ひとつの 最後の あなたの

サヨナキドリ

天使

「何で、なんで!」

 世界を守るためには“天使”の機体に残された力を全て解放して軌道エレベータ全体を消滅させるしかない。対岸に残った彼女。間には深い谷。架かっていた橋は彼女の手で落とされた。ワイヤーは届かない。翼を持つ仲間は助力を拒んだ。対岸の彼女は毅然として立って、それでも、寂しそうだった。

(それなら、やることは決まってる)

 少年は立ち上がる。そして

「ぃいっけぇぇえ!!!」

 崖から全力で跳躍した。仲間が止める暇もなく。放物線を描いた彼はしかし、対岸の遥か手前で重力に捕らえられた。底の見えない奈落に吸い込まれていく。落ちる。

「バカ!こんな谷を飛び越えられるわけないでしょ!」

 対岸で彼女が腕の中の彼を叱りつける。彼女がその飛行能力で(正確には、事象改変を用いた空間移動能力で)少年を対岸まで引き上げたのだ。少年は笑いながら答える。

「そうだね、絶対に無理だった。でも出来た。君がいたから」

 呆気にとられる少女。少年は続ける。

「ふたり一緒なら、出来ないことなんてないんだ」

 まっすぐを突き抜けた少年の言葉に、少女は吹き出して、お腹を抱えて笑った。

「そんなわけだから、先に行っててよ!すぐいくからさ!」

 対岸の仲間達は少し躊躇いを見せたが、やがて少年達に背を向けた。それから少年達は、運命に向き合う。

“天使”。ほんの僅か前まで、世界を守るために死闘を繰り広げた相手。少女が神から与えられた力。世界を灼くためだけに作られたしもべ。少女が背負った影。それが今、世界を守る力になる。

(力はそれを振るう者の心次第)

 恩人の言葉がよぎった。

 外からは宝石のように見えたコックピットの中は、不可思議な技術で広い空間になっていた。そこで少女がコンソールを操作する。

「私は、あなたに生きのびて欲しかった」

 なじるように少女がいう。画面には、5分間のカウントダウン。これがゼロになったとき、軌道エレベーター全体を飲み込む爆発が起きる。

「俺は、きみとふたりで生きたいんだ。これまでも、これからも」

「わがままだね」

「だめかい?」

 少女は黙って少年に寄り添った。

 カウントダウンが進む。こうしていると、旅の記憶が思い出される。

「ねえ。私、君にまだ言ってなかったことがあるんだ」

「何?」

 少年が少女を見上げる。少女が微笑む。

「私ね、君のことが、大好きだよ」

 少年も微笑み返した。

「俺も君が、君のことが大好きだ」

 そうしてふたりは、引かれ合うようにして、キスをして、笑いあった。

 ゼロ。閃光。



「……ここは?」

 少年は少女の膝の上で目を覚ました。

「わかりません。でも……」

 少女が彼方に目をやる。つられて少年が見ると、そこには、広大な草原が広がっていた。水と緑に溢れる永遠の大地。“楽園”

「やっと、届いたにェッ!?」

 感慨に満ちた言葉は背中を突き飛ばされたことで途切れた。

「何ふたりだけでいい雰囲気になってんだよ」

 振り向くと、仲間達がいた。

 今までよりずっと高い空に風が吹く。

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ひとつの 最後の あなたの サヨナキドリ @sayonaki

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