148:空気の奴がいても、気にしないって話
賢者の紋章で有名な話がある。
世界が魔物で埋め尽くされ、人類、亜人が滅ぼされようとしていたとき、人間たちはどうにか生き残る。
そして生き残った人類に、国というシステムを与え、支え合い、生産し、子を増やすことに尽力した者の手に輝いていたのが、賢者の紋章だったという。
一説には、初代国王か初代皇帝であったとも言われているが、定かではない。少なくとも王国も帝国も、そのような話を広めたりはしていないからだ。
「賢者の紋章……ワイズマン……」
当然、エヴァもその話を知っているのだろう。うわごとのように繰り返す。
建国の知恵者と同じ紋章なのだ。その驚きはよくわかる。
「まさか生きているうちに、伝承に語られし、賢者の紋章を見られる日が来るとはな。……ああいや、まだ決定ではないな」
紋章官が首を横に何度か振ってから、エヴァに向き直る。
「さて、賢者の紋章を刻む栄誉を、私に与えてくれるかね?」
「栄誉だなんて……、こちらこそ、よろしくお願いします」
「それでは……”紋章変換。その名は賢者”!」
エヴァの紋章が書き換わると同時に、部屋を覆うような強い光に満たされ、圧倒的な魔力が渦巻いた。
俺の時に似てるな。
どこから集まってきているのか不思議だが、圧倒的な魔力が集まり、賢者の紋章に変換されていく。とてつもない力を秘めた紋章だと、嫌でも理解できる。
輝きが収まるのと一緒に、魔力が落ち着いていく。エヴァの身体に馴染んだのだろう。
「すごい……。力と知識がみなぎっていくわ……。私に使いこなせるかしら……」
どうも嬉しさより、不安の方が大きいみたいだ。その気持ちは少しわかる。
「おめでとうエヴァ。大丈夫だ。お前ならすぐに紋章の力を引き出して、最高の魔術師に……賢者になれるさ」
俺がエヴァの肩を叩くと、驚いた顔をこちらに向けたあと、口を尖らせて横を向いてしまう。
「貴方に祝われても嬉しくありません。それにどんな力がある紋章なのかもわからないのに無責任なことを言わないでください」
「お、おう」
なんか全否定されて、俺が落ち込むと、リーファンが「ぶふっ!」とたまらず息を吹き出した。
そんなに俺が馬鹿にされたのがおもしろいか。ちくしょう。
「さすが、お姉。やっぱすごい」
「ほんとうよね~。選ばれし子は違うわ~」
「よくわかんないけど、おめでとう! エヴァ姉ちゃん!」
「おめでとうございます!」
皆にお祝いされる中、レイドックに過剰反応して、顔を真っ赤にしているエヴァ。
気持ちはわかるが、奴は諦めろ……。
いや、あいつくらいなら、嫁が二人いてもいいのか?
……ふん。もげちまえ。
自分でもよくわからん嫉妬心をレイドックに抱きつつ、紋章官にポーションを渡す。
「では次だな。アルファード」
「はっ!」
おっと、このままレイドックパーティーで行くかと思ったら、護衛組か。
正直、アルファードとペルシアに上位紋章がつくのは難しいのではないだろうか?
もちろん二人とも実力はあるが、王国の親衛隊とかなら、二人と同じくらいの強者はそれなりにいるだろう。そして、それらのほとんどは、黒い一般的な紋章持ちのはず。
剣士や戦士の紋章も、持っているだけで十分凄いのである
アルファードはいつものごとく、真面目な態度を保っていて、普段通り過ぎる。特に期待していないのがよくわかった。
「では始めよう。”紋章適性判断”」
今までと違ってゲネリスの態度は落ち着いている。どうやらダメだったようだ。
だから、続く言葉に、全員が驚く。
「アルファードには、”聖騎士”の適性があるようだ」
「「「え!?」」」
ギャラリーだけではなく、アルファード本人も虚を突かれたように顔を跳ね上げる。
聖騎士の紋章は有名だ。
一部の騎士や貴族に、まれに発現する、強力な剣士の上位紋章である。
ゲネリスはなんでそんなに落ち着いてるの!?
ああ。賢者の衝撃が強すぎて、普通に感じてしまったのかもしれない。
全員が驚く中、ケンダール兄妹が首をかしげている。
「どうした?」
「クラフト兄ちゃん。アルファードの兄ちゃんって、聖騎士なんじゃなかったのか?」
なるほど、これは説明がいるな。
「アルファードがついているのは、職業の聖騎士だ。聖騎士隊は国や領主が持つ部隊の一つなんだが、法的執行権を持つ部隊のことを言うんだよ」
聖騎士は、独自の裁判権を持ち、執行する権利も持っている。犯罪者をその場で裁くことが出来るのだ。
強力な権力を持つ部隊だけに、聖騎士隊を持つには国王の許可がいる。
もちろん、いざ戦争になれば、軍を指揮することもある。
アルファードはエリクシル領において、軍事の実質的最高責任者なのだ。なお、法的な責任者はカイルになる。
カイルの護衛も、聖騎士隊から選別されるが、聖騎士の紋章を持っている奴はいない。
そんなことを教えると、子供たちは「へぇー」と納得していた。
生徒たちでも、ケンダールの世代は教育機関が短いため、政治関係の授業がほとんどカットされている弊害がでてしまったようだ。
計算や読み書き、魔術を優先してるからな。
彼らより若い世代に関しては、これらの教育も充実する予定である。
授業の感覚で、生徒たちに教えていたら、いつの間にか、アルファードの紋章書き換えが終わっていた。
みんなに囲まれて祝われていたので、俺も慌ててお祝いを述べる。
なんであれ、めでたいことだ。
しかし当の本人は、気遣うような視線をペルシアに向けている。
あー……。
「次は、ペルシア」
「……はっ!」
アルファードとは対照的に、めちゃくちゃ緊張したようすで、美人騎士のペルシアが前に出る。
彼女はアルファードを恨めしそうに睨んでいた。
ここまで来ると、上位紋章にならなかったら、気まずいなんてもんじゃないからなぁ。
これでなにもなかったら、ペルシアが荒れそうだから、心の底から凄い紋章を望むよ!
俺の祈りが天に通じたのか、紋章官が「ほう!」と力強く感嘆する。
「ペルシアには”獣騎兵”。ビーストライダーとも呼ばれる紋章に適性があるようだ」
「それはまた、珍しいですね」
俺は初耳だったが、ペルシアは知っているらしい。
「ペルシア、どんな紋章なんだ?」
「それは、紋章官殿に聞いた方がいいだろう?」
「そりゃそうだ」
俺が促すと、ゲネリスは頷いた。
「うむ。騎士の上位紋章の一つで、剣士や戦士の上位でもある。戦いに関する技だけでなく、幾多の動物や、一部の魔物を使役することができる。ただし、騎乗できる生き物に限るらしいが」
え!?
二足鳥にテバサキ号とか名付けちゃうペルシアなのに!?
「私に相応しい紋章だな。ぜひお願いする」
「了解した」
ペルシアは満足そうだが、ほんとに大丈夫なの!?
一抹の不安を抱いたが、口を出せる空気でもないので、内心でハラハラしながら、書き換えの儀式を見守った。
輝く紋章を手に入れたペルシアが、それをかざして満足そうに呟く。
「これでより一層、カイル様の役に立てるな」
お、おう。
みんなでおめでとうと取り囲んでいる様子から、心配してるのは俺だけっぽい。
うん。気にしないことにしよう。
俺もおめでとう合戦に参加した。
「ふっ。これで私も、色つき紋章持ちだ。貴様だけがカイル様の役に立っているわけでないことを、証明して見せよう」
いや、もともと俺だけが役に立ってたことはねーよ。
気分が良さそうだったので、俺はその言葉を飲み込んだ。
残りはレイドックと、ソラルと、リーファンか。
……うん。
もうなにが来ても驚かねーからな!
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