第8話 親友との衝突
宏樹が屋上についてから数秒後、僕も屋上にたどり着いた。そして剣道の道具と通学かばんを持って屋上の端の方へ向かっている宏樹に、大声で声を掛けたのだ。
「馬鹿なことはやめろ!」
宏樹は振り返って驚いているような顔をした後、静かな口調で僕に言った。
「隆之介には俺の気持ちは分からないだろ、見逃してくれ。でも今までいろいろありがとう、ごめんな。舞と元気で暮らせよ」
そう言って、屋上の端に向かって再び歩き進めようとした宏樹に僕はさらに言った。
「確かに宏樹の気持ちは分からないよ。分かりたいけど、残念ながら分からない。でも逆に、今の僕の気持ちは宏樹には分からないだろう。投げ出す前に話だけでも聞いてほしい」
宏樹は何も言わなかったが、その足を止めてくれた。僕は聞いてくれる気になったのだろうと勝手に解釈して話を続けた。
「本音を言うと、宏樹がどうしようもないほど苦しい思いをするなら、剣道部なんてやめてほしいと思ってる。ここにいることが辛いなら、学校だってやめてほしい。全国で何位になろうが、どれだけ人気ものになろうが、何者だろうが、僕にとってお前は小学校からの友達の宏樹でしかない。人からどう見られようと、僕はこれからも宏樹と一緒に頑張って生きていきたいと思っているから、やらなくてもいいことを苦しみながらやってほしくない。もっと言おうか?これが、宏樹にも舞にも、誰にも話したことのない僕の本音だ」
僕は続けた。もしこの後の言葉が全国の高校生に生中継されていたのなら、僕は全国の嫌われ者になっていたのだろうと思う。だが、僕は誰かに嫌われてもいい覚悟で彼に言った。
「この学校の人間はみんなと違う人に対して厳しすぎだ。どんなに辛くても、部活や学校に行くということを辞めにくくなっているのはそれが理由だと思う。みんなと同じなのがそんなに偉いか?部活をして爽やかな青春を謳歌している人は、部活に入らずに学校外で趣味を楽しんでいる人に対して、無条件に偉そうな態度をとっていいのか?みんなと同じように暮らしている多数派は皆と違う少数派を攻撃するのが当たり前で、その生活は少数派の人のものよりも当然楽しいものか?僕はそうは思わない。いろいろ嫌なこともあったけど、今は宏樹や舞みたいな友達もいて、映画という趣味もあって、僕は楽しい毎日を過ごしてる。この生活は、部活にすべてをささげている人たちよりも、絶対にいいものだと僕は思ってる。彼らも僕に対しては同じことを思っているだろうけど、それでいいんだと思う。他人がどう思うかなんてその人次第、なのに自分の価値観だけで他人を否定しようとする人もいる。それが問題だと思うんだ。負けず嫌いなのか何なのか、一方が幸せなら他方は不幸じゃないと気が済まない人がいることに僕は嫌気がさしている。そんなことが当たり前のこの状況が、宏樹を追いつめたんじゃないかと僕は思ってる。気づかなかった僕も悪かったよ。ごめん」
僕が今まで言わなかった本音を言い終わると、ようやく宏樹が口を開いた。彼は不安げな表情で僕の言葉に答えてくれたのだ。
「そうかもな。確かに自分が理解できないから他人を否定する人はいるし、その行動は良くないよ。けど、みんながみんな隆之介みたいに強くない。ほとんどの人は好きなことをして他人に否定されるよりは、我慢して周りと同じことをして、周りの人とうまくやる方がいいと思ってるよ」
「そもそも我慢しなきゃ、否定されるその状況がおかしいだろ。お前は周りから期待されるような優しくて強い人間に見せようとし過ぎるためにこうなった。そんなことが起こってる今のこの状況を、僕は未来に残したくないと思っている。何をしても楽しいような高校生活を、苦しい思いで過ごさせたくない。宏樹は今感じている苦しみを未来の人たちにも味わってほしいと思うか?」
僕は未来で楽しく暮らしていると言っていた光太郎のことを思い出しながら言っていた。彼が幸せに暮らす未来のためにも、ここで宏樹と一緒に現状を変えるべきだと感じていたのだ。
「そりゃ俺だってこんな思い誰にもしてほしくない。けど、どうしろって言うんだ。俺がここで隆之介の意見を聞いて踏みとどまっても、俺の周りの環境が変わってみんなの悩みが消えるとは思えない」
僕はその時でもまだ、宏樹の悩みがはっきり何なのかわかっていなかった。だが宏樹を救うためにもう後には引けないと思い、本音を彼にぶつけ続けた。
「我慢してるだけじゃこの流れはきっと永遠に変わらないだろうな。宏樹が何で苦しんでるか僕に分からないように、僕の本音に宏樹が気付かなかったように、他人が何を考えているかなんて実際はだれにも分からないんだから。変えたいことは、そう思ってる人が主張しなかったら、きっと何も変わらない」
「それは正論だと思う。きっと同じ気持ちを抱える人のためにも、流れを変えるための動きを起こすべきなんだとは俺も思う。だけど、情けないとは思うけど、俺の本音を言った相手が、本当の俺を受け入れてくれるのかどうかが不安で、どうすることもできないんだ。隆之介や舞や両親も含めて、今俺の周りにいてくれている人が本当の俺の気持ちを知った後、俺の周りから去っていくんじゃないかと思うと怖くて、そんな状況で生きていくのが辛いと思った」
「怖いかもしれないけど、今の状況で立派な結果を出した宏樹だからこそ、他人に伝えられて変えられることがあると思う。僕じゃきっと負け惜しみにとられるだけで、きっとうまく伝わらない。だから手伝ってほしいんだ。今の状況に絶望して、すべてを投げ出す前に、僕と一緒に未来と自分のために、今のこの状況を変える手伝いをしてほしい。僕がついてるから大丈夫。宏樹が何に悩んでいようともどんな人間だろうとも、少なくとも僕は見捨てない。僕は宏樹が今みたいな立派な人間になる前から知ってるから、今更何を言われてもがっかりなんてしないよ」
「ありがとう、でもその言い方はちょっとずるいな。俺はそこまで言う隆之介の頼みを断ることができない。何をするかにもよるけど、もう少し自分のためにも頑張ってみようかと思う」
僕はその言葉を聞いてほっとした。とりあえず宏樹を救うという最初の目標は達成することができたのだ。だがもう一つの僕の計画はこれからだった。
「とりあえず宏樹が無事で良かった。でも、今の僕がしたいことはまだあるんだ。宏樹を苦しめるきっかけになった剣道部を世間に告発しようと思う」
宏樹はやはり驚いたようで、僕にこう言った。
「告発?何で?そこまでする必要あるか?」
彼は僕の予想通りの反応を示した。過度な期待を受けてもなお、周りの人に感謝し、周りの環境が大好きな彼に協力させるには少し酷かもしれないと思いながら僕はその説明を始めた。
「この問題はそれぞれの学校内で解決できる問題じゃないと思うんだ。学校という組織の中で部活は厳しいもので、生徒は勉強と部活が生活のほとんど、という状態が当たり前になりすぎて、組織内じゃその常識はきっと変わらない。学校内を知らない人達にこの現状を知らせる必要があるから、剣道部を見せしめとして告発しようと思うんだ。でも理解できないならやらなくていい。僕一人でできる他の方法を考えるから」
宏樹に大きな負担を掛ける上に強制してやらせることでもない。宏樹が嫌なら諦めようとしていたが、彼はすぐに困惑したような様子でこう答えた。
「無理して剣道部の厳しい練習についてきて、辞めて責められた人を俺は知ってる。あんな厳しい練習させる必要があったのかとも思ったこともある。だから、その考えに理解はできるよ。でもよりによって、なんで俺が入ってる剣道部なんだ?」
「それは宏樹がその状況で結果を出したから。その状況にいて実力がある人が訴えたほうが、人は信用するものだよ。今の指導者が効率いい方法や個人に合った方法を学ぼうとせず、きつい練習をやらせれば力がつくと考えてるこの状況は変えなきゃいけない。宏樹にとっては恩人かもしれないが、厳しい練習を強制していると思ったのなら、彼の指導はやっぱり間違っていたんじゃないかと思う。この学校の剣道部のやり方を僕たちが正すことで、未来の高校生の生活が楽しいものになることにきっとつながる。僕はそう思ってる」
「そうか。これが状況を変える一番の方法だと、隆之介が思ってるなら仕方ない。でももしこれがうまくいったら、先生はきっといろんな人から責められることになる。後で謝りにいかないといけないな」
「いかなくていいよ。自分の知識不足のせいで、宏樹を追い込んだ張本人だ。責められる理由はあるんだから」
「指導の方法が最適ではなかったとしても、俺が剣道で結果を残せたのはあの先生のおかげだから感謝はしてるんだ。だから後で謝りたいと思ってる」
「したいならすればいい。だけどすべて終った後にしてくれよ。時間に余裕があるわけでもないし、これからする計画が他の人に知られたら、することの意味が無くなるから」
「分かった。とにかく、これから俺たちがどうする計画なのか教えてくれ」
そう言われて僕が宏樹に計画を話そうとしたその時、校舎の階段につながる扉の方から、かっこつけたような感じの女子の声が響いた。
「ちょっと待った!残念だが、話はすべて聞かせてもらったよ!」
この声の主を見て、僕は驚いた。その映画のワンシーンみたいな言い方を聞いた時に、それが誰なのかある程度予想はついていて、実際に予想通りの人物だったのだが、なぜその人物がここにいるのか、という事に驚いたのだ。
つづく
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