第1話 カラオケで倒した勇者が仲間にしてほしそうにこちらを見てくる件について

 王都の外れにある酒場。

 かの昔、ワシを討伐するために、王が兵を募ったその場所は――今ではすっかりと地域住民の憩いの場と化していた。ちょっと緩いスナックみたいな、そんな感じじゃ。


「いやー、えぇのうえぇのう。スナックだとオネーちゃんとお話するのがしんどくて、このくらい気兼ねなく寛げる距離感がありがたいのう」


「なー、ほんとそれなー」


「お嬢ちゃん、注文えーかのー?」


 はぁいとやってくる女給さんも、酒場とは思えぬ健全っぷりである。

 普通この手のお店の女給さんというのは、娼婦を兼ねていることが多いのじゃが、いかにも田舎から出てきた無垢な女の子という感じ。


 露出度の低い服装が、ワシ的には好感触であった。


 うんうん。健全。

 健全なのがええのう。

 やっぱり。


 まぁ、こんな顔して夜はすんごいとか――それはそれで興奮するが。

 枯れちゃったワシの股間の角が第三形態になるかもしれないけど。


 どれになさいますかと、メモ帳を手に女給の女の子がワシらに尋ねる。


 ワシと勇者は顔を見合わせた。


「どうする勇者? 酒、飲む?」


「あー、この時間から飲むのは、流石に元勇者的にNGかな」


「世界の半分で王国裏切っちゃった手前もあるしのう」


「裏切らせた爺さんがそれ言う~?」


「えぇんじゃよ。もう、勇者とかそんなん気にしなくても。なぜなら――ワシらの人生は、ワシらが楽しむためにあるのじゃから!!」


「お嬢ちゃん、生中一つ!! あと、こっちの爺さんは焼酎ロックで!!」


 ワシの好みをすっかりと把握している勇者。

 注文に文句がなかったワシが頷くと、お嬢ちゃんはとてとてと足音を立てて、酒場の奥へ駆けて行った。


 揺れるスカートが愛らしい。

 あぁ、世は今日もこともなしじゃ。


「魔王も隠居したし、勇者も裏切ったし、なんも問題ないな、この世界は」


「ほんにのう。それより、勇者よ」


「そう焦るなよ――ほれ、アレだ」


 勇者が視線でそれを示す。

 酒場の隅、恰幅のいいステテコのパンツを穿いた男が、マイクを手にして熱唱している姿が目に入った。

 つい先日まで、ドラキュラが入ってそうな黒い棺桶みたいな箱が立っていたそこには、魔法テレビと小さな箱が置かれていた。


 あれが――最新式のカラオケ機。

 魔法ネットワークで全国ランキングが出る奴に違いない。


「カラオケも小さくなったのう」


「んだよ爺さん、詳しいのか?」


「昔はレーザーカラオケと言うてのう、ラーの鏡みたいなでっかいディスクを入れて使ったもんじゃよ」


「マジかよ」


「それが今はあんな小さくなって……IT革命じゃのう」


「さらに魔法ネットワークで全国ランキングまで出るんだぜ」


「ユキピダス社会じゃ」


 IT用語を追えてる魔王感を出しつつ、ウィットの利いた会話をする。


 まぁ、世界の半分を統治することにしたので、そこら辺の歩み寄りみたいなのは大切じゃと、ワシも思っておるのじゃよ。


 彼の第六天魔王の織田信長も領民には優しかったというしのう。ワシも、先人の例に倣って清く正しく優しい魔王として、頑張りたい所存なのじゃ。

 うむ、ワシ、立派じゃのう、えらいのう。誰も褒めてくれんから、自分で褒めちゃうよん。


「はい、生中と焼酎のロックでーす」


「「かんぱーい!!」」


 勇者と二人で乾杯する。

 流石はまだまだ若い勇者である。口をつけるや一息に、半分ほどの生中を飲み干した。対して、お爺ちゃんのワシはちびりと焼酎を舐める。


 若者には若者の、老人には老人の、酒の嗜み方というのがあるのじゃ。


 さて――酒が来たのはいいとして。


 問題はどのタイミングで、あのカラオケ機に近づくかじゃ。


「見たとこ、それほど人気があるようではないのう」


「さかばのじいさんたちはさいしんのカラオケききにこんらんしている」


「こりゃっ!! そんなステータス異常みたいに言うんじゃない!!」


「行けばすぐに貸して貰えそうな感じだな。よっしゃ、んじゃ、早速――」


 言うが早いか足が出る。

 流石は勇者、勇み足。


 勇者は半分残った生中をワシのテーブルに残して、そそくさとカラオケ機器の前へと行ってしまった。


 まったく、年長者を敬うという気持ちが、あやつにはないのかのう。

 お互い変に気を遣いあうよりは、よっぽど楽でいいのじゃが。


◇ ◇ ◇ ◇


「うっそだろおい!! 40点って!! 40点ってぇっ!!」


「残念じゃったのう」


「何かの間違いだろう――逆ラリホーの勇者ちゃんのこの俺が!!」


「それ、蔑称だって、ちゃんと理解しておるのか?」


 勇者が歌い終えて帰ってきた。

 いつものように、デスメタル系の歌を微妙にきれいなテナーで歌い切った勇者であったが、無慈悲にも彼の歌声をカラオケ機は40点と断じた。


 うぅむ。なかなか厳しいカラオケ機らしい。さすが最新式、10ベースTケーブルで、魔法ネットワークと接続されているだけある。どういう理論で採点されているのかは分からんが、とにかく手強い機器じゃ。


 しかし――臆する訳にはいかぬ。


 なぜならばワシはこの世界の半分を支配する者。


 魔王じゃから。


「行くのか魔王の爺さん!!」


「ふっふっふ、どうやらワシの真の姿を見せる時が来たようじゃ!!」


「……くっ!! 悔しいが、俺の仇はまかせた!!」


 まかせよ。

 ワシは振り返らず、拳の甲を勇者に向けて――親指を立てた。


 勇者よ、お主の仇。

 このワシがとってやろう。


「このワシの十八番――『ラダトーム越え』で!!」


◇ ◇ ◇ ◇


「99点じゃぁ」


「……おぉ」


「ランキング全国1位じゃ」


「……歌ったの全国で三人しかいないけどな。けど、凄いな爺さん」


 高得点が出た。

 いやまぁ、結構練習した歌だから、そこそこ点数でるとは思っていた。


 しかし――全国一位とは思いもしなかった。


 いやはや、ワシ、まんざら捨てたもんでもないのう。


「仇は取ったぞ勇者よ」


「ちっくしょう!! 俺だってかつてはアンタと張り合った勇者だ!! こんな力の差を見せつけられて、はいそうですかと納得できるかよ!!」


 再戦だ。

 そう言って、三杯目の生中をテーブルにたたきつけ勇者は立ち上がる。


 目が据わっておる。

 第二形態に入った感じじゃ。


 まーったく、こいつは、酒癖だけは悪いんじゃから。そんなんじゃ、お嫁さん貰った時に暴力振るわんか――お爺ちゃん今から心配じゃぞい。


「俺が今から――世界を取り戻す」


「すぐムキになるのも悪い癖じゃ」


「そんな性格じゃなかったら、魔王討伐とかアホなこと言い出さんわ!!」


 正論過ぎて返す言葉もない。


 再び勇み足。

 キラーマシーンならぬカラオケマシーンに、勇者は再戦を挑んだ。

 やれやれまったく――そう思って焼酎を舐めると。


「……あのう」


「なんじゃぁ?」


「さっきの歌、とっても素敵でした」


「えぇものを聞かせていただきましたぁ。ありがたや、ありがたや」


「心が震えましたよ。お爺さんいったい何者ですか」


 ワシの歌を聴いていたのか、何人かの女性が急に取り巻いてきた。ワシらと同じで酔っているのか、ほんのりと赤い顔をしている。


 年頃は、二十手前から六十過ぎまでいろいろじゃが――酒場に出入りするだけあって色っぽい娘たちじゃ。


「よければ一緒に飲みませんか?」


「えーあー、ワシ、今日は静かに飲みたい気分なんじゃが」


「まぁまぁ、そう言わずに」


「そうですよー。渋いお爺ちゃん」


「そんなツレないこと言わないで。ねっ、楽しみましょう」


 一番歳をとった婆様がつつついとワシの太ももを指でなぞった。


 むむ、これは――この婆さん、ワシに気があると見た。


 参ったのう。


「……モテる魔王は辛いの~う」


「ねっ、よろしいでしょう、ダンディなお爺さま」


「よいよい。特に許す。お主ら、ワシの隣に座るがよい」


 わぁい、と、女たちが沸く。

 その時ワシの肌が泡立った。

 鋭く刺すようなこの視線。

 かつて感じたことがある。


 振り向けば。


【ゆうしゃが なかまにしてほしそうに こちらをみている】


 13点の点数と共に情けない負け犬の顔をした勇者がこちらを見ていた。


 全国ランキングは――。


 ぶっちぎりの最下位。

 128人中の128位であった。


「……勇者よ、人気のある歌はダメじゃ!! マイナーなので攻めよ!!」


 母数が少なければ、点数が低くても順位だけは――。


 そういう問題ではないのう。

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