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『緊急特番!! 女流麻雀・スペシャルエキシビジョン開催!! 四大ヤクザのケツモチ姫4人による2半荘の順位勝負!!』

 テレビ、ラジオ、あるいは空を飛ぶカラスたちがそれを報せると同時に、下町は蜜蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。きっと中央街にある巨大な街頭モニター周辺は下っ端ヤクザたちが群がり、幹部たちが出払っていることも手伝って混迷を極めていることだろう。ケージと別れたコガは喧騒に巻き込まれぬよう遠回りをしながら、仕立て屋の師匠に譲ってもらった隠れ家へと急いでいた。

 <女流麻雀>の放映は、下町中央街問わずメルヘンシティの男たちに共通する最大の娯楽の一つである。麻雀自体が元々は男が作ったものであり、男が大好きな勝負事の一つなので、それを姫がやってというそれだけでも男たちにとっては靴を投げ出して画面にかじりつく価値がある"道楽"なのだ。あいにくコガは麻雀自体にあまり興味がなかったが……女流で使われる牌やマットは男たちが使う黄色や緑の汚いソレとは違い、宝石かマニキュアのように輝く可愛らしいデザインだということくらいは知っている。開催はいつも気まぐれで、放映が知らされるといつも街全体が一気に賭け事で色めき立つ。

 ケージはこの女流麻雀も嫌っているのだろうか……と、コガはふとそんなことを考えた。不気味かつ不可解な男だった。いったいどんな環境で育てば女を嫌いだなどと堂々と宣言できるのか。理解できるところは何もなかったが、強烈な印象が黒脂ピッチのように頭にこびりついてしまったのは確からしい。近々また連絡を取ると一方的に宣言し彼は去っていったが、結局正体はほとんどわからずじまいだった。こんな無意味な道草でヒメを待たせてしまったことが後ろめたくて、腹立たしい。

 賭け騒ぎに乗じて開かれた露店から、香ばしい焼きそばの匂いが漂ってくる。ヒメとはやらかし以降、なんの打ち合わせもできず離れ離れになったままだ。ちゃんと隠れ家で待ってくれているだろうか。

(でも、会ったら何から話せばいいんだか……)

 賑わう道を足早に通り抜けようとしたコガの腕を、小さな手が掴んだ。

「コガ!」高い声。

 ドクンと一つ、大きく唸った心臓を落ち着ける。

 コガはまず、指先を見た。白くて細くて、美しい指だった。

 恐る恐る、手の主の顔を見る。

「よく……」心を落ち着け、口調をコントロール。「よく、俺がここにいるってわかったな、チビ」

「へへ、チビだよ」ブカブカのフードとマスクの隙間に、月と太陽のように笑う2つの目があった。「もー、足速いんだからぁ。全然追いつけなくてめっちゃ疲れたぁ」

「どうやって、見つけたんだ?」周囲に目を配らせながら、もう一度聞く。割と冗談じゃないという気持ちだった。

「恋する乙女の嗅覚舐めたらいかんのだ!」笑っているヒメことチビはまるで空気を読んではくれない。

「ええと……怒ってない?」素直に聞いてみる。

「へ、何に?」

「いや、つまり、ええと……」

「あれ、コガからなんか色んな匂いがする」

「うわ、すみませ……いや、悪い悪い、昨日から色々あって。くそ、どっかでシャワーを浴びないと……」

「あ、それなら大丈夫かな。向こうにもあるから」

「向こう?」

「えっとね……」

 何か言おうとしたチビの言葉を、下町の下品な騒音が遮った。モニターの前で、賭けのオッズか何かで揉め事が起きてるらしい。ぱっとボードを見る限り、一番人気はラプンツェル。強いのだろうか。

「……コガって、麻雀好き?」男同士の喧嘩を妙に面白そうに眺めていたチビが、そう聞いてきた。

「え? いや、別に」答える。

「ふーん、そっか。ぼくもよくわかんないんだよね」チビは腕を組んで、またコガを見上げた。「あれ、そもそも男の子のとこにも麻雀ってあるんだっけ?」

「あるけど、牌の色が全然違うよ。男向けのは小汚い緑とか黄色とか……とにかく、デザインが終わってる」

「へえ」チビは本当に興味なさそうに肩を竦めた。「ていうか、そうだ、今夜ちょっとデートしない? 行きたいところがあるんだ」

「今……なんて?」

 コガは聞いた。

 すでに下町の騒音がほとんど聞こえなくなるくらい意識が張り詰めていた。

「えー、せっかく恥ずかしくないようにさらっと聞いたのに……二回言わせるのってえっちじゃない?」

「……デートって言ったか?」

「で・え・と、って言いました。キャーはずかしー!!」ペシペシッと、軽く肩を叩かれた。

「デートって……それはつまり……」コガは口ごもる。「お……いや、チビたちがいる街に行くってこと?」

「チビたちってなに? あ、女ってこと?」

 周りを気にしながら、首を縦に振った。

「街ではないかな。女の子はいっぱいいるとこだけど」彼女はそう答えた。

「そ、そんなの無理に決まってるだろ……俺、まともな服なんて一つも持ってないって……」

「え、なにって?」

「だから……」匂いを気にしながら、仕方無しに顔を寄せる。「無理だよ。デート用の服なんて持ってないんだから。俺、仕立て屋だよ? 言いたくないけど、マジで貧乏なんだって……」

「うん、だから服とか全然いらない場所にしといたよ」チビは妙に楽しそうに体を揺らしている。「実はねぇ、もう予約取っちゃったんだ。ねえいいでしょ? お願いお願いお願い!!」とはしゃいでるのを往来の男たちが何人か見下ろして行くのが本当にゾッとしなかったが、幸いにも皆さして考えることもなく視線を外していく。ようするに、だと思われているわけである。この痛みに関してもチビは全く理解を示してくれてはいない。もうすでに諦めて久しいが……。

 変にテンションの高いチビの姿が逆に良くなかったのか、肌の下からどっと、タールのように重たい疲れ、湧き上がってきた。意地悪な魔女に騙されてりんごと梨を運ばされた伯爵もきっとこんな気分だったろう。

 もう丸一日、満足に寝ていない。

(明日じゃ……ダメなんだろうなぁ……)

 ため息をついて、チビに向き直った。

「あの……どこでデートなの?」それを聞く。

「んふふ、それはねえ」チビはマスク越しに人差し指を自分の口元に当ててみせる。「内緒!!」

 ぐるりと、胸の中で唸る感情があった。

"俺は、ああいう女が大嫌いだ"

 ついつい頭に浮かんだ不届き者の言葉。

 その意味を振り払うように、コガの口はただ「OK……」と、力なく呟いていた。

「わーい!! よかった!! 楽しみにしててね、絶対喜んでくれると思うから!」

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