第三十六話 諸刃の利きに足踏みて

 その少し前に遡り――埴泰はにやすたちは道路いっぱいを埋め尽くす幻想生物の群れを発見していた。

 ホムンクルスとオーガは当然として、デュラハンにミノタウロスもいる。その他にも伽耶乃ですら名前を知らぬ幻想生物の姿があり、みっしりと街を埋め尽くし移動中。方角からすると狙いは病院へと避難した多数の人々である事は間違いなかった。

 ビルの上で伽耶乃かやのは頬に指をあて悩んでいる。

「面倒ね、光刃で全部吹っ飛ばせると簡単なのにね。でも、それをしては後が面倒になるもの」

「この非常時に馬鹿な事を言うなよな」

「仕方ないのよ、後になるとね煩い連中がいるのよ。もっと別のやり方があったのではとか、こうした方が良かったと言い出す輩がね。たとえば安全な場所に避難していたコメンテーターの皆さんとか」

「馬鹿馬鹿しい」

 埴泰が切って捨てたように言うと伽耶乃も肩をすくめてみせた。

「同感だけど、それが現実よ。でも見て、デュラハンがいるわよ。あのサイズとなると、光刃が効かないどころか反射してくるわよ」

「そうかといって個別に切り込めば護衛のミノタウロスに邪魔される。しかも、あれだけの数。下手すると囲まれてしまうな」

「厄介極まりないわね」

「二人がかりでなんとか、ってところか」

「まだドラゴンが控えて――」

 その時、離れた位置で二階建てビルが突如として崩壊。もうもうと立ち上る粉塵の中に巨影が蠢く。姿を現す存在は、間違いなくドラゴンだ。

「あら、噂をすればなんとやらね」

「まずいな」

「その通りね。急いで倒さないと駄目ね」

 舌打ちまでする大人二人の様子を、子供二人は見とれている。大人っぽいやり取りが格好良いとか、自分もそうなりたいと憧れているのだ。しかし、非常時と思い出し我に返った。

「あの、急がなくても戦力を整えてから戦った方が――」

「それでは間に合わないのよ」

「時間が経つほど成長するからですか」

「ええ、そうよ。環境に自分を合わせると言うか、あのサイズなら第二形態かしら。思ったより成長が早いわ。急いだ方がいいわ、軍の動き的に」

「最終兵器ですか……」

 九凛くりんとユミナは顔を見合わせ項垂れてしまった。

 道路いっぱいを埋め尽くす幻想生物の群れを見やり、埴泰は思案の後に頷く。ウンザリさを多分に含み、少しばかり諦めを含ませ面倒さを抜いたぐらいの表情だ。

「ドラゴンはドラゴンバスターに任せた。こっちは引き受ける」

「えっ、でも……」

「そうしないと、お前がドラゴンに専念できないだろ」

「あの数を一人でなんて大丈夫なの?」

「やるしかないだろ。それより、そっちこそドラゴンを倒せるのか」

「それこそ、やるしかないわね」

 お互いに肩をすくめ腕をぶつけあう。そして埴泰は、横で見ていた九凛とユミナの肩を掴み伽耶乃の方に押し出した。

「この二人も連れてけ。こっちだと敵の数が多すぎて面倒がみきれん」

 そして埴泰は伽耶乃を引き寄せると、耳元に囁く。

「どうしても力が足りない時は九凛と一緒に光刃を放て」

「えっ、それどうして?」

「やれば分かる。ただし最後の手段にしとけ」

「分からないけど分かったわ」

 向こうではドラゴンが熱線のようなブレスを吐き、激しい炎と爆発が生じ被害が発生している。少しでも早く倒さねば被害は拡大する一方だろう。

「ドラゴンに専念してくれ。ケツは持ってやる」

「埴泰……それセクハラよ。後でお仕置きなんだから覚悟しておきなさいね」

「へいへいオーダー了解。また後でな」

 軽く手を振り、埴泰はビルの上から飛び降りた。

 そして進行中の幻想生物と一人で対峙する。

 万に届く数の群れは、まるで銀色の溶岩のようだ。じっくりと押し寄せ、全てを呑み込み台無しにしていく。所々にオーガやミノタウロスなどの巨体が存在、もちろんデュラハンの姿もある。傍らに控えるミノタウロスは、首無し騎士の従者にも見えた。

「ここで光刃を放てれば楽なんだけどな」

 先程の会話で出たように、それをやると反射され自分に跳ね返ってくる。もしくは別方向に飛んで被害をもたらすだけで意味が無い。闘技場のように奇策で倒せるなら良いが、足下を埋め尽くすホムンクルスを見れば難しそうだ。

「まあ、やるしかないって事だな」

 距離が近づけば見渡す範囲が幻想生物で埋め尽くされていた。

 ホムンクルスが一度に襲いかかって来るのは数体。だが、その隙間から手が伸びてくる上に、全体が圧力となってじわじわ迫ってくる。気を抜けば呑み込まれてしまうだろう。

 しかもここで食い止める必要がある。

 これ以上後方となれば人目に付く位置となって戦う事が出来なくなってしまう。

「我ながら面倒な事を引き受けたもんだ!」

 力を調節した光刃で、まずは先陣辺りをまとめてなぎ払う。

 全く減ったようには見えないが、とにかく動けるうちに動き少しでも数を減らしていかねばならない。千里の道も一歩から、といった言葉が脳裏に浮かぶ。まさにそれだ。

 目の前を斬り飛ばし、何本もの不可視の手でホムンクルスを掴み武器代わりに振り回す。それが壊れたら次を掴んで振り回す。力の行使が激しくなれば精神的に疲労し、肉体の疲労と合わせ息が乱れる。それでも、ここで止めねばならない。なぜならば引き受けたのだから。

 それは埴泰のささやかな意地だ。

 斬る。斬る。振り回す。致命的なミスを犯していない事が奇跡なほどの乱戦となり、それでもたった一人で大群を食い止めている。

 殴る。

 斬る。

 蹴る。

 光刃――ミス。

 思ったより威力が高かった事と、思ったよりデュラハンが近かった事。二つの不幸が重なり、自らの放った攻撃が反射されてしまう。途中のホムンクルスが障壁となって威力は弱まったが、力の奔流が襲ってきた。

 舗装の地面を思いっきり蹴り、ついでにホムンクルスを掴んで引っ張る。

 その反動をもって場所を入れ替えたのだ。光刃は身代わりをあっさりと消し飛ばし、埴泰自身は窮地を逃れた。そして体勢を崩したままアスファルト舗装の上に転倒し、新たな窮地へと飛び込んでいる。

 転がったまま神器刀を振り回し周囲のホムンクルスの足を薙ぐが、それで怯む相手ではない。倒れながらのし掛かり、さらにのし掛かりのし掛かりのし掛かり……大量のホムンクルス下で押しつぶされた。

「重たいんだよおおおっ!」

 全力ぶっぱで力を放射する。考える暇すら無く、背中以外の全ての方向に解き放たれた力はホムンクルスどもを押しのけ空に跳ね上げた。子供がまき散らした人形のように飛んでいくそれを仰向けのまま眺め、開いた空間の中で道路標識を斬り飛ばし片手で掴む。

「貰っとけっ!」

 斜めに切った先を投げつける。

 それを不可視の手で掴んで投げ掴んで投げ掴んで投げ――超高速に加速。

 神速の矢となった標識は衝撃波さえ伴い、護衛のミノタウロスをすり抜けデュラハンの胴体を穿った。その点からヒビが広がり、一瞬おいて巨体が砕け散る。

「邪魔者が一つ消えたな」

 同じ手を使いたいが、押し寄せる大群への対処がそれを許さない。可能な範囲を光刃で薙ぎ払い片付けるものの、今倒した事が無駄であったように幻想生物は押し寄せ辺りを埋め尽くしていく。

 戦いは途切れる事無く続く。

 斬る。斬る。振り回す。

 いったいどれだけの相手を倒したのか。数えてないが、数え切れないほどの敵を倒している。疲労は激しく、とっくに汗など止まっていた。代わりに身体の表面は流血に濡れ、受けた打撲が激しく痛む。愛用の神器刀は無数の敵を刻み刃こぼれをおこし、攻撃を払った事で受け疵だらけ。

 これだけの戦いで致命傷を負わずにいる。その事実が、埴泰の卓抜した戦闘能力を示していた。

「もう一体っ!」

 操作した鉄塊でデュラハンを殴り倒し、確保した射線に光刃を放ちオーガもろともホムンクルスの数百体をなぎ払う。これでデュラハンの残り一体となるが、それだけに残ったミノタウロスどもがガードに入っている。

「くそっ……っ!」

 罵ったその時、それが訪れた。

 心臓が跳ねるように脈打ち鼓動を強め、激しい頭痛と吐き気が意識を支配する。視界は歪み四肢から力が失われていった。セカンドのプロトタイプであるがゆえの副作用だ。

――こんな時に……。

 多用できる薬ではないが、いつもより多く飲んで戦いに備えていた。しかし、あまりにも力を行使しすぎた事で、ついに副作用が生じてしまったのだ。

 追加を飲もうとする手は思い通りに動かず、足がもつれる。そして、どさりと倒れた埴泰へとホムンクルスが一斉に群がった。

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