119:お堅い話は、面倒だよなって話
カイルの父親、ベイルロード辺境伯の住む街、ガンダールへと、俺たちは到着した。
「おーおー、派手だな」
ヴァンが馬車から顔を出して、目を細める。
俺も顔を出すと、街道の先に見え始めたガンダールの西門に、儀仗兵が先頭になり、ずらりと兵士が整列していた。
カイルも同じように顔を出し、手でひさしを作る。
「父の軍だけではなく、王国の聖騎士隊もいるようです」
「え、なんで?」
思わず素でそう言ってしまったが、そういやヴァンって国王だったんだよな。
「兄様……」
「いや、すまん」
兵隊が待っているのは聞いていたが、てっきり辺境伯の軍隊だけだと思ったので、ちょっと驚いただけだよ。
馬車の隊列が西門をくぐると、儀仗兵に挟まれ、そのままガンダール城へと進む。
城門を通過し、城内の広場へと向かっている。
色とりどりの装備で着飾った兵士たちが、微動だにせず敬礼していた。
「さて」
ヴァンががしりと俺の肩を抱いて引き寄せる。
「馬車を降りたら、俺はヴァインデック・ミッドライツ・フォン・マウガリーだ。気をつけろよ」
「ああ」
「楽しかったぞ! クラフト!」
馬車がゆっくりと停止する。
事前の打ち合わせ通り、最初にペルシアが降り、それに俺が続く。
真っ赤なカーペットが城まで続いているのだが、靴のままその上に乗ってしまっていいのか、一瞬躊躇する。
(兄様! 止まらずに!)
(お、おう!)
今回の俺は、護衛ではなく、招待客扱いだ。
できるだけ胸を張って、ぎこちない笑みを浮かべて、まっさらなカーペットを踏みしめる。
(あとで清掃代とか要求されんよな?)
どう動いていいか悩んでいると、横からすっと、メイドのリュウコが現れ、俺を案内してくれる。
リュウコはドラゴンの素材から作られたドラゴントゥースウォーリアーをベースに、ホムンクルスやらゴーレムやら、あらゆる技術をつぎ込んで作られた、特殊な使い魔である。
見た目はほぼ人間だ。
先頭の馬車に乗っていて、あらかじめ俺のフォローに回ってくれる予定になっていた。
「こちらにどうぞ。ご主人様」
「お、おう」
こんな場面なのに、リュウコには緊張した様子もない。
さすが最高のメイドさんだぜ!
要人が自分の召使いを連れてくるのはごく普通のことらしいので、今回連れてきたのだが、大正解である。
「ここにお並びください。カイル様、マイナ様、マウガリー国王陛下が先に進みます」
「このカーペットのサイドに立てばいいんだな?」
「はい」
指示通り、脇により、拍手をしながら、三人を出迎える。
まず、カイルがマイナをエスコートしながら馬車から出てくる。二人は俺と同じように進み、横に並んだ。
カイルとマイナが、俺と同じように拍手をすると、ようやくヴァンが馬車から降り立つ。
同時にラッパの演奏が響き渡り、儀仗兵がそろって旗を構えた。
「うお、すげぇ」
もし住民の見学が許されていたら、今頃えらいことになっていただろう。
赤絨毯の真ん中を、歩む姿は威風堂々。
先ほどまでのヴァンはそこにおらず、たしかに国王陛下に相応しい人物だった。
片手を振りながら俺たちの横を通り過ぎるとき、国王陛下は軽くウィンクして行きやがった。
やっぱりヴァンじゃねーか!
緊張して損したぜ!
俺の表情に気づいたカイルがクスリと微笑む。
「兄様の緊張はとれたようですね」
「くそう。最初からヴァンの手のひらで転がされてるぜ」
「陛下らしいですよね。兄様は僕たちの後ろに続いてください」
「おう」
ヴァンの後ろにカイルとマイナが続き、俺もリュウコに逆エスコートされ続く。
「後ろは見ないでください」
「おう」
こうして、ぎこちない笑顔を貼り付けて、ガンダール城へと入城することになった。
この日は、そのまま客室へと案内される。
思っていたよりも緊張していたらしく、気がついたら泥のように眠っていた。
◆
次の日の朝食で、今回参加しているメンバーが勢揃いである。
ベイルロード辺境伯とマウガリー国王陛下の連名で招待されたのは、カイルとマイナ。これは当たり前だな。
俺とリーファンはセットで呼ばれている。
レイドックとパーティーメンバーのソラルも招待されている。残りの三人はパーティーから外れたことを考慮してか、もともとレイドックとその彼女だけということなのかは知らないが、招待されていない。
当然ジャビール先生もいる。
さらにキャスパー三姉妹が全員。
驚くべきはシュルルが招待されていることだろう。ドワーフとノーム以外でこのような公式の場に亜人が招待されるのは、極めてまれらしい。
本当はジュララが来る予定だったのだが、湿地帯の後処理に残るため、代表としてシュルルが来ることになった。
あと、ジタロー。
……ヴァンの野郎、仲良くなりすぎだろ。
リュウコはメイド枠なので、招待客というわけではないが、基本的に全員の身の回りの世話役として同行が許された。
最後はアルファードとペルシア。
アルファードは湿地討伐隊の一人なので、招待客兼護衛。
ペルシアは純粋にカイルとマイナの護衛として同行。
……カイルが功績を称えられる姿をなにがなんでも見るのだと、留守番を嫌がったというのもある。
朝食を食べながら、カイルが全員に今日の予定を述べる。
「午前中に、事前会議があります。これには僕とクラフト兄様、それとジャビールさんのみが出席します」
「三人だけか?」
「護衛として、アルファードとペルシアは同行しますが、発言できるのは三人の予定です。おそらく父と陛下との、実務的な話し合いになると思います」
「つまり、ぶっちゃけた話をすると」
カイルが頷く。
「カイルの父ちゃんがいなけりゃ、気が楽なんだけどな」
「あの、兄様。国王陛下の前で気楽な態度は……」
「それもそうか」
だが、正直ヴァンよりベイルロード辺境伯の方が緊張する。
むしろ気が抜けなくていいのか。
「明日は正式な式典があります。これは全員参加です」
ぶっちゃけ話の次の日に、堅苦しい式典か。
予定では黙って座っているだけでいいらしい。
あとは事前に練習した通りにやるだけだ。
いざというときは、リュウコに聞けばいいしね!
全員で歩き方や、礼の仕方などを再確認し終わった頃、部屋に呼び出しがかかった。
「行きましょう」
「おう」
カイルとジャビール先生と並び、俺たちは小さな会議室へと案内された。
◆
「おう、来たかカイル」
「おはようございます。マウガリー陛下。父上」
「まぁ座れ」
テーブルにはカイルの父親である、ベイルロード辺境伯とヴァンが正面に並んで座っていた。
彼らの後ろには、護衛と側仕えが控えている。
テーブルの左右には、長男のフラッテンと、黒いドレス姿の少女が着座していた。
フラッテンは若返り薬をかき集めているらしく、ザイードより若く見える。
イケメンで、鋭い目つきをこちらに向けている。
フラッテンの反対側に座る少女……少女と言っても俺と同じくらいの年齢だが。
黒薔薇姫とか言われている、カイルの異母姉弟だったと思う。
レイラとか言ったかな?
そして、一番気になるのが、部屋の隅にいる人物である。
ザイードが手かせをつけられた状態で兵士に挟まれていた。神妙な表情でまるで感情を読めない。
「よし、これより事前会議を始めるぞ。オルトロス」
「は。それではこれまでに判明した事実を教える。全員、これから語ることは他言無用である」
「「「はい」」」
俺、カイル、ジャビール先生が表情を引き締める。
「結論から言おう。全ての黒幕は、私の妻であり、ザイードとレイラの母親……ベラ・ベイルロードであった」
ベイルロード辺境伯は、堅く目を閉じる。
カイルは目を伏せ、ジャビールは自分の顔を覆う。
ザイードは、感情が失せたように無表情だった。
「そしてベラは……生まれ故郷であるデュバッテン帝国へと逃亡した」
真っ黒じゃねーか。
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