第60話今日子のはじめての家庭教師その2

「どうかされましたか?」

 と今日子は声をかける。するとその女の子は思い詰めた表情で、

「実は私、理科大の物理学科を志望しているのですが、数学が全然出来ないのです。出来ればどうか数学を、教えていただけないでしょうか?」

 どうやら家庭教師のお願いのようである。ただし今日子は大学一年生のときは、関門科目突破のために、一切のアルバイトはせずに、勉学に意識を注ぐと決めていたので、なんとかこのお願いを断ろうと、今日子は言葉を選んで、次のようにその女の子に言った。

「ごめんなさい。私は『数理情報科学科』の学生なのですが、実は私って補欠合格なのですね。つまりは正規の合格ではないのですよね。ですので関門科目も突破出来るか、私自身も今もとても心配でして……。学費を出してくれている兄とも約束をしていまして、家庭教師を含めた、いわゆる『勉強を教える』類のアルバイトは、大学一年生の間は一切、やらないことにしているのです」

 それを聞いた女の子は、もう泣き顔に近い。

「どうしても理科大に入りたいのです。理科大の学生さんであれば、過去問にも精通していると、聞いていたものですから……」

 教員志望の今日子にとっては、そこまで懇願されてしまうと、断るにも断りきれなかった。今日子は仕方なく、 

「私も自分の大学での勉強がありますから、日曜日のこのぐらいの時間に、ニ~三時間ぐらい……どこか喫茶店で一緒に勉強します?」

 その女の子は「よろしくお願いします!」と、深々と頭を下げた。

 その女の子は『安西知美』さんというらしい。まずはどんな教材を使っているかを知るのが、今日子の最初のミッションだった。

 よくあるマズいケースなのが『難しい問題ばかりが並んでいる教材をしっかりとやりこめば、どこの大学でも容易に入れる』と勘違いしているケースである。正しくは『自分の実力にあった問題が収録されている問題集をとにかく繰り返して、ステップアップするように教材のレベルを上げていく』なのだが……。

 また理科大志望ということだから、確かに入試問題のレベルは高いが、難しいことが出来なさい! という出題内容ではないことは、今日子もわかってはいた。

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