91:トラブルは、小さなことからって話


 ザイード村は、湿地帯に一番近い村だ。

 場所だけで言えば、危険な未開拓地に突出した位置にあるのだが、現在は街道が整備され、ゴールデンドーンに向かう唯一の宿場町として栄えている。


 最初、ザイードが治めると聞いたときは、すぐに更地になるかと思ったが、思っていた以上に発展している。

 すでに町と呼べる規模だろうが、村と呼称しているらしい。


 もしかして、ザイードってそれなりに有能?

 そんな事を考えながら、カイルの後ろをついて行く。


 俺やアルファードと一緒に、元カイル邸だった、現ザイード邸を訪ねる。

 ザイードとご対面か……今回はちゃんと自重せんとな。

 さすがに、初対面で喧嘩を売ったことは、少しだけ反省している。主に態度の話だが。

 今回はちゃんと敬語でいこう。状況次第で、丁寧に喧嘩を売る可能性はあるが。


「え? ザイード兄様がおられない?」


 事情を説明しているのは、執事だが、非常にうろたえた様子をみせている。

 単純に貴族(正確には貴族じゃなくて、その息子)のカイルが突然訪ねてきたからだけではなさそうだ。


「カイル……様。なにか問題が?」


 そっとカイルに近づいて状況を確認する。

 すぐにカイルがアルファードに目配せした。


「執事。突然の訪問で困惑しているとおもうが、ザイード様は会いたくないとおっしゃっているのではなく、留守なのだな?」


 アルファードが威厳を崩さず、執事に尋ねる。このあたり、カイルでは出せない貫禄だ。


「は、はい。ただいまザイード様は、湿地帯に遠征・・・・・・に向かっております」

「え?」


 カイルの表情が固まる。


 ……え?

 ザイードが遠征? 聞き間違いじゃないよね?

 アルファードが表情を引き締める。


「執事。詳しく話せ」

「は、はい。実は……」


 執事の話した内容に、俺たちは頭を抱えることになった。



「まさか、ザイード兄様が湿地帯開拓を考えていたとは思いませんでした」


 カイルの顔が青い。

 執事から聞き出したザイードの兵力は三百ほど。帰還予定日を過ぎているが、まだ戻ってきていないそうだ。

 アルファードがこちらに顔を向けてくる。


「クラフト。戦力的にどう思う?」

「どうもこうも、論外だな。ジャビール先生から聞いたんだけど、ここの兵士にスタミナポーションを配ってないらしい」

「……ぬう」


 アルファードが何かの言葉を飲み込む。おおかた「ザイード様はそこまで無能だったのか」あたりだろう。


 ザイードは、スタミナポーションを通りがかりのアキンドーに売りつけ、ついでに宿屋ギルドを設立したそうだ。


 うーん。ザイードが有能なのか無能なのかわからなくなってくるな。

 俺が頭をひねっていると、カイルが顔を上げた。


「クラフト兄様」


 ああ、カイル。次になにを言うのか、俺にはわかるぞ。

 カイルの言葉は予想どおりである。


「ザイード兄様が危機に陥っている可能性があります。僕は助けに行きたいです」


 真剣な瞳だった。

 カイルはあれほど、ザイードに疎まれているというのに、本心からこの言葉が出る。

 俺のザイードに対する気持ちなどゴミ箱に捨て、カイルの気持ちを汲んでやるべきだろう。


「わかった。俺に任せろ」


 もともと湿地帯で魔物と戦争する予定だったしね。


「ただ……」

「ん?」

「マイナをどうしましょう……」

「あ」


 アルファードが間抜けな声を零す。

 そういえば、ジャビール先生に預ける案は伝えてなかった。


「だ、大丈夫だ。ジャビール先生に頼もう」

「あ、それは名案です。ジャビールさんなら護衛も当てられているはずですから」


 カイルがほっと安堵する。


「そういえば、カイルはジャビール先生と面識があるんだったよな?」

「はい。あまり詳しい話はしていませんでしたね」


 屋敷までの道中、カイルから割と重要な話を聞くことなった。


「僕の生みの親は、当時正妻だったイルミナお母様です。イルミナお母様は僕とマイナという双子を産んだことで、身体を壊し、死去しました」


 カイルが顔を落とす。

 ここで「お前のせいじゃない」と言うのは簡単だが、それでカイルの心が簡単に変わるわけじゃない。俺はただ黙って続きを聞いた。


「僕とマイナが生まれつき身体が弱かったのは、兄様もご存じのとおりです。父上は国中から医者をかき集めて診察させたと聞いています」


 オルトロス辺境伯といえば、この国のナンバー2と言えるほどの権力を持つ。実質的には公爵より上だろう。

 この辺はカイルと行動するようになってから勉強したので、少しは理解している。

 そのオルトロスが全権力を行使して、それでも治らなかった病気だ。そりゃあエリクサーが必要だったわけだ。


「医者の中で、もっとも信頼されていたのが、ジャビールさんです」

「そうだろう、そうだろう」


 先生が褒められ、俺が鼻を高くすると、アルファードが眉を顰めた。なんでだよ。


「当時、ジャビールさんは第二夫人だったベラお母様の専属でしたが、父上が無理をいって、治療にあたってもらったそうです」


 そこで俺は妙な事に気づく。


「あれ? そういえば、なんでベラお母ちゃんの専属なんだ? ジャビール先生ほどの腕なら、辺境伯付きであたりまえだろう?」


 今もザイード付きていう、意味のわからない状況なのだ。


「それなんですが、もともとベラお母様はデュバッテン帝国の出身なのです」

「え? 帝国の?」


 帝国って、たまにこの国と小競り合いしてるって聞いてるが……。

 大きな戦争に発展しないのは外交戦略が上手くいっているのと、地理的な問題らしい。

 よく知らんけど。


「はい。ベラお母様は、デュバッテン帝国、公爵家の娘です。政略結婚でした」

「……」


 そうか。外交戦略ってのはこれの事だったのか。そりゃしばらく戦争は減るだろう。

 そもそも魔物の脅威があるなか、戦争とかやってんなよって話だが。


「輿入れは、かなり特殊な事情から、ベラお母様と従者が一人だけと制限されたのです」


 そりゃひどいな。王国の思惑か、帝国の思惑かわからんけど。


「いえ。もっと物理的な問題です」

「物理的?」

「……すいません。これは……」


 言いよどむカイル。


「言えないことなんだな。そこは気にせず先を教えてくれ」

「はい。ありがとうございます。……ベラお母様と一緒に来たのが、ジャビールさんなんですよ」


 話の流れ的に、そうなるわな。

 俺は、頭で整理する。


「つまり、ジャビール先生はベラお母ちゃんのお付きであり、オルトロス辺境伯として直接命令できる立場じゃなかった。そこを頼み込んで、ジャビール先生に治療を任せた……で合ってるか?」

「はい」


 なるほど、大きくなったザイードのお付きに、ジャビール先生をつけたってわけか。そしてオルトロス父ちゃんはそれを飲むしかなかった。


「なんだ。オルトロス父ちゃん、いい奴じゃん」

「もちろんですよ!」


 そういや、カイルがオルトロスに対して文句を言ってることは一度もなかったわ。


「その後、ジャビールさんは、マイナの病気を完治させました」

「そういや、マイナは辺境開拓に来る少し前に、病気が治ったんだったな」

「はい。僕も症状を緩和させる頓服薬をいただいていたので、開拓の責任者となれたのです」

「なるほどな」


 マイナの病気が治り、カイルの症状が緩和される薬がジャビール先生によって完成する。

 その直後に二人を開拓地に送り込むとは、ザイードの野郎、貴族らしいじゃねぇか!


 俺が内心で憤慨していると、話題の中心人物であるジャビール邸へと到着すると、先生の声が聞こえた。


「――じゃから無理なのじゃ!」

「はっはっは! お前は相変わらず慎重だなぁ!」

「へい……ヴァン殿が、いつもむちゃくちゃなだけなのじゃ!!」


 薬草あふれる錬金術師の庭で、ジャビール先生と見知らぬ男が言い合っているのが見える。

 切りそろえられたあごひげの、雄々しい男性だった。

 赤茶の短髪が無造作に掻き上げられ、よく鍛えられた胸筋が、はだけた襟元から覗く。

 年の頃は三十後半といたところか。

 豪放な笑い声を周囲に響かせていた。


 海賊の船長とも、貴族のカブキ者ともとれない、派手だが仕立ての良い服装をしている。

 一般人が着ていたら浮くこと間違いないが、このおっさんには妙にフィットしていた。


 ……間違っても知り合いの錬金術師とかじゃないよな。

 紋章を確認しようと左手に目をやるが、貴族や豪商がよくやるように、飾りの多い手袋をはめていて、紋章の有無をわからないようにしている。


 貴族……かな?

 それにしちゃ、なんというか、豪放磊落すぎるだろ。


 第一印象だが、俺の勘が間違ってないと確信できるほどに、男の快活さは堂に入っていた。


「先生の知り合い……だよな? レイドックやカイルとは別のタイプのイケメンだな」


 あれはモテるタイプのおっさんだ!

 俺にはわかる!


「クラフトさん、あいつ射貫いていいっすよね?」

「ジタロー!? どっから出てきた!」


 気持ちはわかるけど、ハウス! ジタロー!

 なーんか、色々と面倒な予感がするね!


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