42:メイドさんって、ちょっとドキドキするよねって話
「そうか、この手があった!」
俺はジャビール先生の人造魔物木人形の手記を読みあさり、いくつもの試作品を作り上げ、紋章に新たな知識が宿るよう、勉強し続け、さらにはジャビール先生自身にも相談した結果、とうとう、解決策を思いついた。
「ジャビール先生は最初、ホムンクルスの技術を応用しようとして失敗。試行錯誤の末、ゴーレムやガーゴイルに使用されている人造魔物の技術を合わせる事で木人形を完成させた。だが、それでは知能も強度も微妙だ」
もちろんジャビール先生が悪いわけでは無い。むしろその技術である程度の知能を持たせられたことこそが、先生の有能さを示している。
実際、手記を読みあさることで、紋章からの知識は大幅に増えていた。
そして、辺境伯から下賜されたドラゴンの素材の数々を研究して、とうとう俺の求める最高の人造魔物人形を思い立ったのだ。
試行錯誤の末、俺の目の前には究極の人造
「本当に作っちゃったんだ」
「おう、ボディーの作成ありがとうな」
「それはいいんだけどね」
俺が目を付けた技術は、人造魔物の一種、竜牙兵……ドラゴントゥースウォーリアーだった。
ドラゴンの牙から作られる人造兵士の一種で、大変に強力な魔物だ。
古代魔法時代のダンジョンの奥深くで、財宝を守っている事が多い。つまり、ダンジョンのボスレベルの強さを誇る。
そんなドラゴントゥースウォーリアーをベースに、ゴーレム・ガーゴイルの技術に加え、先生のホムンクルス技術も惜しげもなくつぎ込んでみた。
それだけでは足りないと、滑らかな思考の為に、使い魔の技術まで導入した。
素材は洒落になっていない。
ドラゴンの牙でベースを作成。ドラゴンの骨で骨格強化。ドラゴンの肉や希少薬草などを盛り込んだホムンクルス技術による筋肉と皮膚。そしてレイドックに依頼して強力な魔物の魔石を頭脳の中核として組み込んだ、まさに世界に一つだけの最高人造物となっていた。
全て身内価格なのに、貯金の半分が吹っ飛んだよ、とほほ……。
大まかな骨格と肉付けは、錬金術でおこない、最終的な皮膚張りとデザインをリーファンにやってもらった。
流石に女性の肉体を完成させるのは恥ずかしかったからだ。
なんで女性型かというと、元々俺の手伝いをしてくれるメイドが欲しかったというだけでなく、どうやらドラゴンがメスだったことが関係しているらしい。
なぜかどうやっても女性の体型にしかならなかったのだ。
リーファンがメイド人形の胸部辺りに、どうしてこんなに盛る必要があるのかと怒っていたが、そうしないと不思議と全身のバランスが取れなかったからだ。
あと、無駄じゃねぇよ!
ちょっとした紆余曲折はあったが、大まかな筋肉を配置した後、リーファンが綺麗に肌を付けてくれた(はずだ)。
メイド服を購入して着せておいてくれと頼んだら、なんかすんげぇ乾いた目で見られたのは忘れたい記憶である。
「よし、起動するぞ」
「うん」
魔方陣から、特殊な術式を経て、魔力を流し込むと、ゆっくりとメイド人形の目が開く。
エメラルドグリーンに輝く美しい瞳だった。
「……おはようございます、マイマスター」
「す、凄い! 最初から喋れるんだ?」
「その辺りは全てジャビール先生のおかげだよ。何度か相談に行ったからな」
幸い、ジャビール先生が旧開拓村へ引っ越した関係で、比較的楽に会いに行けるのはありがたかった。
その時の事を思い出す。
◆
「お久しぶりです! 先生!」
「む、クラフトか。よくこの場所がわかったの」
「出入りの商人に、ジャビール先生がこちらに越したと教わりまして。あ、これ引越祝いです」
取り出したのは、商業ギルドが冒険者ギルドから買い取った、割と貴重な素材の詰め合わせだ。ゴールデンドーンの周辺はまだまだ危険な場所が多く、魔物も多い。特にサイクロプス級の魔物のオンパレードだ。
なるほど、今までどの国からも放置された土地だけのことはある。
もっとも、ゴールデンドーンの冒険者達にとっては、ちょうど良い稼ぎになっているようだが。
そんな関係で、他の地域では貴重な品も、開拓地では、そこそこの値段で売り買いされるようになっていた。
「それはありがたいのじゃが、それよりも、お主の乗ってきた魔物はなんなのじゃ!?」
「魔物?」
俺はジャビール先生の視線を追う。そこにいるのは魔物では無い。
開拓村の移動時からずっと村で育ててきた馬がいるだけだ。
最近移動する事が多くなったことから、新開拓地に移ったのを機会に購入させてもらったのだ。
「もしかして、ブラックドラゴン号の事ですか?」
「ドラゴン!?」
「あ、いえいえ。ただの名前で普通の農耕馬ですよ」
「農耕馬!?!?」
ジャビール先生は何を一体驚いているのだろう?
「真っ黒で可愛いでしょう?」
「いやいやいや! ムッキムキなのじゃ! ムッキムキ!」
「……そう言えば、随分育ったような……」
確かに、随分とガタイが良くなっている気もする。
もっとも畑仕事やら、建築作業やらで、しょっちゅう見ているので、変化があまりわからない。
「おまっ! 将軍クラスでもこんなムッキムキの馬には乗れんのじゃ!」
「確かにブラックドラゴン号は、俺専用なんでスタミナポーションの原液を飲ませてますが、町の馬はだいたいこんなもんですよ?」
あれ?
馬ってこんなもんだったような??
あれ?
ジャビール先生に指摘され、よくよく考えると、馬って奴はもうちょっと大人しい体格だったような気も……。
「下手したら馬だけでゴブリンくらい踏みつぶせそうなのじゃ……」
「え? オークくらいなら楽勝ですよ?」
「のじゃーーーーー!?!?」
なぜか頭を抱えてしゃがみ込むジャビール先生。
ゴールデンドーンが村だった頃からいた馬は、軒並みそんくらい戦えるが……。
軍馬なら普通……あれ、そう言えば農耕馬……。
「軍馬でもそんな化け物級の名馬は滅多におらんのじゃ!」
「……すみません。言われてみたらそうかもしれません」
「まったく! 貴様は! 貴様は!」
「今度、良い馬をお譲りしましょうか?」
「怖いからいらんのじゃ!」
ぱたぱたと両腕を振り回すジャビール先生。
「確かに、ジャビール先生にはちょっと大きいですかね」
「大人が三人くらい余裕で乗れそうなのは、ちょっととは言わんのじゃああああ!」
そう言えば、馬って普通一人乗るくらいの大きさだった気が……。
あと、三人だと流石にちょっときついです。
「あ、頭がおかしくなりそうなのじゃ……」
「なんかすみません」
「まあいいのじゃ、それで今日は挨拶に来ただけか?」
「いえ、ちょっと相談にのって欲しいことが……」
夜遅くまでかけて、俺の散雑なアイディアを伝えると、実用的なレベルでまとめてくれた。
この時の知識が元になって、紋章の囁きも大分増えた。
この日以外にも、何度か足を運び、解決策を模索していく。ブラックドラゴン号のおかげで往復は楽だった。
そうして思いついたのが、先の竜牙兵の技術応用したものだった。
「ふーむ。竜牙兵を応用するのか、良いアイディアとは思うのじゃが……」
「ですよね!」
「しかし……こんな物を量産されたらたまったもんじゃないのじゃ……」
「え? 何か言いましたか?」
「のじゃ!? な、なんでもないのじゃ! と、ところでこれは何に使うつもりなのじゃ!?」
「え? ああ、秘密が守れる助手兼、家の事をやってくれる家政婦が欲しくて」
「……そ、それだけか?」
「え? 変ですか?」
特に秘密を守れるって所では、自作が一番安全だと思ったんだけど。
「い、いや。なんでもないのじゃ。戦争用でないならの……」
「え?」
「そ! そうじゃ! ならば使い魔としてしてしまえば良い! 一体だけ作れれば良いのじゃろ!?」
「ええ、一人で充分ですよ。使い魔ですか?」
そういえば、錬金術師の紋章ではあるが、並みの魔術師よりその辺の魔法関連が揃ってるんだよな。
「うむ。使い魔にすれば、貴様の基本的な知識が最初から身についているだけでなく、動きもスムーズになるのじゃ」
なるほど!
それは盲点だった!
どうせ今、使い魔は何もいない。
「それだけじゃ不安じゃの……」
「え?」
「い! いや何でもないのじゃ! そうじゃ! 専用の魔石……ほれ! メイドの技術の詰まった魔石をプレゼントしてやろう!」
「良いんですか!?」
「と、特別じゃぞ? これで完璧にただのメイドになるじゃろう!」
「ありがとうございます!!」
やっぱり先生は最高だぜ!
思わず抱きしめてしまった。
「のじゃあああああ!」
「あっ! すみません! つい、嬉しすぎて!」
「貴様は女性に無差別に抱きつくのか!?」
「あ、いえ、見た目は子供なもんでつい」
孤児の子供達と同じ対応をしてしまった。
「馬鹿者がなのじゃ!」
「すみませんでしたぁ!」
耳まで真っ赤にして怒る先生。
深く反省。
「と! とにかく私が世界一と言われたメイドの技術を移した魔石を渡してやるから、間違っても追加で剣士の知識などまぜるではないのじゃ!」
「え? 混ぜてはダメなんですか?」
「人格が破綻する可能性がある。暴走しても良いならやっても良いのじゃ」
「暴走なんてしたら、リーファンに何時間正座させられるかわからないので、絶対やりません!」
そもそも、錬金助手と家事手伝いが出来て、あとは少しだけ自衛できる力があればいいのだ。
「そ、それでこの研究の論文は……」
「え? 個人用なので、考えてもいませんでしたが」
「ほ! ほう! ならば、ほれ、あれなのじゃ。私が代わりに発表してやっても良いかもしれないかなーなのじゃ」
「え!? 本当ですか!?」
「う、うむ。貴様が良ければであるが……」
「嬉しいですよ! 研究成果は全てまとめて先生にお渡ししますね!」
「全て!? う……うむ。ならば、連名にしてやらんこともない」
「うわああああ! ありがとうございます!!!」
「のじゃああああああ! だから抱きつくんじゃないのじゃあああああ!!」
「あ、すみません」
こうして先生は、連名論文として発表してくれると約束してくれた。
とても忙しいだろうに、なんとありがたい先生なのだろうか!
ザイードに付いているのが本当に勿体ない。カイル付きに引き抜きたいが、下手したら武力衝突に発展しかねないので、我慢している。
「それでは完成したら、お見せしますね!」
「うむ、本当は私が作りたいところなのじゃが、材料も時間も足りないのじゃよ」
「はい! 先生がお忙しいのはわかっています! 弟子として必ず良い報告が出来るよう頑張ります!」
「う、うむ。任せたのじゃ」
「はい!」
◆
このような紆余曲折を経て、世界に一つの人造魔物メイドが完成したのである。
「それで、名前は考えてあるの?」
「うーん。竜の骨だから、リュウコで」
「わーお」
「名前を承認いたしました、マスター」
こうして、メイドのリュウコを手に入れたのだった。
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