

俺は冷やかすように窓の珊に腕を乗せていってみた。


「浮気じゃないです。」

「君は2組の萩と付き合てるだろ?」

関ハルは、構内ではちょっと有名だ。

秀才、無口、それでいてそこそこ綺麗。

だからなかなか男の噂もあって。

それでいて本人は周りにはなんの興味も関心もなさそうで、いつもプイッとしている。


あんな奴が彼氏の前で照れてみろ。

ギャップでイチコロだろう?


まぁそんな俺は人間観察が好きな35歳社会科教師夏ヒロ。

「はぁ…?」

だからなんか問題でも?っと言う含みを感じる返答と表情。

「なんで穂積とキスしたの?」

めんどくさそうに、ため息をついて冷たい目俺を見る関ハル。


「FreeKissをしてる人の気持ちが知りたかったので。」

なんだって?

おい、おい、おい。

それ本気で言っているのか?

ここは日本だぞ?


「Free Kiss?」

「どれだけの男が寄ってくるかなって言う実験も兼ねてます。だから愛のないキスなので浮気じゃないです。」


いや。だから。

っていうかもうどこから突っ込んでいいかわからない。

「全校の男子に試すの?」

「可能な限り。」


怖いもの知らずも甚だしい。

高校生なんてあわよくば女の子とやってみたいか思うお年頃だろ?


「襲われたらどうするの?」


「だからここでやりました。」


つまり関ハルは俺に見られることを前提だったと…?保障をかけていただと?

衝撃な真実。

ダシに使われた感が誠に腹立たしい真実。


「それ俺も対象?」

ふっかけて見た。

お前俺も男だぞ?

お前が襲われても、見て見ぬ振りする男だったらどうするんだよ。


なんて色々心でツッコミを入れていて、風が吹いて瞬きしたら突然視界が暗くなった。

気づいたら関ハルの顔が目の前にあって。

唇数ミリまで近づけられた。



俺も馬鹿だ。



高々17、18の小娘のくせに!

魔性性の高さ感じる…。

このお互いの熱を感じるか感じないかの数ミリ(正確には数センチかもしれない)の距離で男の俺を試しているわけだ。


そして俺の目を真っ直ぐ見る関ハル。

上目遣い…。

媚びない目つき。

試すつもりだった俺。

状況は一変、試されているのは俺だ。


誰もいないのはわかっている。

放課後18:30。

そして運動部の部活がなければ人通りなどほぼゼロに等しい校舎裏。

体育館は耐震工事中。

野球部陸上部は顧問がいないので17:30で終わっている。誰の目にも留まらない。



俺は負けた。


その数センチは、俺から近づいたから。


2、3秒触れて離された唇。



「さようなら。」



そう言って何事もなかったかのように振り返って帰っていった関ハル。






馬鹿だろ。


俺も。お前も。



俺に限っては犯罪だろ。






1週間が過ぎた。

噂が流れた。

『関ハルが、浮気をしたから萩と別れた』


俺には関係ない。

関係ない。

が。

あの一件を思い出してざわつく。

罪悪感と自尊心…。


「ナツ先生おはようございます。」

「おはよう。」


俺は今日朝の挨拶当番。

「おはよう。白木、スカート短いぞ」

「はーい。」


「センセ、おはよう。」

「おはよう、溝口今日は俺の授業で寝るなよ!」

「あーい。」



で、もう職員室に戻る時間になって現れたのは関ハル。


「おはよう、関。」

「おはようございます。」

この前のことなどなかったかのようにな態度。

目を合わせても、少しも泳がない。

すれ違っていく関ハルを目で追って、セーラ服の襟を見つめた。

関ハルにとって本当に「感情のないキス」だったらしい。


「ナツセンセー!おはー!」

「おはよ。化粧は落とせよ広瀬!」

「気が向いたらねー。」




4限の世界史。

「始めるぞー。」

と入っていって窓際の列の真ん中の席に関ハルを見つけた。

セーラー服を着た華奢な肩が俺に向いていて、開いた窓を眺めているから髪が揺れる。


「関、こっち向けよー。」

「…。」

つまんなそうに前を向く関ハル。


ヒュン。


その瞬間真ん中の席のあたり派手めな長谷部が、プリントを丸めたボールを関ハルに投げた。


「ビッチ。怒られてんぞ!」


で。

教卓の前に立って唖然と見ていた俺。

そして関ハルがその紙ボールを俺に投げた。

「うを?」


「まだ授業始まってないので、怒るのやめてください。」

関ハルの真顔。


「すまん、悪かったな。」


悪かったよ。

悪かったけど…長谷部の怒りはそこじゃないだろ。

長谷部は萩の元カノだ。


「長谷部。関は悪くないから、お前も関に謝れ。人に物は投げるもんでもないぞ。」


まだチャイム鳴ってないもんな。

俺なんで関ハルに声かけたんだろ。


ーーー関ハルの視界に自分を写したかっただけんなんじゃないか…?


まじか。


「関さんごめんねぇー。」

ふざけたように長谷部が謝って、長谷部に似た派手めな女子がタンバリンを持った猿のおもちゃのごとくわらいだした。





関ハルの謎…。


その後何日か経って、また関ハルが校舎裏でキスをしていた。

相手は野球部のキャプテン(正確には3年の夏が終わったので元キャプテン)友部。

デジャブのようなシチュエーション。


そりゃそうか。

あいつは俺に見られることが前提なのだから。


「関ハル。」

「…?」

「またやってんのか?」

「センセに関係あります?」

「あるだろ!俺に見られてること前提なんだろ!?」

「…。」

やめろ、まじで、

その「そうか?」っていう表情。

「今何人目?」

「先生含めて13人。」


その、先生含めてってやめてくれよ。

えぐるな、罪悪感。

そして。

俺は萩しか知らないぞ。

他の先生の前でもやってんのか?

「どんな感じですか?」

「?」


どんなってなんだよ。

なにが知りたい質問なんだ。


「お前が幸せならいいよ。」

正直に言ったら、お前のおかげで俺の心はざわつきMAXだよ!


もう、関わらないでくれ。

思春期の好奇心なんか、35のおっさんにはわかないからな。

お前の頭の中なんか、未知の境地だぜ。


「満たされなかったからもうやめます。」


…。


「さようなら。」



でまた俺は、関ハルの後ろすがたを見送る。

あいつはまたなんでFree Kissなんかしようと思ったのか。

何が得られたのか?





夏休みが明けた。

関ハルが、吹奏楽部の部長の今井と付き合いだしたらしい。


懲りないなアイツも。

そもそもアイツは「付き合う」という行為に何を求めているんだろうか。


愛なら、誰とでもキスしないだろ?

いやするのか?

金か?なんかアイツそんな欲もなさそうだしな。

身体か?

…。



そもそもアイツ何が好きなんだろうな?

あんななんも興味なさそうで、わらったところなんて見たことない。

関ハルとデートにいくならどこに連れて行けば喜ぶのか?

まぁ高校生なら、祭りとか、映画とかに行くんだろうけど。

アイツそれで楽しいのか?



「ハル。ねぇ、ちょっとディープなキスしてもいい?」

「…。」


俺はカーテンだけを閉めた窓から聞こえる会話を聞いている。


関ハルめ。

俺は知らないからな。


勝手に盛って盛られていればいい。


「ん。」



どんッッ。



ーーー?


「私、やっぱり今井くんのこと好きじゃないみたい。」


「は?」


「別れる。」


「意味わかんないよ!キスしたから?」


「…。」


「ねえハル答えてよ。」



で、俺はなんだか揉めているハルにしびれを切らしてカーテンを開けた。


肩を掴まれた関ハルと、肩を掴む今井。


風が関ハルのスカーフ揺らして走り去る。


カキーンと野球部の音が響いて消えた。


おい。おいおい。


お前なんて顔してんだよ。

そんな顔できんのかよ。

なんでそんな…泣きそうな、安堵した、震えた目して俺をみる。


「今井、盛るなら場所とを選べよ。」


「関ハル、お前もな。」



今井が誰と付き合おうが、関ハルが誰とキスしようが俺には関係ない…はずだが。

バカだろ俺も。


どっかいけ。



今井は走ってどこかへ消えた。



めんどくせぇのはさっきから嵐のようにざわざわしている、雷のようにイライラしている、俺の感情の処理であって関ハルでも今井でもないわけで。




「関ハル。懲りただろ?気をつけて帰れよ」

と言って俺は、関ハルを視界から消したくてカーテンを閉めた。



今日は戸締り当番だからそろそろ構内を施錠しないと。


なんて真面目なことを考えて紛らわーーーーー


突然、カーテンから腕が伸びて、窓を背にした俺の首もとに腕が絡まった。


「!!」

振り向く俺。


「センセ。グス。」


「お前なぁ。」


「もうしない。」


あったりまえだ。

男は狼なんだぞ。


「もうしない、これからは両思いの人とする。」


「はいはい。そうしてください。」


「だから、最後にする。」



「は?」


振り向いた俺。

関ハルが俺にキスをした。


唇を離した俺は関ハルの、涙目と目が合う。


「ば、ばかか!」


泣き顔なのに関ハルの口角が上がって、少し歯が見えた。


「うん。」


うんじゃねぇーだろ。

それと、その笑顔は……



ダメだろ。



そしてまた関ハルが俺の唇数ミリまで顔を近づけて止める。



出た。




俺はこれに弱い。



この前と違うのは関ハルが少し震えている。


ーーーー違うか。


この震えは俺のかもしれない。



お互いの感情を隠しきれない、数ミリの距離。


私はくっついてもいいのよ。あなたはどうなの?


まるで唇同士がそんな会話をする、俺の気持ちを図る距離。





俺はコレと、コイツの笑顔と、涙目に弱い。



そしてーーーー…。




応える俺。



いつしか嵐のごとく波打つざわざわも、雷のようなイライラも泡のように静かに弾けてきえていったようだ。


それはまるで喉の奥で弾けて、心地よい痛みを残すサイダーの泡のように。



まぁ幸いカーテンを被った関ハルだから、バレてはいないだろう。



で。

考えて見たら、俺は今井と間接キスだ。



勘弁してくれ。



まぁしょうがないから、面倒見てやるよ。

キス魔な彼女を。








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ナツのざわつきとハル。 もちもん @achimonchan

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