第十六話 老人兵Z

 郊外に広がる墓地。

 そこは明るく広々としていた。定期的に除草も行われ、それなりに綺麗で清潔に維持された場所だ。無数の墓標さえ気にしなければ過ごしやすい場所に違いない。

 人が減る一方で死者は増加。

 幻想生物との戦いで身体が少しでも残り回収された者は僅かで、大半のものは何も残らず事前に預けた遺髪だけしか残せずにいる。魂の存在やその行く末は誰にも分からぬが、それでも人は自らが埋葬される事を臨む。

 そのため人心安静させ慰撫するがため、こうした記念公園的な属性を持つ墓地が国営にて設置されているのだった。

 そして今日もまた、かつての戦友たちの墓参りのため老人が五人訪れていた。

「やれ腰が痛いわい。さて、場所はどこじゃったかな」

「ちゃんと探さんとな。こないだは隣の区画で墓掃除をしてしまったじゃろ」

「しかも終わってから気付いたとな。歳は取りたくないのう」

「そうか? 昔も同じようなことしとったやろ、間違えて別地点を砲撃した事がなかったかいな」

「あったあった、偶然そこにホムンクルスがおって助かったがな」

 なかなかに賑やかしい。

 広大な区画の中で少し迷いつつ、案内標識の番号を念入りに確認してから場所を見つける。

「うーしっ、ここで間違いないわい」

「本当じゃろな。お前さんは昔っからせっかちでかなわん。儂が死んだと思って、嫁さんを口説いた事は忘れちゃおらんぞ!」

「今まで黙っとったがな。お前の嫁さん、かなり乗り気じゃったぞ」

「おい冗談やろ。冗談と言わんか!」

「さぁてのう、あの世に行ったら嫁に聞いてみるんじゃな」

 ゲラゲラ笑う老人たちだが、目的の墓標付近に到着すると厳粛な顔になる。

 代表の一人が背筋を伸ばした。

「一同、敬礼! これより清掃作業を開始する。各員、かかれ」

 清掃はされているとはいえ完全ではない。

 老人たちは手分けをしながら細かな草を抜き、水を汲んでくると雨染みの付いた墓標をごしごし洗う。全ては無言で真剣な顔で行われる。それら全てが終わると、墓前に酒瓶と火の着いたタバコを並べた。

 そして、ただ静かに厳粛に頭を垂れる。

 先立った家族に対するそれとは異なり、凛と張り詰めた空気で祈りを捧げている。老人たちがどのような想いでいるのかは、それは当事者にしか分かるまい。

 祈りを終え、酒瓶と火を消したタバコを回収。帰ろうと踵を返したところで――見知らぬ存在に気付き足を止めた。

「どうも、少しお話を聞いて頂けないでしょうかね」

 中世ファンタジー風の神官服の男が柔やかに微笑んでいた。その背後にはローブ姿の集団。

 老人たちは軽く顔をしかめた。彼らの厳粛な祈りの最中に忍び寄り、待ち構えていたのだから不快に思うのは当然だろう。しかも、相手は回帰教という宗教団体だ。

 世紀末的な世界で、終末論を唱え乱立した宗教団体の中で、死後の転生という来世利益を確約し勢力を増している団体である。

「悪いがのう、勧誘ならお断りじゃよ。儂は鹿目教なんでな、マド神さま以外は信じぬわい」

「儂はジェーダイ教でな、ミトコンドリアの導き以外は信じとらん」

「界王神信仰でな死後はバルブス君と稽古する予定じゃ」

「イアイアハスターウグウグイアイアハスター、ああ早口は疲れるわ」

「金目像しか拝む気がせんわい」

 その冗談めかし皮肉るような老人たちの口調にローブ姿の信徒が気色ばむ。しかし神官服の男は笑みを湛えたまま、両手を広げた。

「なるほど信仰がある事は素晴らしい。心に安寧をもたらしてくれますから。私は佐藤、回帰教にて教導者を務めさせて頂いてます」

「ああそうかね、それは立派なこった。こんにちは、そしてさようなら」

 一人が歩きだせば残りも続く。

「早う帰って酒でも飲むかい」

「ちゅうかな、笠置主任に出す資料をいい加減つくろまいか。可哀想やろが」

「しゃあないのう。ああいう男は嫌いでないからな」

「そうすんべ」

 素っ気なく言って通り過ぎようとする老人たちにむけ、佐藤は言い放つ。

「私はこの世界を滅ぼしたい」

 流石に老人たちも足を止めた。

「あんた何を馬鹿を言っとるかね。風紀委員に通報するぞ」

「皆さんは今の世界をどう思います?」

「悪いが相手にしとれんな。やはり風紀委員に通報させて貰うとしようか」

 老人たちは再び立ち去ろうとした。だが――。

「無謀な戦いに挑み犬死にし、無様な敗戦を重ねた無能な兵士たち」

 その言葉に老人たちが素早い身のこなしで振り向く。

 目に激しい力が宿り、歯を噛みしめた顔は怒気に満ちている。年老い弱々しかった姿は、歴戦の兵士の如き力強さで勇ましく迫力のあるものになっていた。

 しかし佐藤は意にも介さない。

「それが戦争初期を戦い、この国を守り抜いた皆さんへの評価だ。この墓地もどうです、大半は誰も訪れず、除草剤が散布され高圧洗浄機で墓標が洗われるだけの扱いではありませんか」

「…………」

「今の世の中を見てはどうです。数百万の死者と引き替えに、仮初めでも勝ち取った平和を怠惰に過ごす国民。政府とマスメディアは大戦の勇者たちを貶め、衆愚どものストレスと不満のはけ口にし続けている」

 佐藤は両手を広げ、老人たちのみならず周囲の墓標へと語りかける。まるで、そこに数多の戦死者たちが聞いているかのように。

 命を賭して戦い国を人を護ろうと散っていった兵士たち。けれど――必死であった彼らの行動がセカンドの導入を遅らせ、結果として多大な被害を生じさせた。今の世の中ではそのように批判されている。

「そして後背に隠れ生き延びた将校は権力を得て肥え太り、数えきれぬ兵士を戦場で死なせた事を忘れ、享楽と共に生き続けているではありませんか」

「…………」

「皆さんは何の為に戦ったのですか? そして、皆さんの戦友は何の為に死んだのでしょうか?」

 その問いかけに老人たちは沈黙する。

「そしてセカンド! ああ、セカンドです。セカンドこそが世界の病巣なのです。この世界を悪しき方向へと誘っていく邪悪の権化。やつらを駆逐し、主権を人間の手に取り戻すのです」

 佐藤が語る言葉に老人たちは黙したままだ。

「故に私は赤嶺伽耶乃を滅ぼしてみせましょう」

 佐藤の言葉に老人たちが動揺するのは、その女の活躍を目にした事があるからだ。たった一人でホムンクルスの大群を滅し、オーガやミノタウロスを次々と撃破。ついにはドラゴンさえも狩った女。

 それは、お伽話の英雄にしか思えぬ存在だ。

「あれに手を出すなど無理じゃて」

「そうでしょうか? 彼女は確かにセカンドという存在で強大な力を秘めている。どんな者にも弱点はあり、大きな力こそが枷になる事もありましょう」

「あんたは知らんよ……嵐を受け止めようと手を広げるか? 大雨を全て貯めようと穴を掘るか? 無理じゃ。あれは、そういった類い。儂らがお払い箱になるだけの強さを持った存在じゃて」

「既に策は進行していますが、もし皆さんが協力して頂けるのであれば、より確実なものとなるでしょう。なにせ、あの大戦において英雄と呼び称された皆さん五人のお力があれば」

 墓地に佐藤の声が響き渡る。

 穏やかな日射しに誘われ、ちらほらと参拝客がやって来だしていた。まだ遠くではあるが、回帰教の一団に気付き注視している様子だ。確かに墓地では目立つ存在であろう。

「私どもに協力して頂けるのであれば、どうでしょう。皆さんの戦友たちは、より高次元な世界へと転生し幸福を得られるよう取り計らいましょう。もちろん皆さんとて同じ。成果を適切に評価し認め賞賛してくれる世界へと生まれ変われます」

「……死者と儂らを愚弄するな。そういった馬鹿話は、もっと愚か者に言うのだな。死者は死者で、どこにも存在せん」

「おやおや。それでいて墓地で祈りを捧げると?」

「自らの心の中に存在を見いだし挨拶するためじゃよ」

 老人たちはうそぶき笑ってみせた。

「なるほど、それでは転生の話はいいでしょう。しかしどうでしょう。この世の中を正しい方向へと舵取りし、皆さんの戦友方の評価を正当な者にする気はありませんか?」

「…………」

「今すぐに返事が欲しいわけではありませんが、いずれ答えを頂きたい。皆さんの戦友方の名誉回復のため、どうすべきかよく考えておいて下さいね」

 そう言って佐藤は連絡先を記した紙切れを渡していく。押しつけられた老人たちは馬鹿馬鹿しそうな顔をするものの、それを捨てる事が出来ないでいる。そのまま無言で去りゆくローブの集団を眺めやるのであった。

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