174:ごちそうは、最高の潤滑剤って話
「クラフト君! クラフト君! これ美味しい! すっごく美味しいよ!」
リーファンがごちそうに目を輝かせながら、興奮していた。
目の前に並ぶのは、色とりどりの海の幸と山の幸。
運ばれてくる料理はどれも美味なので、リーファンの気持ちはとても良くわかる。
昼餐に招かれた俺たちは、温かみのある部屋に案内され、全員あぐらになり、並んでいる。
シンゲンとハンベエは俺たちと同じくあぐらなのだが、ノブナは正座をしていて驚いた。罰ゲームかとも思ったが、どうやらこの国の人間にとって、正座は普通の座り方らしい。
リーファンに怒られるとき、正座をさせられる身としては、見ていて心配になるが、本人は平然としたもんだ。
さきほどの謁見と違い、レイドックたちも同じ席に招かれ、一緒になって食事をしている。
ジタローなど、さきほどから貪るようにがっついていた。
マイナも手つきは上品だが、口に運ぶスピードが速い。っていうか、めっちゃ食べてる。
「ぐわはははは! カイル殿は本当に頭がいいのぅ!」
シンゲンに気に入られたカイルは、がっつりと掴まって、隣り合ってずっとしゃべりあっていた。一番のお偉いさんの相手をしてくれていて、正直助かる。
「街中を見せてもらったのですが、塩の精製でもお手伝い出来るかと思います」
「ほう? 塩田式よりも効率が良くなると?」
シンゲンだけでなく、ハンベエもカイルの横に座り込み、話に聞き入っていた。
真面目な話しかしないハンベエと、雑談しかしないシンゲンに挟まれているというのに、カイルはよく二人と会話できるもんだ。
三人の後ろで直立不動している護衛のペルシアが、今にも涎を垂らしそうな顔で、並ぶ料理を凝視している。
カイルがそれに気づき、彼女に振り向いた。
「ペルシアも料理をいただいて構いませんよ」
「し、しかし……」
「ミズホ神国側に護衛が立っていないのです。こちらだけ護衛が立っていたら失礼に当たるかもしれません」
「う……」
ダメ押しとばかりに、カイルが笑みを浮かべた。
「それに、ペルシアの分も用意してくれているのです。召し上がるのも礼儀でしょう」
「わ、わかりました! も、もちろん酒は辞退させていただきますが!」
するとシンゲンが豪快に笑い出す。
「ぐわはは! 王国の近衛は真面目だのう! 膝つき合わせて飲み食いするのがミズホ流! 存分に召すが良かろう!」
「……は!」
こうして、ペルシアもご馳走へと参戦した。
うん。亡霊みたいに突っ立ってたの気になってたから、カイル、ぐっじょぶよ。
「それよりカイル殿、塩の話だが――」
「はい。それですが、水分を一気に蒸発させる錬金薬が――」
「がはははは! この魚は生だが、健康に良い! ミズホ以外の者にもこの素晴らしさを――」
「後味がすっきりしていて、とても食べやすく――」
「今後、お互いの領地に大使を――」
「すでに国王陛下より許可を――」
「ならば、こちらのスシも食すが良かろう!」
「これは米に酸味がついているのですね。魚との相性が――」
シンゲンは料理を勧め、ハンベエは経済や交易の話をするのだが、カイルは両方を上手に相手をしていた。
うん。すげぇぞカイル。
一方、俺たちの相手はノブナに加え、彼女の弟のカネツグ。あと、初見の猫獣人。
その猫獣人は女性で、とても可愛い顔をしている。
女性をじろじろ見るのは失礼なので、視線を外しているのだが……気がつくと猫獣人に視線が引っ張られてしまっている。
ちくしょう!
身長が低く童顔のくせに、でかいんだよ!
しかも見せつけるように、胸の谷間が強調されるような、前合わせのミズホ服なんだよ!
意識しないようにすればするほど、気がつけば視線が吸い寄せられてるんだよ!
マリリンほどじゃないけど、猫獣人は背が小さい分、大きく感じるんだよ!
わかれ!
どうやら俺の視線に気づいたのか、エヴァがものすんげぇ軽蔑したような視線を向けてきた。
ちっ! 違う! これは罠だ!
誰か助けて!
心の声が通じたのか、ノブナが猫獣人を紹介してくれる。
「この娘はチヨメ。チヨメ・クレマンよ。手袋でわからないと思うけど、くのいちの紋章持ちなのよ」
そこでため息を一つ。
「チヨメ。客人を困らせたらダメなのよ」
「視線誘導ナリよ。王国の男にも通じるのか知りたかったナリ」
「気持ちはわかるけど、やめるのよ」
「了解ナリ」
チヨメが襟を正してくれたおかげで、眼福だった谷間がお隠れになった。
……べべべ別に残念とか思ってないよ!? これでもう気が逸れないって喜んでるからな!?
俺は心の中で叫んでいたはずなのに、エヴァから向けられたのは、冷たい三白眼であった。解せぬ……。
「そういえば、そちらの方も、くのいちの紋章なのね?」
ノブナの視線がカミーユに向く。
「ん。おそろい」
「拙者以外で、くのいちの紋章を見たのは初めてナリよ」
「珍しい?」
カミーユが、相変わらず単調な口調で首を傾げる。
「ミズホ神国でも、めったに発言しないナリよ」
「ん。レア」
嬉しそうに、カミーユが自分の左手を撫でた。
「それはそうと、そちらの蒼い鎧の……」
「レイドックです」
「そう。レイドックは冒険者なのよね? 恐ろしいほど腕が立つのよ」
「ありがとうございます。でも、俺たちの強さは全部クラフトのおかげなんですよ」
「え? 錬金術師の? どういうことなのよ?」
うぉい、レイドック! 余計なことを言うんじゃねぇ!
「俺たちは冒険者のなかじゃ、二流あたりをさまよってたんですよ。でも、こいつが次々と便利なもんを錬金してくれたおかげで、なんとか一流と呼べる領域に、足が届いたと思っています」
「貴方は間違いなく一流なのよ。そちらの弓士さんも、くのいちさんも、魔術師さんもなのね」
「ありがとうございます」
レイドック、お前ら一流のハードル高くね?
再会したときから、お前たちは十分一流だったと思うぞ?
「でも、錬金術ってちょっとした薬を作るだけなのよね?」
「普通はそうです。ですがこいつが作るのは、軒並み規格外なんですよ。……クラフト。スタミナポーションは献上品に入ってたよな?」
「ああ。普通に貿易予定品だ」
一度こちらを振り向いたレイドックが、ノブナに向き直る。
「こればっかりは、実際に飲んで試してもらわないと実感してもらえないと思うのですが、ノブナ様のお強さなら、……そうですね、八割の力であれば、技を打ち放題になりますよ。剣技系の話になりますが」
「技を打ち放題? 信じられないのよ」
「そうでしょうね。でも事実ですよ」
「ふぅーん?」
ノブナが疑わしげに……いや、興味深げに俺の顔を覗き込んできた。
「ねえ、レイドック。貴方、うちの国に来ない? 貴方なら外様武家として迎え入れるのよ」
ノブナの言葉に、シンゲンが気がつき反応する。
「うむ! ノブナが絶賛する武人であれば、歓迎するぞ!」
外様武家というのが、どんな地位や役職かわからないが、ニュアンスから名誉男爵や騎士位といったところか。
レイドックが軽く肩をすくめる。
「申し出はありがたいのですが、私は生涯ゴールデンドーンの冒険者をやっていこうと思っています」
「ふーむ。そうか。武人の信念はそうそう曲げられぬ。気が向いたら思い出してくれぃ」
「はい。ご厚意ありがたく存じます」
しかし、レイドックの野郎、こういう場でもそつなくこなしやがるなぁ。ほんとイケメンだわ。
「残念だけど、しょうがないのね。……だったら、そっちの可愛い子」
彼女が向いた先には、一心不乱にミズホ料理をほおばるマイナの姿があった。
時々ペルシアと感想を言い合っているようである。
「マイナだったわよね? 弟の……カネツグの嫁にくれない?」
俺は思わず、スシを吹き出した。
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