219:先に進むのに、最初の一歩がみつからないって話
氷の中で、眠るように封印されているカイルを背に、俺とジャビール先生はみんなの待つ会議室へと戻る。
席につくと、国王陛下……ヴァンが手を顎にやる。
「状況は理解したな?」
「ああ」
俺はゆっくりと頷き、決意の視線を送る。
ヴァンにはそれで十分通じたらしい。
「改めて貴様に命じる。どんな手段を使っても構わん。蘇生薬を作り出し、カイルを復活させろ!」
「必ず、やり遂げる! ……のはいいんだが、黄泉がえり薬のこと言っちゃってよかったんだろうか」
ジャビール先生にしか言ってなかったのに、あの苦労は……。
ヴァンが腕を組む。
「いまここにいる者には、諸処の事情から知らせることにした。もちろん口外しないことを約束してもらっている」
「事情ってなんだ?」
「単純に協力を求めるので、情報共有が必要だったことが一番だが、もう一つは、通信の魔導具で、状況を見ていた人間とその関係者だからだ」
ああそうか。チヨメは様子を見てたから、上司であるノブナに隠し事は出来ないだろうし、さらに上司に対しても、報告しないわけにもいかないのだから、ミズホ神国側の上層部には知られている。
そう考えたら、事情を説明して、秘密を守ってもらう方が良いのだろう。
ジタローも見てたから、ここにいるのはわかる。
ため息交じりにヴァンが、片膝をついた。
「言うまでもないが、問題解決の難度は特級だというのに、使える人材は機密保持の観点から、このメンバーからしか選べぬ」
そうか、少しでも確率を上げるため、信頼出来る者に情報公開したのか。
「クラフト。貴様からの要請があれば、このメンバー内で直接協力……または間接的に協力することになる。バティスタとザイードは裏方だな」
それを聞いて、眉を顰めるザイード。
「当然のことながら、陛下も裏方ですからね?」
「う……わ、わかっている」
「理解されているのなら良いのです」
うわ、まさか直接手伝う気だったのかよ!?
ザイードも良く気づいて釘を刺したな! ぬーん。こいつ官僚としてはめっちゃ有能だよなぁ。
俺は気持ちを切り替えて、立ち上がった。
「もちろん俺は、カイルのためならなんだってやる! やるとも!」
机に両手を叩きつける勢いで宣言する。
だが。だがである。
「だけど、なにからしたらいいんだよ!?」
なによりそれがわからない。蘇生薬でも復活薬でも黄泉がえり薬でもなんでもいいけどさ! それってどうすりゃ作れるのさ!
ジャビールが額を押さえながら、指を向けてきた。
「それじゃ。ソーマに必要であるが、手に入らぬ材料があると言っておったな。それはなんじゃ?」
大方の予想は付いておるのじゃがなと、小さく呟く。
「ユグドラシル=ソーマに必要で、現在入手不可能な素材はただ一つ……、世界樹の葉です」
俺の告知に、国王であるヴァンとザイード以外の全員がざわざわと騒ぎ出す。
「世界樹? 実在しているのか?」
「おとぎ話には良く出てきますよね」
「必要なら、探しに行くまでなのよ!」
「古い資料で、存在していたらしいのは間違いないのじゃが……」
「世界樹の葉と偽って、シソの葉を持ってきた馬鹿が昔いたのぉ」
先生。その言い方だと、最終的に騙されたのか回避したのかわかりません。ちょっと心配です。
「世界樹が存在しているとして、そもそも本当にその葉が必要なのであろうか?」
「たしかに。苦労の末手に入れたとして、実は必要ありませんでしたとなれば、無駄足どころの騒ぎではなかろうな」
ミズホ神国の頭脳組は、素晴らしいほど現実的である。常に先のことを考えられるのはさすがだ。
俺は”空間収納”から、封印処理のされた宝箱を取り出す。ジャビール先生はチラ見して、俺に頷く。
全員が見えるように、宝箱を開けると、中には黒い植物が詰まっている。
覗き込んだザイードが、ヒュドラのことでも思い出したのか、苦々しい表情を浮かべていた。あのときのザイードは、やらかし絶頂期だったもんな。
逆に目の見えないムテンだけが、寂しそうに姿勢良く座ったままである。
落ち着いたら、治してやりたいのだが、素材集めする時間すら取れなくてな!
カイルが元気になるまで、少しばっかり我慢しててくれ!
「この黒い植物は、魔物がスタンピードする原因と考えられます。確定ではないので、調査中です。そして、この植物の正体なのですが……」
すると、ヴァンが片眉を持ち上げ、俺とジャビールに視線を向ける。言外に「聞いてないぞ」と言いたげな視線。
ジャビール先生が小さく首を横に振ると、ヴァンはため息交じりに頷いた。
それだけで通じるのは凄いが、口止めをしていたのがジャビール先生だと理解したのだろう。
ヴァンが顎を上げ、先を促したので、俺は続けた。
「これは『変質した世界樹の一部』だと思われます」
「思われる? 鑑定したのではないのか?」
「鑑定の結果が……あやふやなんですよ。おそらく知識不足です。先生の課題で、黒の植物を調べたり実験したりを繰り返していたら、黄泉がえり薬に必要なのが世界樹の葉だと、紋章が囁いたんです」
ヴァンが自分のあごを撫でる。
「そういえば、俺も剣の修行中に、突然技を覚えたりしたな。あのひらめきを紋章の囁きと言うんだったか」
「そうです。紋章の囁きが間違った知識を広げるとは聞いたことがないので、実際に世界樹も、その葉も存在するってことです!」
だが、ジャビール先生は首を横に振った。
「クラフトよ。材料に世界樹の葉が必要なことと、この世界に世界樹が存在することは、同列には語れぬのじゃ」
「え!?」
「単純に考えてみよ。世界樹が「過去にあっただけ」の可能性を」
「……あっ!」
そんな! それじゃあどうすりゃいいんだよ!
いや待て、それだって可能性の問題だ。ないかもしれないが、あるかもしれない。
「今ある可能性もあるってことじゃないですか!」
「うむ。問題は別にあるのじゃ」
「別ですか?」
「気がつかんのか? 世界樹自体はもう見つけておるという事実を」
俺の思考が一瞬止まる。
「あ……ああ! 変質しているけれど、これは世界樹!」
「うむ。そうなのじゃ。私たちは世界樹を手に入れているわけなのじゃな」
「じゃあ、あとは変質してない世界樹を見つけるだけじゃないですか!」
目標が決まったぜ! と俺は飛び上がったが、ジャビール先生は呆れた視線を俺に向けていた。
「あの、なんか間違ってましたか?」
「間違ってはおらんが……気づいておらんようじゃのう」
「なにが抜けてます?」
世界樹の存在が確定なんだから、あとは探すだけだろ?
「世界樹がどれだけあるかわからぬが、その全てがすでに変質している可能性なのじゃ」
背筋に凍ったような衝撃が走る。
「さらになのじゃ。仮に正常な世界樹を見つけたとして……葉があるかどうかも別問題なのじゃぞ」
確かに先生の言うとおりだ。だが。
「それでも俺は探します。カイルのために、正常な世界樹の葉を! 絶対に見つけてみせます!」
グッと拳を握りしめ、改めて決意を表明。
「……ただ、どこから探せばいいもんか」
俺が肩を竦めると、次々とメンバーが脱力していった。
「おま、ふざけんなよ!?」
「クラフト君……」
「行き当たりばったりはいつものことっすよー!」
「黒の植物の調査から入るべきか?」
「研究した結果が、変質した世界樹という話だろうよ」
「黒い状態の世界樹なら、魔物の集まり具合で、少しは予測がつくが……大変だぞ?」
「それで見つかるのは変質したものであろう?」
「そうなんだよな」
こうして、初っぱなから全員が頭を抱えることになるのである。
ただ一人、魔術師のエヴァを除いて。
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