101:順調なときほど、気をつけなきゃって話
これはあとからレイドックに聞いた話だ。
彼らはこのように動いていたらしい。
レイドック率いる冒険者部隊と、ジュララの率いるリザードマン部隊の混成隊は、ザイードたちを救出すべく湿地帯中心部に踏み込んでいた。
そこは、複雑な枝が絡みあうマングローブと、水と、草の迷宮だったという。
彼らはまず、冒険者とリザードマンを組ませたチーム分けをした。
それぞれのチームは、レイドックとジュララのリーダーチームを中心として、左右に等間隔で散開。ヒュドラを殲滅しつつ、生存者の捜索をおこなう。
「右だ! レイドック!」
「おうよ!」
レイドックの剣技が、
もちろん仲間たちのサポートがあってこそだが。
ジュララがほうとため息をついた。
「お前は、本当に強いな。十二首のヒュドラなど、我らからしたら伝説級の魔物だぞ」
レイドックが振り返り、はははと笑う。
「俺だって、少し前まではそうだったさ。だが、ゴールデンドーンに来てから、俺は強くなったんだ」
「クラフトのスタミナポーションか……。我がリザードマン戦士たちも、このひと月、服用しながら訓練したが、見違えるほど精強になった」
「だろ?」
「だが、やはり強くなるにつれ、成長速度は鈍る。貴様の強さは異次元だよ」
「まだまださ」
肩をすくめるレイドックに、ジュララも別の意味で肩をすくめた。
そのジュララが、目を細めて顔を上げ、険しい表情であたりを見回し始めた。
「……人間の気配があるな」
「なに? ソラル!」
「ええ! どっちの方向!?」
ジュララの指す方向に、ソラルが慎重に近づいていく。
「あの木の根! 生存者よ!」
「でかした! チームメンバーは全周警戒! ベップとソラルで救出!」
「「「おお!!」」」
ソラルが根の中に隠れていた兵士に駆け寄る。
「お……おお、救出に来てくれたのか……ザイード様は俺たちを見捨てたんじゃなかったのか」
兵士は疲弊しきった顔で、ゆっくりと這い出してくる。
ソラルと神官のベップが顔を見合わせた。
ベップは顔を横に振ってから、兵士に向き直る。
「今、回復しますからね」
「ありがたい。ポーションが尽きて、もう終わりだと思っていた」
「喋らないでいいですからね」
ベップが回復魔法で兵士を癒やす。
クラフト印のヒールポーションの方が効果は高いのだが、数に制限があるので、魔法で癒やしているのだ。
魔力は寝れば回復する。
アイテムと魔力をバランス良く使っていくのが、長期戦のコツだ。
(クラフトがいれば、荷物に困らんのだがな)
レイドックは、規格外の収納力をもつ、クラフトの空間収納があればと、苦笑いする。
「治療が終わりました。怪我より疲労の方が酷いですね」
「スタミナポーションを飲んでもらってから、シュルルのチームと行動してもらおう」
シュルルのチームが兵士に近づくと、初めて見るリザードマンの姿にギョッとする。
すかさずレイドックがフォローした。
「大丈夫だ! 細かい説明をしている時間はないが、味方だ!」
「だ、だが、見た事のない亞人だぞ……」
「あんたを見つけてくれたのはその亞人、リザードマンだぞ」
兵士が目を剥いて、シュルルとジュララを凝視する。
「そ、そうか。礼を言う」
シュルルがニカリと笑みを浮かべ、兵士の前に立った。
「安心して、帰るまで守ってあげるから!」
「あ、ああ」」
兵士はシュルルのチームに合流し、一緒に行動することになる。
こうしてレイドックたちは、リザードマンと協力しつつ、次々と隠れていた兵士を救出していく。
何人目かの兵士を見つけたところで、ソラルはあることに気がついた。
「ねえレイドック。見つかった兵士を見ていて気づいたのだけれど、マングローブやガジュマルの根の中でじっとしていると、ヒュドラに気づかれにくいみたいよ。全員が最終的に根の中に逃げ込んでいたわ」
話を聞いたレイドックはおおきく頷く。
「なるほど。武器もポーションも失って、この濃霧の中をうろつくんだ。体力がなくなれば、自然に根の中に逃げ込んで休む可能性は高い。もしかしたら、全員生きて救えるかもしれないぞ!」
湿地でも追跡能力を失わないリザードマンと、何人かのレンジャーを有する冒険者が全力を尽くした結果、隠れているすべての兵士を見つけ出すことになった。
◆
「なんだ?」
湿原をものともせず、先頭を歩いていたジュララが表情を険しくして顔を上げた。
レイドックはまた兵士を見つけたのかと思ったが、どうも様子が違う。
「ジュララ、なにがあった?」
「いや、どうやらこの先だが、霧が薄くなっているようなのだが……」
「それのどこが変なんだ?」
レイドックとしては、この濃霧が薄くなるなら大歓迎だったが、ジュララは警戒しているようである。リザードマンにしか感じられない何かがあるのかもしれない。
ジュララはしばらく無言で周囲の様子を窺っていたが、ふいにしゃがみ込んで地面を調べ始める。
「レイドック。……ソラルを呼んでくれ」
「わかった。ソラル!」
レイドックが呼ぶと、すぐにソラルがやってきた。
ソラルは水に浸かった地面を入念に調べ始める。
「これ、人間の足跡ね。結構な数だわ。さすがリザードマンね。私じゃよほど意識しないと湿地の中の足跡はわからなかったわ」
「湿地や沼地では我らの方が優れているというだけの話だ。町でも森でも能力を発揮できるソラルには負ける」
謙遜なのか、ジュララは少し顔を横に向けた。照れているのかもしれない。
レイドックは苦笑したが、ソラルは軽く肩をすくめてから、話を進める。
「救出した兵士の数から考えると、生き残り全部の足跡じゃないかしら?」
「つまり、カイル様の兄がこの先にいる可能性が高いって事だな?」
「間違いないと思うわ」
二人が頷き合うのを、レイドックが確認する。
「よし、慎重に進むぞ」
レイドックが全員に指示を出す。
それに対してジュララが何かを言いかけるが、口を閉じた。
(何か嫌な感じがするが……救出が最優先。だな)
ジュララは身を低くし、ソラルと一緒に足跡を辿り始める。
変化はすぐに起きた。
牛乳をぶちまけたような濃い霧が突然晴れ、眼前に黒いマングローブ林があらわれたのだ。
童話にでも出てきそうな、真っ黒な木々が、視界いっぱいに広がる。
あまりにも衝撃的な光景に、ジュララが言葉を失うが、それとは真逆にレイドックたちは驚愕の声を上げたのだ。
「な……!?」
「これは!」
「まさか!?」
予想外の反応に、ジュララがレイドックたちを振り返る。
「レイドック!? 何か知っているのか!?」
レイドックは黒い木々から目を逸らさずに、ジュララに語り始めた。
「ゴールデンドーンが、コカトリスの集団に襲われた話はしただろ?」
「ああ」
ジュララやシュルルをはじめとしたリザードマンがゴールデンドーンに移住するさい。彼らはクラフトやリーファン、レイドックやジタローから、たくさんの話をしてもらっていた。
コカトリスの集団に襲われたのは、ゴールデンドーン最大の危機として、全員が熱く語っていたので、彼らも興奮して聞き入ったものである。
「そのとき、コカトリスたちが黒い植物を食べていたのを目撃したことがある」
「なんだと?」
「植生は違うが……あのときは、魔物が口にしたとたん、凶暴化していた」
「それは……」
ジュララが驚愕に目を見張る。
「まって! あそこ! 人がいる!」
レンジャーのソラルがめざとく、ザイードたちが避難した巨大なマングローブを見つけた。
走り出そうとしたソラルの腕を、レイドックが強く引く。
「え?」
(静かに! 全員に音を出すなと通達!)
(……!)
レイドックが指示をだしつつも、指を差した先に、巨大な、岩山のような巨大な何かがあった。
少しだけ残る霧の奥に、黒い塊があった。
(ソラル! あれが何かわかるか!?)
(黒い岩山……違う! 生物よ! わずかに動いてる!)
彼らは身を低くし、静かに木の陰に隠れながら、嫌な予感のする巨大生物を凝視する。
(うそ……信じられない……。あれ……ヒュドラだわ……ドラゴン並みの巨体の)
ソラルの声は震えていた。
レイドックですら冷や汗がでるほど、危険な魔物だと断言できる。
本来なら、逃げの一手だ。
だが、寄りにもよって、このタイミングで生存者を、しかも救出ターゲットだと思われる集団を見つけてしまったのだ。
レイドックはわずかに黙考したあと、決意の視線をソラルに向ける。
(……ソラル。危険な事を頼みたい。まず、お前一人でザイード様と合流して、こちらに静かに逃げてくるよう伝達を任せたい)
レイドックの真剣な眼差しに、ソラルの震えがピタリと止まる。
(……任せて! それはレンジャーの仕事よ)
(ああ。信用してる)
二人が軽くキスを交わす。
ソラルが移動を開始しようとした瞬間だった。
「「「うおおおおおおおお!!!!!!!」」」
信じられないことに、雄叫びを上げながら、ザイードを先頭に兵士たちが一丸となって、巨大なヒュドラに突っ込んでいったのだ。
それは決意の突撃。
「クソ! 決死の覚悟で突っ込んでやがる! もう少し早く合流出来ていたら!」
「ダメよレイドック! 後悔はあと!」
「ああ! シュルルチーム以外、全員突撃! 絶対に助けるぞ!」
「「「おおおおおお!!!」」」
冒険者、リザードマンが、突撃を開始する。
それまで緩慢とした動きしか見せていなかったヒュドラが、想像以上に機敏な動きで首を振る。
そこで、ようやく彼らはヒュドラの全貌を確認する。してしまった。
その姿は巨大。
凶悪な頭が八つ。
太く長く力強い尻尾が八尾。
それは、ドラゴンに勝るとも劣らぬ、恐怖そのものだった。
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