リズム

プロローグ

「優秀賞、エントリーNo.15、寺島篤哉てらしまあつや君」

自分の名前が呼ばれた瞬間、高揚と焦燥が一気に押し寄せる。

篤哉にとって6度目のピアノコンクール。今まではあまりやる気も出ず面倒な催しだなと思っていたが、今回は違った。

小五の篤哉には3つ年の離れた兄がいる。その兄の全日本学生音楽コンクール・ピアノ部門と篤哉のコンクールの日程が被ってしまったのだ。

両親は兄に付き添って東京に行ってしまった。

地方の小さいコンクールと全国のコンクール、両親が後者を選ぶのは当たり前のことだった。しかし、幼い篤哉には納得できなかった。どうして2人とも見に来てくれないの?どうして兄ちゃんの方を選ぶんだよ…。

だから、今回はなんとしても賞を取りたかった。自分もやればできるという事を両親に証明したかった。

褒めて欲しかった。

最優秀は取れなかったが、篤哉にとってはどうでも良かった。重要なのは賞が取れたという事実だけ。

表彰式を終え、ピアノ教室の先生に挨拶をすませるや否や篤哉は急いで家に帰った。

もちろん両親達はまだ帰っていない。おそらく9時頃には帰ってくるだろう。そしたら玄関先でこの表彰状を見せてやるんだ。

両親の驚く顔を想像するといてもたってもいられなかった。


「あなたは本当に私の自慢の息子よ!」

「お祝いにケーキを買ってきたんだ。夕食の後みんなで食べよう」

両親の顔は嬉々に満ちている。けれど、その言葉もその顔も、篤哉に対してのものではない。

兄の恭哉きょうやはコンクールで優勝した。その事に両親は激しく浮かれている。一度も自分に結果はどうだったのかと聞いてこない。まるで今日は恭哉のコンクールしかなかったみたいだ。

篤哉は手に持っていた表彰状を握りしめた。


どれだけ頑張っても、母さんと父さんは僕を見てくれないんだ…。


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