第二十二話 コワレタ男は自己中

 闘技場正式選手として登録された者は、個室の控え室を借りる事ができる。

 上級ランクのそれは貴賓室並だが、下級ランクともなればコンクリート打ち放しの殺風景な部屋に、プラスチック製のベンチと金属ロッカーが置かれているだけだ。

 それでも個室である事に埴泰はにやすは感謝していた。なぜならば、少女二人にまとわりつかれても人目を気にせずにすむのだから。

「師匠ってば凄いよ。凄すぎ!」

「そうですよ、あんな倒し方するなんて凄いです」

 興奮した九凛くりんは腕にしがみつき、ユミナも両手をパチパチ叩いている。きらきらと輝く様な眼差しに腕を掴む手の柔らかさ、側にある身体の熱気。それは心地よく最高で、会場の歓声や賞賛など比較にならぬほど嬉しい。

 おかげで、ニンマリした小松井の爺さんの顔を見ても気分は良いままだ。

「なんなら儂もハグしてやろうかえ? 今なら頬へのキスも付けて無料じゃぞ」

「張り倒すぞ」

「おお恐い。しかし、おかげで儲けさせて貰ったわい。ふぇふぇふぇっ」

「賭けは無効試合になったんじゃないのか?」

「公式では中止じゃわいな。公式にはのう」

「……変な事に巻き込んでくれるなよ」

「当たり前じゃわい。しっかしまあ、随分とあっけない戦いじゃったな。あんな簡単な倒し方があるに、これまで誰もせんかったとはの。びっくりじゃわい」

 小松井が唸れば、横から上機嫌な伽耶乃かやのが口を挟む。

「それは違うわ。簡単そうに見えて、あれを実行するには難易度が高いわ。敵の動きを把握し巨体に近づく勇気が必要よ。それに何より、思いついた事を実行して成功するのは難しわね」

「なるほどのう」

「というわけで埴泰は凄いのよ」

 伽耶乃が自慢すれば九凛も同調しだす。

「そーなんだよ。師匠は凄いんだから」

 しかも笑いながら埴泰の腕に半ばぶら下がるので腕が疲れる。重いと言いたいが、その禁則事項な単語を口にしないだけの分別はあった。

「そろそろ落ち着きましょう。子供みたいにはしゃいだらダメだと思いますよ」

「うっ、はしゃいでなんかないもん」

「真面目な事を言いますけど、ちょっと落ち着かないと師匠の迷惑になります」

 なんだか初めて遇った時を思い出させる台詞である。

 そう思って小さく笑っていると、どうやらユミナも気付いたらしい。まるで二人だけの通じる事を見つけたように、軽く悪戯っぽい顔で嬉しそうに微笑んでくる。あまりにも眩しい笑顔に、つい照れてしまう。

 これまでの苦労や辛い出来事も、少しは許せる気がした。

 デュラハンとの戦いに勝てたのも、過去に実働試験として多数の幻想生物と戦わされた経験があっての事だ。こうして笑っていられるのも、笑い合える相手がいるのも、全ては辛い過去があったからこそで――人生というものは、随分と皮肉が効いている。

「さて時間も時間だ。これから食事でもどうだ、もちろん爺さんの奢りで」

「しゃーないのう。まあ、今回は儲けさせて貰ったでな。ちっとは利益還元ぐらいしておくか」

「やたっ! 小松井のお爺ちゃん、あたしね食べたいのがあるの」

 まるで息を吐くようにタカっており、さすがだと埴泰は感心した。

「おう何でもええぞ。じゃが儂は行けんで、儂の名でツケておいてくれ」

「えっ、小松井のお爺ちゃんも一緒に行こうよ」

「そうしたいが、運営と話を詰める必要があるのでな。また次の機会に誘っとくれんか」

「うん、きっとだよ」

「ええ娘やな」

 小松井は頷く。

 これで篤志家めいた事の真意を聞かされていなければ感心するところだが、残念ながらそうではない。甘言にて他人の警戒を緩めさせる、恐ろしい謀略なのだ。

「その時には必ず同席させて貰うからな」

 埴泰は警戒の目付きをしながら、水を差しておいた。

「なんだ、師匠も食べたいんだね」

「それ、九凛が遠慮を知らないからストッパーのためじゃないですか?」

「なにそれ。ユミナってば失礼じゃない?」

「いえいえ、九凛は日頃の行動を見直すべきかと」

 仲良く喧嘩している二人に埴泰は苦笑した。

「どっちも同類と思っているけどな」

「「がーん」」

 そのまま連れだって控え室を出る一行であった。


◆◆◆


 その男は苛立ちと共に日々を過ごしてきた。

 闘技場選手となって数ヶ月。こつこつ真面目に訓練し、試合に出ては懸命に戦ってきた。けれど一向に人気は得られず注目もされず。どこの企業からもオファーはない。

 一方で大した実力もないくせに、運だけでいきなり人気の出る者もいる。

 世の中とは不公平で理不尽だ。

 二ヶ月ほど前、許し難い奴が現れた。

 それは、狐面を付けたパフォーマー野郎だ。

 ふざけた格好だけでも許しがたいが、素人を装って下級試合に出ながら十数体ホムンクルスを倒し策を弄し目立ってみせる卑怯さ。必ずや正義の鉄槌を下してやり、反省と共に後悔させてやろうと思っていた。しかしそれっきり出場せず、てっきり恥じて姿を消したと思っていた。

 それが何と、今日の同じ試合に登場したのだ。

 最高に不愉快であった。

 少しでも反省しているのなら許してやるつもりだったが、何と先輩である自分に対し挨拶すらしない。生意気な態度をとるばかりか、子供の悪戯のような方法でデュラハンを倒してしまった。

 親切で調子に乗るなと忠告してやれば、馬鹿にして笑った。

「クソがっ!」

 彼は苛立ちのまま、控え室にあるプラスチック製のベンチを蹴り上げ破片を踏みにじり、傍らのロッカーを何度も蹴りつけた。試合が終了したままの装備はパワーアシスト機能もある。それらは簡単に破壊できてしまう。

 多少は気が晴れたところで、ドアがノックされた。

 返事をする前に、それは開かれ警備兵が二人入ってくる。

「通知します。ある程度は見逃して来ましたが、故意に備品等を破壊する行為を確認しました。当闘技場の規約に従っていただけないものとして、貴方の選手登録を抹消させて頂きます」

「ちょっ!? なんだよそれ一方的すぎんだろ!」

 しかし反論の言葉は聞き流された。

「登録抹消に伴い、三十分居以内に退去をお願いします。また、他の選手への誹謗中傷などを行っている事実も確認済みです。今後も続けられるようでしたら、法的措置をとらさせて頂きますので留意下さい。それでは退去準備を始めて下さい」

 呆然とする彼を残し警備兵は出て行った。ドアのすぐ外で待機しているであろう事は間違いないが、今はそんな事は気にもならない。

「そんな馬鹿な……」

 頭を抱え絶望した。

 この数ヶ月間必死に続けた事が一瞬にして台無し。これから先、どうして良いのか分からない。

 何の警告もなく、いきなりだなんて酷すぎる。これまで幾つもの試合に出場し、少なからず闘技場に儲けをもたらしたはずだ。それがあんまりな扱いではないか。

 まだこの装備のローンだって残っている。

 頬を引っ掻くようにして押さえ声をあげる。

「どいつもこいつも!」

 ベンチの残骸を蹴り上げると、部屋の外から壁が叩かれた。今さらだが警告してくれているらしい。唐突に笑いが込み上げてきた。

「こっちから出てってやんよ」

 蹴り倒したベンチから落ちた鞄を拾い上げる。

 そこに小さな紙袋を見つけた。以前に仲間から貰った幻薬だ。身体を強化してくれるとかいったもので、しかし薬に頼るのは負けのような気がして飲みもせず放っていたものだ。こんな事であれば飲めばよかったかもしれない。本当に効果があるなら、もっと派手なパフォーマンスぐらい出来たかもしれないのだから。

 捨てるのも勿体なく、口の中に放り込み呑み込んだ。荷物をまとめようとすると――。

「ッ!」

 得体の知れない感覚が全身を駆け抜け、とてつもない解放感が込み上げる。素晴らしく、もう何もかもが素晴らしく、頭の中が真っ白。あまりに気持ちよさに笑いが込み上げる。

――コロセ。

 何かの声が頭の中で響く。

――コロセコロセコロセコロセ、ヤツラヲコロセ。

 世界に満ちた邪悪なる生物どもを殺さねばならない。それが使命であり天啓なのである。素晴らしい。実に素晴らしい。

「おいっ、うるさいぞ! 笑ってないで早く片付けをしろ」

 人間が入ってくる。

 すいませんと言って殺してあげねばならない。

「なんだ、こいつ……」

「気を付けろ! こいつの目つき普通じゃないぞ!」

 彼は非常に素早く動いた。

 最近はサボっていたとはいえ、真面目に訓練をしてきた身体は力強く動く。装備の補助もある。ベンチの破片から掴み取った金属柱を人間の顔に突き立てれば、簡単に貫けた。もう一匹の人間は行動を起こす前に首を折って殺した。

 素晴らしい。素晴らしい。なんて素晴らしい。

 人間を殺すと最高に気持ち良い。

 素晴らしい俺、私、僕。そうだ、誰かに認められ注目されたいなんて考える必要なかった。自分が自分に注目し自分で認めてやれば良かったのだ。

「しゃあああっ!」

 壊れた彼はローンの残った武器を手に、部屋の外へとフラフラ歩きだしていった。

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