121:今日この日から、伝説が始まるって話
次の日、マウガリア王国顕彰式が始まった。
カイルがなんらかの褒美をいただくのは確定だが、前日の会議で教えてもらえなかったのが少々不安だ。
緊急の式典と言うことで、王都ではなく、ベイルロード辺境伯での開催である。
さすがベイルロード辺境伯の城であると感心させられる、立派な謁見の間に、俺たちは集められていた。
「なんかここまで大げさな式典だとは聞いてないぞ」
「国王陛下の開催する公式な式典としては、小規模だと思いますよ?」
俺のつぶやきに、カイルが小声で返してくれた。
カイルは豪華な貴族服に身を包んでいる。
非常にりっぱだ。
「うん。似合ってるぞ」
「ありがとうございます。……ただ」
カイルが自分の服を見下ろす。
「陛下に指示された服なのですが……さすがに身分不相応かと思いまして」
「そうか? かっこいいぞ?」
「これではまるで……」
がらーんごろーん。
カイルの言葉を遮るように、鐘の音が響き渡った。
壇上にカイルの父ちゃんがあらわれ、ゆっくりと手を振った。
「これよりマウガリア王国顕彰式を始める。全員姿勢をただすように」
俺はチラリと背後に目をやる。
式典は聞いていたよりも大規模で、大勢が参列している。近隣の貴族たちも集められているらしい。
ステンドグラスを通して、太陽光が差し込み、厳かで緊張感のある空気を演出している。
今までこの手の格式張ったものを馬鹿にしていたところもあった。
だが、カイルの父ちゃんが言っていた、領主が住民に対して畏怖を抱かせるための舞台装置と考えれば、必要なものなんだと、なんとなく理解する。
壇上のヴァン……いや、マウガリー陛下が椅子から立ち上がった。
形式的な挨拶やら、お約束ごとが終わると、ようやく本題に入る。
「こたびは広大な湿地帯の開拓という偉業を達成し、前人未踏の辺境に拠点となる街を作り、街道を整備し、いくつもの産業を起こしたカイル・ガンダール・ベイルロードに褒美を与える。前へ」
「はっ!」
カイルが背筋を伸ばし、王の眼前へと進む。
「ううう……カイル様……ご立派です、ご立派です!」
ペルシアが涙をだだ流しながら感動している。
「湿地帯でのご活躍を聞いたとき、アルファードの両手両足をへし折ってでも私が同行すべきだったと後悔したが……」
怖ぇえよ!
「もっとも大事な場面に立ち会えたことを、神に感謝したい!」
「アズールが喜ぶから、ぜひ教会に足を運んでくれ」
小声で適当にペルシアの相手をしておく。
「カイル・ガンダール・ベイルロード! そなたを新たに開拓伯爵に任命する!」
ヴァンの宣言に、招待されていた貴族たちがざわめく。
なかでも一番権力のありそうな貴族が、慌てて発言の許可を求めた。
「陛下! 開拓伯爵という爵位は聞いたこともございません! それは……!」
「新設した。辺境伯よりは下になるが、侯爵と同等だと思え」
「ばっ!? 馬鹿な! 仮に新設するとしても、男爵より下の地位とするのが筋というものでは!?」
ヴァンに真っ向から文句を言っているのだから、この貴族の地位も高いのだろう。
この国での辺境伯は公爵と同等扱いと聞いた。公爵位は基本的に王族の血筋なので、血族以外の爵位としては侯爵が最高となる。
開拓伯が侯爵と同等と言うことは、実質最高位の爵位を与えられたに等しい。
そりゃ慌てるな。
「もともとカイルはオルトロスの後継候補だ。辺境伯になってもおかしくはない」
「そ、それは……」
「これでも私はお前たちの心情を考慮したつもりなのだぞ? それともカイルを新たな辺境伯とするか?」
「いえ! それは……」
偉そうな貴族が簡単にヴァンに言いくるめられる。
「私は王となったときから、開拓を推進し、人類を敵とする魔物の討伐に力を入れてきた! 今カイルはそれを推し進めるための重要人物である!」
おお! ヴァンがかっこいい!
「ああ……カイル様……素晴らしい!」
ペルシアの気持ちもわかるがちょっと鬱陶しい。よく見たら無言なだけでアルファードの表情も似たようなものだった。
「カイル! そなたにはエリクシル開拓伯爵の地位を与える!」
カイルはわずかに顔を引きつらせたあと、すぐに真剣な顔になる。
「謹んで拝命いたします」
「家名は散々悩んだが、エリクサーで命を救われたお前には似合っているだろう」
「特別のご配慮、ありがたく思います」
エリクシルはエリクサーの別名だ。
ヴァンのやつ考えたな。
陛下に直接命名されるのは、誉れ中の誉れだ。本当に認められたのだろう。
「詳細は後日、全ての諸侯に回すが先に伝えておく。現在のベイルロード辺境伯の領地を西と東で分割。西側をエリクシル開拓泊の領地とする」
ヴァンの言葉に、なぜか貴族たちが急に落ち着きを取り戻し、笑顔を浮かべるものが増えた。
事情を知っていそうなアルファードに小声で質問する。
「なんで急に貴族たちは歓迎ムードになったんだ?」
「彼らはベイルロード辺境伯の領地を広すぎると妬んでいたからな」
「王国全土の、半分くらいが辺境伯の領地なんだっけ?」
「そうだ。もっともゴールデンドーンができるまで、そのほとんどは手つかずのやっかいな土地だったというのに」
今だって、ほとんどは危険な辺境のままだろうが。特にゴールデンドーンを中心とした西側は、本当にヤバい土地なんだからな!
俺が内心で手のひらを返した貴族に腹を立てていると、その間にヴァンの話が進んでいた。
「エリクシル開拓泊よ。そなたが今後拠点として住まう街の名前は、ゴールデンドーンで良いか? それとも別名を考えるか?」
領主は街の名前を持ち、首都的な場所にその名前をつけるそうだ。
ベイルロード辺境伯ならガンダールなので、彼の住む街の名はガンダール。
ちなみに住む街を変えると、街の名前も変えなくてはならないらしい。
どうしても長期で別の街に住まなければならないときは、別荘などで誤魔化すそうだ。
「変えるつもりはありません。私は初めて手に入れた、ゴールデンドーンという開拓村を誇りに思っております」
「よし。ならば貴様は今日からカイル・ゴールデンドーン・フォン・エリクシル開拓伯である! 王国のために……人類のために励め!」
「国王陛下に忠誠を!」
カイルが深々と礼をすると、雷鳴のような拍手が響き渡る。
カイルを祝うというより、ベイルロード辺境伯の力が弱まることを喜んでいる奴も多そうだが、新たな貴族の誕生というのは、なんであれめでたいことなので、全員が祝福の言葉を口にしていた。
「カイル様! ご立派です! ご立派です!」
ペルシア泣きすぎ!
と思ったら、アルファードもヤバいほど泣いてたよ!
詳細は知らないが、カイルが小さい頃から交流があったようなので、嬉しさもひとしおなのだろう。
二人だけではない。マイナも、レイドックも、キャスパー三姉妹も、ジタローも、リーファンも、シュルルも、ジャビール先生も、リュウコも、全員が、心よりカイルに祝福を送る。
俺も手が腫れるほどの拍手で、カイルを祝う。
カイル・ゴールデンドーン・フォン・エリクシル開拓伯。
自慢の弟が、生まれ変わった日である。
そして、伝説の始まった日でもあった。
—— 第四章完 ——
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