176:商品確認は、大事だよねって話


 次の日、現人神ムテン・イングラムとの謁見はまだ調整中とのことで、今は御三家の判断で進められるものをすることになった。

 髭の隻眼偉丈夫であるシンゲン・ヴィルヘルムが、いつものように、がははと豪快に笑いながら、俺たちを待ち受ける。

 今日のメンバーは、カイル、俺、ペルシア、リーファン、カミーユで、残りはノブナの案内で街を回っているはずだ。

 護衛にはペルシアとカミーユがいれば十分という判断である。


 シンゲンの横には、相変わらず疲れた様子のハンベエと別に、二人の武士がいた。

 一人は年上の男で、鋭い目つきで俺たちを観察している。


 もう一人は俺と同じ年頃の若い武士。

 前髪をかき上げ、妙に格好つけている様子は、他の武士とずいぶん様子が違う。

 思い出した。

 クラーケン相手に苦戦してた若造(俺も若造だが)だ。

 確か、御三家の人間で、やたらノブナにアピールしてたが、けんもほろろだった奴。今日はペルシアとカミーユにちらちらと視線を送っている。

 節操なしかよ!


「ぐわはははははは! 良く来たカイル殿! 今日は御三家が揃ったので紹介する!」


 シンゲンが若い方の武士の背中を、ばーんと叩く。よろめきながら若武者が前に出て、ふっと微笑みながら前髪をかき上げた。そんなに邪魔なら切っちまえよ。


「私は御三家の一つ、オブライエン家のカゲタカ。カゲタカ・オブライエンである! 今日は父モトナリの名代として来ている。まぁよろしく頼むよ、王国の……」

「私はカイル・ゴールデンドーン・フォン・エリクシルと申します」

「ずいぶんと若い領主なのだな」

「国王陛下には過分な評価をいただいております」

「……ふん。まぁいいさ。遠路はるばるご苦労だったな」

「ありがとうございます」


 なんつぅか、偉そうな奴だぜ。

 控えていたもう一人の眼光鋭い武士が、シンゲンに押し出される前に、自分から前に出る。


「……御三家セントクレア家の家長、マサムネだ」

「よろしくお願いします」


 こちらの武士は、最低限の挨拶だけ交わす。様子見してる感じか?

 とりあえず、お互いの紹介が終わったところで、シンゲンがぐわっと叫んだ。いや、地声がでかいだけか。


「さて、カイル殿! 今日は何を見せてくれるのだ? 昨日言われたとおり、表通りにアクセスが良く、かつ防衛が完璧な建物を用意したぞ?」


 どうやらカイルは、宴会のさなかも、しっかり話し合いを進めていたらしい。まぁ、実際に対応していたのはハンベエの方だろうが。


「まさか一晩で用意していただけるとは思いませんでした」

「ぐわはは! この程度造作もない!」

「それでは昨夜ハンベエ様にお伝えした設備を設置させていただきます」

「なに!? なぜハンベエだけ知っている!?」

「父上が、王国の菓子に夢中になって聞いていなかっただけですよ……」


 貢ぎ物レベルでない、手土産として、お菓子なんかを持っていったら、夢中になって食べてたからな。食事の質はミズホ神国が上だが、甘味なんかは王国の方が発達しているようだ。

 人間の生存領域は狭いから、現状では王国以外に主食以外の嗜好品を作る余裕などほとんどないのだろう。王国でもそんな余裕が出来たのはゴールデンドーンが出来てからだが、錬金肥料のおかげで、短期間で色々と収穫出来ている。

 王国が豊かになっているのは、そういう部分でも伝わったのだろう、ハンベエはカイルの提案に飛びついて、翌日である今日に、設備を設置することになったのだ。


「設置には少し時間がかかります。リーファンさん。お願いしますね」

「うん。お任せください! クラフト君、仕上げになったら呼ぶね」

「わかった」


 設置しているところはミズホ側に見せたくないので、用意してもらった倉の中に、空間収納から健在を取り出し、あとはリーファンに任せる。


「それでは完成まで、こちらを見てもらいたいと思います。クラフト……さん。お願いします」

「はい」


 俺がやるのは、錬金硬化岩の説明だ。

 火山灰などの原材料がミズホで手に入るかはわからないが、錬金硬化岩用の錬金薬は大量生産が可能なので、輸出出来るならかなりの儲けが出る。と、カイルが事前に説明してくれた。

 俺は庭の端の邪魔にならない場所に、板を数枚使い簡単な型を作ると、そこに錬金硬化岩を流し込みながら、見学しているサムライたちに説明をする。


「このまま数日乾かし、水分を飛ばすのですが、今日は時間がないので、水分蒸発薬を使います」


 まだ固まっていない硬化岩に蒸発薬を混ぜ込むと、じゅおおと水蒸気が上がり、あっという間に硬質化したので、木枠を外してそれを見せる。


 ハンベエだけでなく、御三家セントクレア家のマサムネも、目を剥いてのぞき込む。


「なんと……この短時間で石垣が……」

「木枠を組めば、形も自由自在か……」

「少量ずつ運べるのだから、石垣と違い、高い場所にも容易に普請が可能であるな」


 見るからに頭脳派のハンベエとマサムネは、硬化岩の利点を見抜き、即座に活用法を話し始める一方、シンゲンとカゲタカは固まった硬化岩の方に興味を引かれていた。


「おお! 泥としか思えなかった物が、このように固まるか!」

「ふん。どうせ見かけ倒しだろうよ!」


 カゲタカは前髪を、ばっとかき上げると、腰のミズホ刀を抜き、硬化岩へと振り下ろす。

 がぃいんと、甲高い金属の音が辺りに響くと同時に、カゲタカが「ぐわぁ!」と刀を取り落とした。

 手が痺れているようで、手首を押さえている。


「おぅわぁ! か! 刀が! 刀が欠けたぞ!」


 もちろん硬化岩の方も欠けているが、頑丈さは伝わっただろう。


「オブライエン家の長男ともあろうものが情けない……。刀が泣いておるぞ。どれどれ」


 今度はシンゲンが腰を落とし、刀に手を添える。居合いの構えだが、王国の剣士が良くやる構えとは違うようだ。


 チン。


 俺が認識できたのは、鍔鳴りだけ。昨夜と全く同じ状況だ。ってことは……。

 指で硬化岩を突くと、ずるっと岩塊が滑り、地面へと落ちた。真っ二つになった硬化岩の表面は、磨いたように真っ平らなのが恐ろしい。


「なるほど。この強度で城壁を作ったら厄介だろうぞ!」


 シンゲンの感嘆に、俺は思わず言葉遣いも忘れて突っ込んでしまう。


「いやいやいや! バターみたいに真っ二つじゃないですか!」

「ぐわははははははは! そりゃワシだからだ! 御三家の長男が手こずるのだから、強度は巨大な一枚岩と変わらぬ! ワシとて、厚みがあれば手が出せんわい! ハンベエでもこの大きさを壊すのが精一杯だろうよ!」


 ガハハと笑うシンゲンに、ハンベエは無言で肩を竦めるだけだった。

 破壊は出来るのね。

 シンゲンは達人だけど、ハンベエもアルファードかペルシアくらいの腕前を持っていそう。ミズホのトップ連中は化け物揃いだわ。

 だからこそ、この小国を守り抜いてこれたんだろうな。


 一通り、硬化岩に対する質問を終えてから、カイルが先に進める。


「先ほど硬化岩にも使った水分蒸発薬は、このような応用も出来ます」


 あらかじめ用意しておいた、海水の入った樽に、蒸発薬を突っ込むと、激しく水蒸気が上がり、煙が収まると、樽の内側には塩の結晶がこびりついていた。


「なんと! これほど簡単に塩に!」

「はい。この錬金薬は価格を抑えて出荷させていただこうと思っています」


 それにマサムネが目を細める。


「なるほど。その代わり塩を安価で輸出しろ……ということか」

「そうご理解いただけたら嬉しく思います」

「数日でミズホの強みと弱みを見抜いて、交渉ごとに乗せてくるか。王国が侮れないのか、カイル殿が侮れないのか悩むところだな」

「お褒めの言葉と受け取っておきますね」


 ニコリと微笑むカイルに、マサムネが今日初めて、わずかに頬を緩めた。どうやらハンベエだけでなく、御三家の人間に認めてもらったらしい。


「それでは塩と硬化岩の錬金薬は、セントクレア家が取り仕切ると言うことで――」

「待て、マサムネ。それは我がヴィルヘルム家が責任を持って――」

「ヴィルヘルムが得意は、刀であろ? そろばん勘定くらいはセントクレアに任せて欲しいものだ」

「だが――」

「いやいや――」


 なんか権利を巡って、二人が言い争い始めちゃったよ。お互い笑顔なのに、目が全く笑ってねぇ。怖い!


「どの家が取り仕切るかは、王国には関係のない話だろう。二人とも今は概要だけを進めぃ!」

「「はっ!」」


 将軍であるシンゲンの一言で空気が収まる。

 そのタイミングで、リーファンが建物の入り口から顔を覗かせた。


「クラフト君! 仕上げをお願い!」

「ああ!」


 俺は逃げるように、建物に駆け込む。


「白熱してたねぇ」

「商談にまで進んだら、全部アキンドーにぶん投げよう」


 リーファンが「そうだね」と、クスリと笑った。



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