44:問題って、悪い事ばかりじゃないよねって話
「こいつぁ……確かに洒落にならんな」
「うん。実際見たらびっくりだよ」
「僕もここまでとは思っていませんでした」
巨大な実験農園に到着した俺達は、その光景に絶句していた。
「え? 何か変な所があるんですかい?」
一人、状況を理解していないジタローだけが、頭にハテナマークを浮かべて首を捻る。
「えっとな、まず、この農園が稼働してからそれほど時間が経っていない」
「そりゃ知ってますよ、ここらの岩をどかすのに、スーパージェット号を貸し出したりもしやしたし、実際手伝いにもきやしたから」
ジタローはまたがるポニーの背をぽんぽんと叩いた。ジェット号は幸せそうに雑草を食んでいる。
「ならなんで気付かないんだよ。よく見ろ、この光景を」
「んー……普通に実った麦畑でさぁね?」
「おかしいだろ! 育つのが早すぎるだろ!」
「ああ!」
そう。予定ではそろそろ青い葉が広がる頃であろう小麦が、すでに収穫時期ど真ん中まで育っているのだ。洒落にならない。
リーファンが冷たい視線を向けてくる。
いや、今回は何もやらかしてないよ!? たぶん!
「それにしても、まだ土作りも進んでいないでしょうに、通常の倍は実ってますね」
「ああ。それにしても壮観だな。まさか初年度からまともな収穫が出来るようになるとは」
「これもクラフト兄様が作成した錬金肥料のおかげですね」
「うーん?」
なんかおかしいんだよなぁ。
広い畑のヘリを進みながら、違和感の正体を考えるが思いつかない。
少し進むと、農園の責任者が頭を下げて待っていた。
「わざわざ足を運んでいただき、誠にありがとうございます! カイル様! クラフト様!」
「そんなにかしこまらないでください。ぜひ気楽に接してください」
「そんな!」
「カイル様はあなた方が無理する姿を見たくないのだ。いつも通りでも大丈夫だぞ」
アルファードがフォローを入れる。実際カイルは相手に自然にして欲しいと願っている。
「それじゃあ、失礼があるかもしれませんが……」
「はい。構いませんよ。報告では作物が育ちすぎて大変だと読みましたが、確かにこれは凄いですね」
たっぷりの実を付けた麦穂が、みっちりと育っているのだ。豊作なんてレベルじゃ無い。
問題は問題でも、良い意味での問題発生だったようだ。
「え? いえ、これは違うのですよ」
「違う?」
思わず言葉にしてしまった。一体何が違うというのか。
「直接見てもらった方が早いと思います。少し先なんですが……」
「わかりました。移動しましょう」
責任者が早歩きする後を、どかっどかっと馬やトカゲや鳥やポニーでゆっくりと追っていく。
馬の背に乗ると、遠くまで見渡せるのだが、進む先に明らかな異常があった。
「ちょっ、あれ!」
リーファンが叫ぶまでも無い。彼女の指す先にとんでもない物が見えていた。
「森……じゃないっすよね?」
「麦色の森か……ははは」
俺は確信した。
渡した錬金肥料がどこに使われたのかを。
畑の一角に、異常に巨大な小麦……言葉は変だが、とにかく俺の身長ほどまで育った区画が存在していたのだ。
「これは……」
聞くまでも無いことだが、聞かないわけにはいかなかった。
「は、はい。クラフト様特製の肥料をいただきましたので、この一角に撒いた結果、このような事に……」
おそらく、作付面積で普通の小麦の一〇倍……いや間違い無くそれ以上に実ったお化け小麦の正体は、どうやら俺の錬金肥料のおかげだったらしい。
リーファンが目を細めてこちらを見た。
「いやいやいや! 確かに俺の錬金肥料は良い物だと思うが、流石にこれはおかしくないか!?」
「それなんですが、どうやらこの土地の土が、とても良質な土のようなんですよ」
「それは聞いたな。その報告を受けて、わざわざドラゴンが住んでいたこの地域を開墾したんだからな」
「はい。ですので、元々非常に栄養価の高い土地に、クラフト様の肥料を撒いた結果ではないかと……」
「それにしたって……いや、農業の事はよくわからんが」
「あの、話は逸れるのですが、安全は確認されているのでしょうか?」
「試しに食べてみましたが、味と品質が良すぎる以外、何も問題はありませんね。鑑定もしてもらいました」
「クラフト君」
「ああ」
俺も収穫した小麦と、挽いた小麦を受け取り鑑定するが、全く問題は無かった。
「こちら、焼いたパンです。どうぞ」
俺とジタロー、それにペルシアがまず食べてみる。
仮に病気になっても、すぐ治せるしな。
早朝にでも焼いたのだろう、冷めたパンをほおばる。
「うまっ!」
「美味しい!」
「ほう、これは凄いな。一見硬いように見えてちゃんと手でちぎれる弾力のある柔らかさ。では中身がスカスカなのかと言えば、しっかりと身も詰まっている。噛みしめれば小麦の香りが鼻腔に広がり、舌の上には香ばしいパンの味が広がって幸せを感じるほどだ。軍用の焼き締めたパンと違い、のどごしもするっと気持ち良く、かといって軽い感じは一切しない。おそらく腹持ちも良いだろう」
「……ペルシア?」
なんかペルシアだけ評価が……。
「僕も食べたいです」
「抑えてください。毒があるとは思いませんが、見ての通り異常な小麦です。せめてもう少し様子を見てからお願いします」
異常言うなし。
アルファードはキリリとした表情でカイルを止めるが、視線はパンに釘付けだった。お付きは辛いのぉ。
「少量なので、手臼で挽いております。市場に出回る物より粉が細かいのも味が良い理由かもしれませんが、根本的な質がとても良いですからね。流石に最初は口にするのが怖かったですが」
「美味しい」
「あっ!? マイナ様!?」
「いつの間に」
マイナがテーブルの上に積んであったパンを、こっそりと盗み食いしていた。殺気も何もないので気がつかなかったぜ。
「ま、大丈夫だろ。キュアポーションもあるしな」
「ん」
「アルファード」
「ダメです! せめて夕飯時までは我慢してください!」
基本的にどんな遅効性の毒でも、六時間が限界と言われているので、アルファードの言は正しいが、ちょっと可哀相だな。
「いいじゃねーか。大丈夫だって」
「クラフト。根拠の無い発言はやめてもらおう」
「農場の奴はもう何日かは食べてるんだろ?」
「もちろんです! 下手な物をお出しするわけがありません!」
カイルの愛されっぷりから、当然の答えが返ってくる。
「信じてやれよ」
「う……」
アルファードの方が正しいんだけどな。キュアポーションもあるし、最悪は国王陛下に土下座してでもエリクサーを譲ってもらうか、ドラゴンを見つけ出して薬を作ればいいのだ。
もっとも最悪でも腹痛程度だとは思うが。
アルファードもそんな事はわかっているのだろう。どちらかというと、俺がアルファードに意地悪をしているような形だ。
「……そうですね。仮に最悪の形になっても対処は出来ますし、そもそもこれが危ないものとは考えていません」
「お前が立場上そういうしか無いのはわかってるさ。でも美味いから喰わせてやれよ」
「クラフト。いざというとはこき使ってやるからな」
「はいはい」
俺はバスケットに積まれたパンをカイルに渡してやる。
「これは! 王家のパーティーに出てくるパンと言われてもわかりませんね。大変美味です」
「な、美味いだろ?」
「この味は、大きな方の麦だけなんですか?」
「そうですね。しかしこちらの普通……といって良いかわかりませんが、背の低い方の麦も味がいいですよ」
農園長が、別に用意していたバスケットを差し出してくる。
俺とリーファン、それにペルシアが口にする。
「これも十二分に美味いな」
「うん。美味しい!」
「なるほど、確かに先ほどのパンに比べれば劣ると言えるが、十分に小麦の香ばしい味と香りを楽しめる。私の知る限り、貴族のパーティーに饗されるレベルのパンだと保証しよう。腕の良いパン職人が焼けばより美味しくなることを考えると、この小麦の潜在能力も……」
「その辺にしておけ、ペルシア。十分だ」
「む? そうか?」
良かった。アルファードさんが止めてくれた。
なんか最近、ペルシアの変な部分が表面化してきてるような……。
「僕もいただきますね。うん。充分美味しいですよ。こんな良い小麦が育つなら、農園規模をもっと増やしても良かったかもしれませんね。来年までに準備しましょう」
「カイル様、その話なのですが、この育ち方であれば、もう一度植えることが可能なんですよ」
「え?」
「土も全く弱っておりませんから、土を休ませる必要もありません。ひと月以内に種を蒔ければ間違い無くもう一作可能です」
「それは凄いですね。わかりました。すぐにでも開墾地を広げつつ、現状の畑の刈り入れを終わらせてしまいましょう」
「クラフト様、今の数倍の規模になった場合、錬金肥料は用意いただけますか?」
「一〇〇倍だって楽勝だぞ」
今回渡したのは、本気出してないからな。
「おお! ならば次は全面に錬金肥料を撒きましょう!」
「その場合、収穫見込みはどの程度になりますか? 小麦の輸入をやめられる量になるでしょうか?」
「輸入どころか大量に輸出出来ますよ。備蓄するもよし、売り払うも良し。品質を考えたら、輸送費を考えても購入する商人が殺到することでしょう」
「そこまでですか。わかりました。帰ってすぐに手配します」
こうして、ゴールデンドーンの総力をあげ、開拓地を広げた結果、国を支えられそうな穀倉地帯が完成したのだった。
そして、本気を出した作った錬金肥料で育った小麦は、飛ぶように売れたのだった。
それは良いんだが、クラフト小麦って名前だけはやめてくれ……頼む……。
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