第一話 花咲く地に死が踊る

 若草色した山の麓の一本道。

 両脇には菜の花に覆われた田畑が広がり、畑の途中の辻には小さな地蔵が祀られる。家屋や納屋の近場で色鮮やかな花々が咲き誇り、青く澄んだ空の下には古き良き小集落があった。

 その一軒の納屋の中に数人の男たちが身を潜めていた。

 白い九八式装甲服の背には『古城こじょう軍事会社』といった文字が記されていた。彼らは埃っぽさと米糠こめぬかめいた臭いを嗅ぎながら、緊張の面持ちで待機をしている。

 外の様子を眺めていた乃南のなみ埴泰はにやすは小声で告げた。

「そろそろ来ると思われます」

 無造作に揃えた黒髪に、さまで特徴のない目立たぬ顔立ち。ただし、少し目つきが悪い。良く使い込まれた装甲服に小銃を携えている。

 春先にしては強めの日射しに照らされた納屋は思いの外に蒸し暑く、着用したヘルメットの中で汗をかいてしまうぐらいだ。

 埴泰の視線は菜の花畑より、さらに先へと向けられている。ちょうど山裾で左右に伸びる県道と合流する辺りだ。

 その身体が僅かに強張り、ややあって山の様子に変化が生じた。

 木々の枝葉がわさわさと揺れ、その山中から人の姿が現れだしたのだ。それは、灰色の粘土で拵えたような鈍色をした姿であった。続々と現れ、山全体がざわついている。

「……ホムンクルスの存在を視認。数は数千、まだ後続あり」

 納屋の中で緊張が一気に高まった。

 現れたのは侵略的幻想生物と総称される存在だ。

 それはある世界大戦の最中に突如として出現し、国家人種宗教を問わず全ての人間を等しく襲い、瞬く間に世界に席巻していった。これにより、人類は生物の覇者の座から転落。幾多の国が滅ぼされ数えきれぬ人が死に世界の大半は人の支配地を離れる事となった。

 その幻想生物たちの中で最もよく出現する存在が、ホムンクルスと呼ばれる人型。最下級の最弱として、武器さえあれば一般人でも充分に倒す事が可能だ。しかしながら、数十や数百、時には数千や数万といった単位で出現するため、決して侮る事は出来ない。

 サイズはまちまちだが身長は成人と大差がなく、シルエットだけであれば人に見えなくもないが全身は鈍色をしている。顔はのっぺりとして緩やかな起伏をしており、そこにガラス玉めいた感情のない目と、切れ込みを入れただけの口がある。髪や衣服といったものは模様として浮かんでいるだけだ。

「ホムンクルスの数は――ドローンで確認したよりも増えていそうですね。あの様子では万まで達する可能性もあるかと」

 報告する間にも、異質な存在は黒々とした剣や斧などの武器を手に、ぎこちない動きで山から湧くようにして県道へと出て来る。そのままゆっくりと移動しだすのだが、菜の花を踏み荒らし進む動きは静かで秩序だったものだ。

 なまじ人の姿をしているだけに余計に不気味さを感じてしまう。

「社長どうします? 気付かれる前に退きますか」

「いんや作戦通りいこまいか」

 小さく頭を振り、古城と呼ばれた男が答えた。

「せっかく予想通りの位置と時間に出てくれたんや。アポイントなしとはいえ、随分と礼儀ただしい連中やないか。このまんま作戦通りに行って出迎えたろか」

「了解。ほぼ予定通りで良かったです」

「ほんなら――そろそろ、お仕事に取りかかったろか」

 軽い雑談の後に古城は戸板に近づくと、菜の花畑を接近するホムンクルスの群れに目を向けた。首に引っかけた通信機を操作し、小型のマイクを口元に持ってくると様子を伺う。

 先頭が小さな地蔵にまで到達した。

「攻撃開始や!」

 通信と同時に納屋の壁を男たちがぶち破り飛び出す。近くの民家でも潜んでいた者たちも同様で、装甲服のパワーアシスト機能あればこその荒技だ。そして手にした銃器で一斉攻撃を開始すれば、のどかな風景に激しい銃声が鳴り響く。

 古城と埴泰もまた姿を現し攻撃を開始。

 ほとんど狙いをつける必要もなくホムンクルスは、ばたばたと倒れていく。しかし、あまりに数が多過ぎるため全く減るようには見えなかった。

 それどころか、仲間が倒されようと自身が撃たれようと構いもせず突撃をしてくる。その動きは多少のぎこちなさはあるものの意外に早い。数が数だけに、まるで鈍色をした奔流のようだ。その群れが迫る様子は威圧的であり圧迫感すらあった。

 さらに、ホムンクルスが湧き出すように出現する山の斜面で木々が傾き倒れる。のっそりと現れたのは、木の梢から顔を覗かせるほどの巨体だ。

「オーガ出現」

 大雑把な造りの顔に、ボサボサの髪に覆われ合間から黒い玉のような目が覗く。逞しい身体は筋肉がパーツ毎に別れたように肥大し表面に紋様のような血管が浮かぶ。その中でも上腕が異常に発達しており長く太く、拳で地面を突く歩き方をする。

 平地に出たオーガは両腕を威嚇するように振り上げ、足下のホムンクルスを蹴散らしながら突進してきた。途中、田のぬかるみで足を取られもするが、その勢いは止まる気配はなかった。

「退却退却、これは転進にあらず。遅れたやつは給料抜きやで」

 古城の軽口混じりの通信には、笑い声すら返ってくるぐらいだ。

 周囲で攻撃を行っていた連中は大群を前に、余裕すら見せながら走り出した。

 埴泰も他の者に混じり小銃を片手に足を動かしだす。他の者の間で交わされる軽口にも混じらず、仲間の中にあってどこか浮いている様子でさえあった。

 ホムンクルスの大群とオーガに追われ、命懸けの追いかけっこが始まる。

 腰高の石垣の横を通過し、桜の木の下を通り抜ける。家屋のある区域から田に出ると、花盛りの雑草が生えた畦道を踏み越え走り続け、やがて緩い斜面を駆け上がった。

 モスグリーンの装甲板で覆われたパワードスーツが、物々しい足音を響かせ所定の場所に位置する。背面ボックスが展開され複数の機関銃身が露出された。少し離れた場所には砲を備えた戦闘車両が照準を微調整している。

 規模は小さいが、紛う事なき陣地であった。

「よっしゃぁ、俺さま一番やでぇ」

 古城は一列に並ぶ土嚢の上を軽々と越え、浅い溝のように掘られた塹壕へと飛び込む。続けて埴泰も飛び込むと、そこには深緑色をした装甲服の兵たちが待機していた。

 防衛軍であるのだが、その兵は老人ばかりであった。

 皺の目立つ額や目尻、たるんだ頬に二重の顎の老人たち。いずれも、社会貢献度が低いとみなされ強制徴兵された高齢者たちだ。口元をモゴモゴとさせ、これから始まる戦闘に恐怖し怯え縋るような目をしている。

「…………」

「乃南ちゃん、あかんで。敵に集中せなあかんでぇ」

「分かってますよ」

「そないならええけどな。ほれ、見事に吊られて来よったわ」

 古城が指で示した先に、ホムンクルスとオーガの大群が姿を現した。老人兵たちの間から、短く小さな悲鳴があがる。

 そして辺りに、甲高い子供の声が響き渡った。

「これより攻撃を開始する。各員励め!」

 キンキンと頭に響く偉そうな声が合図となり、一斉攻撃が開始された。

 老人兵たちも多少もたつきながら小銃を構え、攻撃を開始する。重たげな銃器類も装甲服のパワーアシスト機能があれば問題はない。数人が動きを止め、しかしビクンッと痙攣した後に動きだしたのは、恐らく内蔵されたAEDが起動したからだろう。

 それを横目に見ながら埴泰も射撃を開始した。

 陣地から無数の銃弾が放たれ、辺りは騒々しく隣で話す人の声さえ聞き取れない。そこに戦闘車両の砲撃が重く響き、ホムンクルスたちの中で炸裂すれば爆発によって土が掘り返され、巻き上がる木や土に銀色をした破片が混じる。

 ほぼ一方的な展開ではあるのだが、何かに気付いた兵が大声で怒鳴る。

「ホムンクルスビーマー、来るぞ!」

 鈍色の身体に煌めく水晶を埋め込んだようなホムンクルス。ビーマーと呼ばれる言葉の通り――光線を発射した。

 それは空に向け放たれ、弧を描き頭上から兵士たちへと襲い掛かる。

 運の悪い老人兵の頭部が装甲ごと貫かれ、小爆発と共に顔のパーツや名状し難い飛沫が飛び散った。同様に、そこかしこで悲鳴があがり運と要領の悪かった者が貫かれ絶命していく。

 戦闘車両も直撃を受け、断末魔のように大きく揺れると擱座した。中の操縦士が出てくる様子は無く、通過痕からは薄く煙が立ち上ってもいる。

 老人兵たちは悲鳴をあげるが、それでも逃げないのは勇敢だからではない。単に装甲服が拘束具の代わりをしているからだけだ。

「面倒やんけ」

 平然としているのは、古城をはじめとした軍事会社の者たちだ。空からのビームも見当を付け、上手くやり過ごしている。

「敵接近。このままでは陣地に到達しますよ。と言うか、到着してますね」

 埴泰は平静に報告する。

 戦闘車両の砲撃が止んだ事で、ホムンクルスたちは陣地まで距離を詰めている。オーガの先頭などは土嚢に手をかける寸前だ。それに対し陣地は混乱を極め、あの偉ぶったキンキン声の支離滅裂な叫びが状態を良く表している。

 古城が銃を掲げた。

「やっしゃぁ、やったるで。俺らで敵を押し返してボーナスゲットや!」

「「「ボーナス! ボーナス! ボーナス!」」」

「ご褒美で、娼館を貸し切りも付けたるわ!」

「「「うおおおおおおおっ!!」」」

 雄叫びを聞き、埴泰は自分の所属する会社の先行きを心の底から案じた。

 何にせよ、凄まじく士気の上がった『古城軍事会社』の一団は塹壕から身を乗り出し猛烈な攻撃を開始した。銃身が赤熱するまであらゆる弾丸を撃ちまくり、惜しみなく手榴弾を投げつける。

 その猛攻はパニックの兵が呆気にとられる程であり、一時的にではあるが幻想生物の侵攻を押し留める事に成功。そして稼がれた貴重な数秒に陣地は態勢を立て直した。

 戦い慣れた古兵たちが声を張りあげ周囲を叱咤し軍の攻撃が復活。軍事会社に負けじと加えられた攻撃が幻想生物たちを徐々に押していく。

 かくして戦場は、人類側の優勢へジリジリと移行していくのであった。

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