138:やっぱりこいつ、私のことが好きなのって話


「お姉。これ」


 二番目の妹カミーユが、私の身体にひらひらとした服を当てる。

 いつも通り無表情だが、その動きは普段以上に機敏だ。

 薄い水色の、フリフリドレス。

 私に似合わないこと、この上ない。


「姉さんはこういうのも似合うわ~」


 シルクのワンピースドレスを持ってきたのは、三番目の妹マリリン。

 カミーユの持ってきた服より、さらに薄手で、身体のラインが出るドレス。


「待って、それはないわよ」


 二人が無駄に張り切っているので、口を挟みにくいのだが、さすがにそのドレスは場違いすぎる。

 そもそも、ただ同僚と食事をするだけだというのに、なんでそこまで気合いを入れなければいけないのか。


 それもこれも、昨夜にあの男が「急いで戻って明日の支度をしなけりゃならんだろ?」的な言葉を残して去っていたのが悪い。


 しかも、待ち合わせ場所が中央噴水。

 近くには洒落た飲食店が並ぶ、ゴールデンドーンで一番のデートスポットだ。


 私は油断していたのだろう。

 まさかあの錬金術師が私に気があるなどとはまったく考えていなかったのだ。

 だが、ここまであからさまに誘われれば、間違いないだろう。

 こちらから奢れと言ったのを、逆手に取られた。


「意外と策士ですね……」


 私にはレイドック様がいるのだから、お断りするとは言え、曲がりなりにもデートを承諾してしまったのだから、最低限の身なりをしなければ、相手に恥をかかせてしまう。


 と、マリリンに説教されたわけだ。

 デートだと気づいたのが遅すぎた。


 暮らしてはっきりとわかったが、ゴールデンドーンは治安が良い。毎日大量の移民や難民が流れ込んでいるとは信じられないほど、治安が良い。


 カイル様がエリクシル開拓伯になったことで、王国から正式に軍を持つことが認められ、私兵が兵士になり、さらに聖騎士団も編成した。


 今まで冒険者だけだった街中のパトロールに、正規の巡回兵が加わったことで、本当に犯罪が起きない。


 ……。


 もし錬金術師が私を人気のない路地裏に引き込もうとしたところで、悲鳴を上げれば兵士か冒険者がすっ飛んでくるだろう。


 私はなんの心配をしているのか。


「はぁ」


 カミーユとマリリンのマネキンになりつつ、深いため息。

 あの朴念仁な錬金術師がそんな無体をするわけがないなと。

 本人に自覚のがあるのかないのか、彼の周りにいる女性たちは、多かれ少なかれ好意を持っているだろう。


 それだけではない。女冒険者や豪商の娘、単純に村娘(正確には、村娘だった街娘か)にだって、狙われている。

 この辺は、レイドック様に憧れる有象無象と同じ立ち位置だろうけれど。


 そんな女に困らない男が、わざわざ身寄りも、身分も、財産もない根無し草の魔術師に興味を持つとは思えないのだ。

 しかし、明確にデートに誘われたのも事実である。


「うーん……」


 悩んでいる間に、何着もの服を着せ替えさせられ、いい加減、疲労がたまってくる。

 場違いな服ばかりを選ぶ二人を無視し、店員に選んでもらう。

 豪商の娘あたりが着てそうな、適度に金がかかっているが、貴族などには見えない絶妙なラインのよそ行きを勧められた。


 錬金術師がどこの店に連れて行くのか知らないが、このお嬢様服なら、高級レストランでも大丈夫だろう。


 服を決めると、店員がサービスですと、真っ白に染めあげた、つば広の麦わら帽子をおまけしてくれる。

 普段身につけている、つば広のとんがり魔術ハットのおかげで、違和感がなかったことから、素直に受け取ってしまったのだが、客観的に見て、お嬢様度が跳ね上がっていることに、私は気づけていなかった。


 ◆


 待ち合わせの時間が、かなり過ぎている。

 服選びに時間がかかりすぎていたのに気づけなかった。


「男は、待たせるもの」


 今まで男性と付き合ったこともない(はずの)カミーユが、胸を張って宣言する。

 どうやらこの娘は時間に気づいていながら、行動していたらしい。

 私はカミーユにぺちっとデコピンをしたあと、中央噴水へと向かう。


 帰ってしまったのなら、別にそれでいい。

 むしろいないで欲しいと思いつつ、中央噴水の周辺を窺う。

 目立つのは男女のペアだが、普通に友達同士の待ち合わせもたくさんいるようだ。

 見慣れた、鼻の下を伸ばすような視線が、私に向けられるが、なんだかいつもより視線の数が多いような?


「エヴァ?」


 突然横から名前を呼ばれ、飛び上がりそうになる。


「え!?」


 振り向けば、本日のデート相手のクラフトだったのだが、意表を突かれることとなる。

 どうせこの錬金術師のことだ、いつもと変わらぬローブ姿で来るだろうと確信していたのだが、センスの良いフォーマル寄りのカジュアルスーツという服装だったのだ。

 つまり、私と同じ。

 庶民過ぎず、富豪過ぎない格好。


「良かった。エヴァで合ってたか。声を掛けておいてなんだが、間違ってたらどうしようと思ったよ」


 クラフトが安堵しながら近寄ってくる。


「どういう意味ですか?」

「てっきりいつものローブ姿で来ると思ってたんだ。意表を突かれたが、えっと、似合ってるな」

「!?」


 私は内心「やられた!」と悲鳴を上げる。

 これでは私の方が意識して、オシャレしてきたみたいじゃない!

 半ばパニックに陥っていたため、この男の「いやー、リュウコの言うとおりだった。危なかったぜ」という独り言を、脳がちゃんと受け止めていなかった。


「夕飯は予約してあるんだが、それまで時間があるな」


 冒険者ならすでに夕食を始めている時間だが、レストランであれば、少し遅めなのかもしれない。


 この朴念仁のことだ。続く言葉は想像出来る。「エヴァ、なにかしたいことがあるか?」とかそんな感じだろう。

 ダメな男というのは、自分でなにも考えず、女に責任を押しつけるものである。


「エヴァ、こっちだ」


 想像通り、クラフトは優柔不断にこちらに責任を……。

 あれ?

 押しつけてこない。

 それどころか、こちらの返事も聞かずに進み始める。


 ちょっと!

 人の意見くらい聞きなさいよ!


 私は慣れないお嬢様服のせいで、人波を避けられず、なかなか前に進めない。

 すると、錬金術師は「悪い悪い」と言いながら、私の手を掴んで引っ張るのだ。


 ちょっ!?


 ヤバい。

 なにがヤバいのかわからないけれど、ヤバい!

 顔、熱くなってる!


 仕方ないでしょ! 男性に触れられた記憶なんてほとんどないんだから!


 離せと振り払うのは簡単だ。

 だけれど、そうすると、コケてしまいそうなのだ。冒険者としてそれもみっともない。


「うぐぐぅ……」


 言葉にならないうめきを漏らしつつ、素直に男の手に引かれることになった。

 大丈夫。私の心にはレイドック様が住んでるから!


 どっくんどっくんと謎の鼓動を打つ心臓を押さえ、到着した店は、宝飾店だった。



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