第14話 光太郎の本音

 とりあえず、僕は高杉をコンピュータ室に連れて来て、二時間前の僕から彼を遠ざけることが出来た。これで二時間前の僕たちは、無事に過去へ行くことができるだろう。

 しかし、これからのことについては、僕は何も考えていなかった。何と言えば、剣道部について怒っている彼をなだめられるだろうかと考えた結果、多分許しては貰えないだろうが、まず謝ることにした。事情はどうあれ、僕たちのせいで剣道部が無くなるかもしれないのは事実なのだ。


「高杉、ごめん。やっぱり宏樹がこんなことをしたのは俺のせいだった。本当に高杉達には申し訳ないことをしたと思ってる。本当にごめん」


「は?謝る相手が違うだろ。今更謝っても遅いけど、謝るなら坂本先輩にだろ。やっぱりお前らが坂本先輩を殺したのか」


 嫌いな相手とはいえできるだけ誠意を込めたつもりだったのだが、僕の謝罪の気持ちは、高杉にはまともに受け入れてもらえなかった。僕はすっかり忘れていたが、高杉は僕たちが宏樹を突き落したと勘違いしていたのだ。僕はそのことを、彼の言葉を聞いた時に思い出した。だとしたら簡単に許してもらえないのも当たり前だろう。

 そんな高杉の様子を見るに、彼はまだ宏樹の告発文の画像を見ていないようだった。


「高杉、もしかしてずっとスマホとか見てないのか?剣道部部員のSNSアカウントにも宏樹のことについて広まってたと思うけど」


 そう言って僕が彼にSNSを見るように促すと、彼は素直にスマホを見てくれた。宏樹のことに関しては意外と素直なやつなのだ。彼はそれを見ると目を見開いてすぐに僕に言った。


「お前が坂本先輩に変なことを吹き込んだんだろ。じゃないとあんなこと書くはずがない。どちらにせよお前は今まで苦しい練習に耐えてきた俺たちの努力を台無しにしたんだ。お前には分からないかもしれないが、誰よりもきつい練習を多くやって努力したやつが勝つ、それが部活の当たり前の世界なんだよ」


 どういうことを言っても彼の中でこの事件は僕のせいになるらしい。まぁ、実際そうなのだ。だが、僕が何でこんな事をしたのかどうしたら彼に分かってもらえるのだろうと考えていたところで、隣にいた光太郎が高杉に話し始めた。


「苦しいから力が付くなんて、俺は時代遅れな考え方だと思います。これまでいろんなことが効率化していきましたよね。洗濯は洗濯板なんか使わないし、料理は電子レンジで指一本でできます。これからもその流れは絶対止まらない。なのに学校の部活は今のまま、顧問の先生が昔の先生にやられたきつい練習を繰り返すだけでいいと思いますか?長くてきつい練習で着く力が、短い時間で着く方法があるならそっちの方が絶対いいですよ。俺は部活も効率化して、他にも一生懸命になれるものを見つけるべきだと思います。『社会に出た時の忍耐を付けるためにきつい部活の指導が必要だ』みたいな意見もありましたけど、部活であっても仕事であっても、やってて辛いものよりかは楽しいものの方が絶対にいいと思います。将来楽しいと思える仕事を見つけるためにも、学校の部活にすべてをささげるのじゃなくて、他に楽しめるものを見つけるべき。俺はそう思います」


 光太郎は僕が説明しようとしていた事のすべてを、代わりに高杉に言ってくれた。


「お前はいったい誰なんだ。何でここにいるのかは知らないが、それはお前の勝手な主張だろ。これまではうまくいってたんだ。それをお前らの勝手な考えで台無しにしていいと思ってたのか?昔から積み上げてきた伝統と言ってもいいものなんだぞ」


 僕が言うよりはまともに話を聞いてくれたのかもしれないが、それでも高杉には僕や光太郎の考えは理解してもらえなかった。しかし光太郎はめげずに、高杉への話を再開した。


「それは昔から繰り返されてただけの悪しき風習です。俺はそんなもの、一刻も早く捨て去るべきだと思います。これまでだってきっとうまくいってたわけじゃないですよ。高校生の大多数が不満を持ちながらも、面倒だったり自分が悪者になりたくないから何もしてこなかったんです。確かに昨日までは隆之介の勝手な考えだったかもしれません。でも今日この日からは違います。隆之介や宏樹さんたちが勇気を出して俺たちの未来のために動いたことによって、今の高校生の考えが少し変わり始めました」


 光太郎は彼に渡したままだった僕のスマホの画面を高杉に見せた。そこにはさっき光太郎が見ていたこの事件に対するSNSでの高校生の意見『こんなことが起こりうるなら、部活の指導方法は一から考え直した方がいい。』とか『自殺まではいかないにしても、僕たちも不満があるなら行動を起こすべきだ。』のようなものが表示されていた。さっき見たよりも高校生の肯定的な意見は増えているようだった。

 そして、高杉が所属する剣道部の他の部員のものもその肯定的な意見の中にあった。そしてそれを見せながら光太郎は話し続ける。


「高杉さんや今の剣道部の先生みたいに、根拠のない考えを他人に押し付けるような人は、周りを不幸にする。みんなそれに気付き始めたんです。根性論第一、今までやってきたことが正しい、周りの人と同じでなくてはいけない。そんな考えが宏樹さんを始めいろんな人を傷つけてきたんです。その結果がこの事件ですよ」


「なるほどな。つまり、坂本先輩が飛び降りたのは自分たちのせいじゃない。俺や坂本先輩を指導していた先生が悪いって言ってるんだな?ふざけるなよ。坂本先輩がそんなこと言うはずないだろ。そんな意見に賛同するやつは、根性も頼り甲斐もなくてどうしようもないやつだ。坂本先輩とは全然違う。死人に口なしともいうからな。お前らが坂本先輩の名前を借りて勝手に言ってるだけなんじゃないか?」


 やはり、今の根性論第一の剣道部が大好きな高杉に根性論や先生を否定する意見を言っても、まともに受け取ってもらえなかった。挙げ句の果てには、賛同した人に対して罵倒し始めて、光太郎にも怒り始めた。

 これまでの僕はなるべく高杉にショックを与えずに説得しようと、気を使っていた部分があった。しかし、ここまで僕たちの話を聞かない上に、光太郎を責め始めた高杉を見て、僕は彼にかなりのダメージを与えるであろう最後の手段を使うことにした。少し前にもあったが、僕は光太郎が悪く言われているのをなぜか見過ごせないのだ。


「そうじゃない。確かに俺が吹き込んだことがきっかけにはなったけど、宏樹は俺の考えに同意してくれて行動した。それに宏樹は死人でもなければ、傷一つすら負ってない」


 それを聞いて高杉は少し戸惑った様子で言った。


「何を言ってるんだ?」


 そして、僕のそばにいた光太郎も僕の言葉に驚いて言った。


「隆之介、それ言っていいの?」


「どうせすぐにバレることだ。もういい」


 僕は光太郎の問いにそう答えた後、高杉に今起こっている宏樹の飛び降りの真相について説明した。


「宏樹が飛び降りたっていう話は、今の部活の現状を世間に告発するための嘘だった。だから宏樹の気持ちが聞きたいなら、今から保健室に行って直接本人に聞いてくればいい。それで宏樹がどういう気持ちで行動したのかはっきりするはずだ」


 僕の言葉を聞くと、珍しく高杉は僕の言葉を信じたようで、『そうか』と言い、部屋の出口に向かおうとした。彼は本当に宏樹に憧れていて、本気で彼のことを心配もしていたみたいだ。

 もし僕が言ったように高杉が行動すれば、彼は憧れの相手に裏切られるような気持ちになるかもしれない。そんなことを考えて僕は今までそれを言わなかったが、もうそれしかないと思ったのだ。ただ、親友の宏樹に憧れている後輩にその気持ちをなるべく失って欲しくはないと思ったため、僕は言葉を付け足した。


「でも、もし宏樹が高杉の理想通りの人間じゃなかったとしても、宏樹に失望したりしないでくれよ。高杉の憧れとは違っても、あいつは人間としてすごくいいやつだから」


 優秀な彼はこの状況や僕の言葉から、宏樹が自分の考えでこの騒動に参加したことに悟ったのかもしれない。高杉は僕の言葉を聞いた上で、こう答えたのだ。


「そんな事はお前に言われなくても分かってる。だけどもし坂本先輩がお前らと同じ考えだとしても、俺は自分の考えが間違ってるなんて思わない。これまでずっとそうやってきたんだ。今さらそれは変えられないからな」


 残念だが、仕方ないことだ。彼と僕たちの考え方は根本から違うみたいだ。そう思って、僕はこれ以上は特に何も言わず彼を見送ろうとした。

 しかし、高杉の言葉を共に聞いていた光太郎は部屋を出ようとする彼を引き止めて言った。


「高杉さん、あなたはそれでもいいと思います。俺は高杉さんの考え方が絶対に間違ってると言ってるわけじゃない。誰でもそんな考えができるわけじゃないから、それを人に押し付けたりしなければ、それでいいと思います。他人を本気で嫌ってでもそんな考えができる高杉さんはきっと将来成功しますよ。俺が保証します。それは隆之介や宏樹さんも持ってない強みですから」


 そして、部屋から出る前の高杉は、光太郎と僕に言った。


「結局お前が誰かはよく分からないけど、何かありがとう。変な疑いかけて悪かったな。桜井先輩も悪かった。」


 言い終えると、彼は振り返らずにコンピュータ室から出て行った。


 高杉が出て行って二人だけになったその部屋で、僕は光太郎に話しかけた。


「光太郎、ありがとう。おかげで大分丸く収まった気がする。今度こそ僕たちがする事は無くなったから、舞が待ってる教室に向かおうか」


 僕がそう言うと、光太郎は少し寂しそうに返した。


「いや、やっぱりもう帰るよ。高杉さんと話している時に、俺がなぜこの時代に来たか気づいたんだ。この時代は隆之介たちの時代だ。俺がこれ以上出しゃばるのはあんまり良くないと思う」


「光太郎がこの時代に来た理由?」


 僕がそう聞くと、光太郎は彼がなぜ今日に来たのかについて僕に説明し始めた。


つづく

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