124:子供の成長は、驚くほど早いよなって話


 ジャビール先生が、黒板に魔術の基礎を書き出し、解説をしていく。

 最初は自分との教え方と比べてしまい凹んでいたが、今は夢中で先生の講義に聴き入っている。

 俺だけでなく、生徒たちも真剣に聞き入ってた。


 先生、さすがです!


「――となるのじゃ。すでにクラフト先生に教わっている所じゃとおもうが、なにか質問はあるかの?」

「クラフト先生よりわかりやすかったよ、先生!」

「うん! 私魔法苦手だったけど、これなら使えるかも!」

「ちっちゃいのに凄いです!」

「先生、質問なんですが、もしかしてこの魔術式ってこう展開すれば応用できますか?」

「ふむ。お主なかなか見所があるの。来週教えてやるのでそれまで楽しみに待つのじゃ」

「はい! 先生!」


 こんな感じで、ジャビール先生があっという間に生徒に囲まれる。

 一瞬で生徒の信頼を獲得してしまった。さすがすぎる!

 俺が感動していると、ペルシアがボソリと零した。


「ふむ。生徒同士がおしゃべりしているようにしか見えんな」

「言わないであげて」


 たぶん、先生が聞いたら凹んじゃう。


 ◆


 座学が終わったので、今度は実技の時間だ。

 みんなで校庭に移動する。


「よし。さっきジャビール先生に教わった魔術式を使っていくぞ。発動できそうなやつは俺の近くに、まだ無理そうなやつはジャビール先生のところに集まってくれ」

「「「はい」」」


 魔術はどうしても生まれつきの才能に左右される部分が大きい。相性もある。

 それでも基礎を繰り返していけばいずれ、最低限の魔術は使えるようになるはずだが、普通はそんな根気よく教えてもらったりはできないので、世間で魔法を使える者は少ない。


 だが、この学園では貴族の家庭教師と変わらない教育が受けられる。

 学園が軌道に乗ってから、子供を通わせている親が、魔法を使えるようになった我が子に驚いているらしい。

 そりゃそうだろうな。

 本来は大枚をはたかなければいけないのだから。


 魔術式を展開できるようになった子供たちには俺が実技を教え、まだ無理な子供には先生が丁寧に術式の展開を教えていく。

 今まで手がまわらなかったところが、ジャビール先生により埋まったことで、生徒たちは近いうちに全員、なんらかの魔法が使えるようになるだろう。


 余談だが、かなり強力な魔法を魔術と呼び、その他を魔法と呼んでいる。

 明確は区別はないらしい。

 魔法を発動させるための術式は、魔術式って呼ぶんだけどね。

 なので、子供たちに教えているのは、初歩の魔法である。

 まぁ、細かい事は気にするな。


「よし。今日は”飲料水生成”をやるぞ。さっきの授業をよく思い出しながら、魔術式を構築していくんだ」


 すると、生徒たちがなんとなくグループに分かれていく。

 実技なので、仲間どうしが、わいわいがやがやとおしゃべりしながら試行錯誤していた。


 もともと仲良しのケンダール兄妹の四人グループに、なんとマイナが混じっている。びっくりだ。

 始めてマイナとあったときは、カイルの背に隠れていたのを思い出す。

 それが今では、鼻息をふんすと鳴らして、エドやサイカたちと一緒に魔法の勉強をしているのだから驚きだ。

 どんな会話をしているのか気になって、聞き耳を立ててみる。


 エドはいつも通り、顔を真っ赤にして魔術式を構築しようとしては失敗している。


「ちくしょう! どうして魔力が霧散しちゃうんだよ! カイはとワミカとマイナは簡単にやってるのに!」

「べ、べつに簡単じゃないよぉ」

「簡単だよ~?」

「ちょ! ワミカちゃん!?」

「くっそ! 絶対成功させてやる! せめてサイカより先に……」

「あ! 出来た! ちょっとだけど出来たよ!」


 魔力効率にいちじるしく無駄があるが、サイカがわずかな水を魔法で生み出し大喜びしている。

 ……ほんのちょびっとの水生成を見ると、昔の俺を思い出すね!

 まだまだ魔術式の構築が不安定だから、成功率は低いだろう。


「なんでだよ! ちくしょう! マイナ! コツを教えてくれよ!」

「う?」


 エドが教えを求めたのはマイナだった。気持ちはわかる。

 この五人でエドとサイカには、残念ながら魔法の才能はあまりない。

 逆にカイとワミカは、将来優秀な魔術師になる片鱗が見えている。

 今も二人は、コップ一杯の水を安定的に産みだしていた。


 だが。

 一人だけ規格外がいる。それはマイナだ。

 彼女一人だけ、バケツ一杯の水を生み出し、まわりが感嘆の声を漏らしている。

 だから、エドがマイナに教えを請うのは間違ってはいない。

 しかしながら、相手はマイナである。


「……こう」


 マイナが術式を魔力で編み上げるが、そこに説明はない。


「そうじゃねーよ! そのやり方がわかんないんだよ!」

「う?」


 マイナは一度首を傾げた後、もう一度、ゆっくりと術式を編むが、よほど魔法になれていないと、他人の魔術式なんて感じることが出来ない。

 さらにいえば、マイナは天才タイプで、完全に感覚だけで魔法を使っているのだ。その証拠に、マイナは座学の成績は悪い。


「ん」


 マイナが発動。


「いや! 説明してくれよ!?」


 エドが叫ぶ。


「……術式……だすの……」


 マイナが発動。


「だから、魔力が散っちゃうんだって!」


 エドが叫ぶ。


「……ぎゅ?」


 マイナがさらに魔力を込めて発動。バケツ二杯分の水が生まれた。


「その! やり方を! 聞いてるの!」

「うう……」


 マイナが困ったように頭を抱えるが、そもそも天才型のマイナに説明しろという方が無理だ。

 俺は彼らのグループに近づく。


「エドとサイカは、ジャビール先生に聞いた方がいいんじゃないか?」

「いや! こっちでやる! 絶対に使えるようになってやるんだからな!」

「だから、そのコツを先生が教えてくれるぞ」

「だめだ! それだとなんか負けたみたいだろ!?」


 お前はなにと戦っているんだ……。


「まぁ、それならそれでいいが、だったらカイが教えてやれ」

「え? 僕がですか?」

「ああ。お前が一番魔法を理解出来てるからな」

「……はい! えへへ」


 カイが照れながら、ノートを開こうとするが、エドは無視してワミカに振り向く。


「ちくしょう! ワミカが教えてくれよ!」

「なんでそうなるのよ! カイに聞けばいいでしょ!?」


 無視されたカイが、マイナに泣きつく。


「マイナちゃん、エドをどうにかして!」

「う? ん!」


 マイナがふんすと鼻を鳴らし、カイの肩をちょんちょんと突く。


「なんだよ?」

「ん」


 マイナがカイとノートを交互に指さす。


「ん!」

「う……わかったよ。教えてくれ、カイ」

「うん!」


 エドがしぶしぶと、カイのノートを覗き込み、カイが教え始める姿を見て、マイナが満足げに鼻息を鳴らした。実に誇らしげである。


 俺が驚いたのは、あのマイナが、エドに大声を出されているのに、怯えた様子を見せなかったことだ。

 なんとなく、涙目になって震えそうなイメージだったのだが、どうやらマイナは俺が思っていた以上に強い娘だったらしい。

 それとも親友と呼べる仲になったからだろうか?

 どちらにせよ、マイナにとって大きなプラスだろう。俺まで嬉しくなってくる。


「……クラフト。そのにやついている顔は気持ち悪いぞ」

「ペルシア。鏡を見た方がいいぞ」


 ペルシアは鯉口を切りながら、にやつくという器用なことをしている。

 うん。間違っても抜くなよ?


「それにしてもじゃ」


 突然横から声を掛けられ、顔を向けるとジャビール先生だった。

 どうやら手すきになったようで、生徒たちを見守りつつ、こちらに来たようだ。


「彼らは自分たちが魔法を使えるようになったのが、どれほど凄いことか理解しておらんのじゃろうな」

「でしょうね」


 俺が頷くと、ペルシアが眉間に皺を寄せる。


「正直なところを言えば、紋章もないのに、平民が魔法を使えるようになるとは思っていなかったな」

「紋章がなくても、剣技や魔法が使えるのは常識だろ? まぁ、苦労はするし、威力も落ちるんだが」

「ああ。だから、普通は紋章を持っていない者は覚えようと思わない。騎士家系や魔術師家系の子供が親から教わるくらいだろう」

「そうだな」

「だからこそ、平民の子供がこれだけ魔法を使えるようになったのに驚いている」


 ジャビール先生が小さく頷く。


「うむ。それだけ教育が大事だと言うことじゃ。世間では魔法が苦手と言われている獣人も、あのように使いこなしておるのじゃ」

「向いてない種族ってのはあるみたいですけどね」

「それは、人間でも同じじゃよ。得意なやつも苦手なやつもおる。種族的な相性はあろうがな」

「そうですね。ここから少しでも獣人への偏見がなくなっていけばいいんですが」

「安心せい。カイル様の学園というやり方が広まれば、マウガリア王国においては急速に偏見は減っていくのじゃ」

「はい。やっぱカイルは凄いぜ」

「その領地を支える金を生み出している自覚はないんじゃの……」


 頑張っているのは住民やギルドであって、俺ではない。

 もちろんその一員という自負はあるが。


「全員の頑張りがあってこそですよ」

「うむ。貴様はそれでええのじゃ」


 そんな感じでほっこりしていると、授業が終わり、給食の時間となる。

 栄養バランスとボリュームを考えた子供用のメニューで、食べ盛りの彼らも大満足だ。


「腹減った!」

「今日はスープカレーだ!」

「やったぁ!」


 最近ゴールデンドーンに移住してきた、スープカレーという変わった料理を出す料理人がおり、ときどき給食に出張してもらっているのだが、子供たちの人気ナンバーワンメニューである。

 もちろん俺も大好物だ。


 なんでも沢山の香辛料が必要で、本来は高額になるのだが、農業王国となりつつあるゴールデンドーンでは、それら香辛料も安く手に入るらしく、庶民の手の届く価格設定になっている。

 店はいつも大繁盛で、なかなか行けないのだが、給食で食べられるようになった。

 教師の役得だね!


 みんなでわいわいと食事をしていると、エドが話し掛けてきた。


「なあクラフト兄ちゃん」

「先生」

「あ。クラフト先生、そういえば、成人の儀の祭りってまだなのか?」

「そういえば、そろそろそんな時期か。今度カイルに聞いといてやるよ」

「ああ! この街じゃ、しょっちゅう祭りがあるけど、やっぱり成人の儀にやる祭りが一番楽しみだからな!」

「そうだな」


 祭りと聞いて、子供たちがいっそう騒がしくなる。

 普通、祭りと言えば一年に一度の成人の儀とともに開かれる祭りのことを言う。

 ゴールデンドーン以外では、平民にとっての楽しみと言えば、この祭りなのだ。


 そういえば、成人の儀の準備はどうなっているんだ?

 当然生産ギルドも忙しくなるので、明日にでもカイルに確認した方がいいだろう。


「……クラフト。貴様、祭りでやらかすんじゃないのじゃぞ?」

「いったい祭りでなにをやらかすってんですか」

「ふむ。嫌な予感がするのじゃ」


 考えすぎですよ、先生!


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