世界樹の箱庭
立木 斥
第1章 プロローグ
第1話 冒険の始まり
―ザッザッザッ。
深い闇のとばりが明けてきたばかりの、多くの人々は未だ眠りについている時間帯。起きているのは早起きの老人と仕事に勤しむ者達ぐらいで、まだまだ街中は静けさを保っていた――一人の青年が騒々しく駆け抜けていくまでは。
「どいたどいたぁ! やっと、やっとだ! 遂にここまできたぞぉ!!」
何事かと僅かな人々が振り返ってみると、街の正門から入ってきたであろう青年が、喜色満面に街の中心部へと向かって走って行った。
「――そうか、またこの時期が来たか。こりゃ、忙しくなるなぁ」
住民が感慨深く呟いた。青年の騒々しさについては、特に思うところは無いようだ。何故なら、この街の住民にとっては毎年訪れる、風物詩のようなものだからだ。
「世界樹の迷宮が、俺を待っているうぅぅ!!」
世界樹の迷宮。それは遥か太古の、神話と呼ばれる時代に、神々が直々に植えた原初の世界樹――マザーツリー――にある、神の試練とも呼ばれるダンジョンだ。
世界中から立身出世を望む者達が挑むこのダンジョンからは、数多くの資源も得られる。そのため、
雄たけびを上げながら走り去る青年の向かう先、街の中心部に彼の目指す世界樹の迷宮への入り口があり、そこへは街の正門から一直線に繋がっている。
そのため、この時期になると、彼の様に街に入るや否や、皆駆け出していくのだ。
――世界樹のもたらす恩恵と、神々の加護を授からんとして。そして、己の夢を叶えんとして。
「――ダンジョンに入れないったぁ、どういうことだ!」
ティアの街の中心部に存在するダンジョンの入り口は、探索者ギルドの建物内に存在している。ダンジョンの出入りを国家として管理している為だ。貴重な資源産出地なのだから当然である。
今、その探索者ギルドの受付で受付嬢に詰め寄っているのは、燃えるような赤い髪と瞳の一人の青年だ。身長は180センチ程で、服の上からでもその体が鍛えられて引き締まっているのが窺える。その腰には長剣とバックラーを装着しており、いずれもそれなりに使い込まれているように見えた。
「規則です。探索者ランクが十未満の方は、最低三名以上でのパーティー登録がダンジョンへ入るには必須条件となります」
青年に対するは、探索者ギルドの花形、受付嬢の一人である。地団駄を踏むかのような青年の物言いに対しても、一切動じることなく淡々と返していた。
「腕に覚えはある、俺は一人でも大丈夫だ!」
「申し訳ありません、規則ですので」
青年が尚も受付嬢にカウンターを乗り越えんばかりに詰め寄る。青年の言葉が自惚れでないことはそれなりの者が見ればわかるだろうが、今は青年の実力は関係ないのだ。受付嬢はにべもなく切り返す。
「――くそう、仕方ないか。ありがとよ、お姉さん。騒いですまなかったな」
どうにもならないと理解した若者は、さすがにそれ以上はごねるようなことはなく、素直に受付嬢へ謝罪をした。これには、まだ早い時間で僅かしかいなかった他の職員や探索者たちも、ほう、という顔をした。
「いぇ、お気になさらずに。では、こちらがカイン様の探索者カードと、手引書です」
「おう」
受付嬢もまたプロフェッショナルである。何事も無かったかのように手続きを終え、青年――カインへカードと手引書を渡す。
カインは受け取ったそれらをざっと確認すると、今後について相談することにした。
「すまないが、そのパーティーってのは、誰とでも組めるのか? こっちに知り合いなんて居ないんだが」
「えぇ、ギルドに登録されている方でしたらどなたでも構いません。但し、探索者ランクに乖離がある場合は、受付できない場合があります。ですので、同程度のランク帯――前後十ランクほどです――の方と組まれることをお勧めします。探索者ランクについて詳しくは、お渡しした手引書をご確認ください」
探索者ランクについて手引書に書いてあることを簡単にまとめると、次の通り。
一、探索者ランクは最大二百まであり、累計ギルドポイント数および、名声値によって増減する。高ランクになると、これまでの実績も査定対象となる。
二、ギルドポイントはクエストを達成した場合、採集または買取指定されているアイテムを納品した場合に加算される。
三、名声値はクエストの依頼主からの評価、ギルド内基準の査定、国や貴族等からの推薦などによって、その人物の信用として評価される。
四、あくまでも探索者ランクは、探索者ギルド内における等級なので、個人のステータスレベルとは異なることを理解しておくこと。
ちなみに、探索者ランクの格――ギルドカードの色――は次の様に評価される。
一~二十未満(白):新人。全体の約四割。
二十~四十未満(青):駆け出し。全体の約三割。
四十~八十未満(緑):中堅。全体の約二割。多くの者がこのランク帯で頭打ちとなる。八十を超えられるかが、大きな壁となる。
八十~百未満(黒):ベテラン。全体の約一割。才能がないと到達できないといわれる。
百~二百(赤):一流。全体で僅か数パーセントしか存在しない。英雄と呼ばれる者たちの領域。
「おう、わかった。それで、どこに行けばそんな奴らを見つけられるんだ?」
「それは簡単です。週に一度開催される新人トーナメントで、見つければ良いんですよ」
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