第二話 渡る世間は飴と鞭
ばんっと机に手を叩きつけ、
「アホ言うな! 敵をおびき寄せる囮役に、陣地が危機に陥った状況での幻想生物阻止。そこらの功績を考えただけでも、報酬の上乗せは当然やろが!」
そこは防衛軍の基地の一角にある将官専用の執務室。
ベージュ色した絨毯がひかれた部屋の隅には、旗立台で国旗が掲揚されている。高級感のある木調をした壁の天井間際には、ずらりとこの部屋の主の写真が並ぶ。キャビネットの中には、何かのトロフィーやメダル記念品、軍事関係の様々な書籍が収められていた。
そして立派な執務机セットにつくのは、襟元にある星一つの下に横線が二本ある階級章を付けた少佐だ。しかし――どう見ても十代後半の少年である。
おろし立てのように糊のきいた軍服を着た少年は、甲高い声を張りあげる。
「そっちが勝手にやっただけじゃない。僕は頼んでないし、別にあんたらの助けがなくたって、あの程度余裕で勝てたよ」
「……はぁ?」
「囮役は最初っから契約事項だよね。だから、契約変更の対象にはならないよ」
「だったら幻想生物の阻止はどうなんや」
古城の声に険呑さが滲み出す。だが、少年少佐は気にしないのか気付いてないのか、なんにせよ平然としている。
「幻想生物の阻止? でもさ、契約書に書いてあるよね。臨機の措置に対しては事前に監督将官と協議してから契約変更の対象にするって。でも、僕は協議なんて受けてませんけど?」
「なっ、この!」
「勝手に必要無いことやって費用を請求するとかって、何? 新手の強請り?」
「…………」
古城が黙り込んだのは極度の怒りのせいだろう。後ろで待機している
民間軍事会社――それは外部委託という名目の非正規雇用、もしくは派遣業務である。
かつて幻想生物との戦いが激化した際に兵士の死亡数が著しく増加した。そして、その眼に見える数字に世の人々は恐怖した。その不安は襲ってくる敵よりも手っ取り早く文句をぶつけられる先、つまりは軍への批判という形で噴出したのだ。世論からの風当たりを感じた軍は戦闘を外部委託する事で、委託先の死者は民間協力者であって兵士ではないと詭弁をふるったのだ。
こうして始まった外部委託であったが、膨大な軍事費のおこぼれに与るため軍事会社は次々と乱立。今や一つの産業にまでなっている。
「わかったええやろ。ここは腹を割って話しましょや。なんで報酬を出す気がないんや?」
「だからさっきから言って――」
「ああ、言うておくが。本音を言わんと、うちはあんたの隊から金輪際手を引いたるでぇ」
「ま、まってよ! 何だよそれ酷いよ」
「酷いっちゅうのは、どっちやねん」
古城の経営する会社は、他の軍事会社の下請けに入る事が多い。それも相手が頭を下げてお願いし、時には争奪戦になるぐらいの人気ぶりだ。
生死が紙一重の戦場に仲間として、戦力として同行して欲しい。そう思われる意味は説明するまでもない。そんな会社が手を引いた部隊となれば、他の会社がどう思うかは分かりきっている。
そして今の時代、戦闘は外部委託の存在で成り立っているのだ。
少年少佐はバカだが、それが理解できない愚か者ではないらしい。それがどうしてバカげた態度をとるのか不明だが、それがバカがバカたる所以なのだろう。つまり理解不能という事だ。
「……分かったよ、本音を言ってやるよるよ」
どこまでも横柄な態度で少年は言った。他人が頭を下げてくるのは、階級に対してだとは気付いてもいないらしい。
「あんたらは知らないだろうけど、国には国の都合っていうのがあるんだよ」
「どうせ予算か何かやろ。まだ今年度も始まったばっかやっちゅうに、そう細かい事を言うなや」
「だーかーら。当初契約額に対して、三割以上の増額をしたらダメってルールがあるの。それを越えちゃうと理由書が必要で、上部の承認とか必要で面倒なの。分かる?」
あまりの馬鹿らしさに古城は呆れ返り、横に居た埴泰は面倒そうに欠伸をする。
「ああ、三割ルールちゅうやつですかい。それ越えると会計検査対策やら何やら大変ってのは知っとるわい……おい坊主、こっちは命懸けで戦ってんだ。そっちの都合を押し付けんじゃねえぞ」
「うっ……」
古城が凄みを利かせれば、所詮は子供。目を丸くして怯え泣きそう顔となる。
ここからが埴泰の役目となり、少々態とらしく口を挟んだ。
「まあまあ、社長も怒鳴らずに。軍の予算が厳しいってのは、よく聞くじゃないですが。いやあすいませんね、うちの社長は気が荒くって。少佐も大変でしょうに」
宥めるような声をだし、同情して庇護するような態度をしてみせる。つまり、古典的な『良い警官と悪い警官』の手法だ。
「うん……」
「とは言ってもね、社長の気持ちの方も分かるもんで。そこで提案なんですけどね、武器とか弾薬。それと幾つかの兵器を頂く事で手打ちとしやしませんか?」
「はっ!?」
少年少佐は目をひん剥き、顎が外れんばかりに口を開く。
「ば、馬鹿を言うなよ。つまり横流しだろ、そんなこと出来るはずないよ!」
「武器弾薬は消耗、兵器類は戦場で大破した事にして補充を申請すれば大丈夫ですよ。書類をちょこちょこっと弄るだけの簡単な仕事ですって」
「そんな問題じゃないよ。横流しなんて犯罪行為はできないよ!」
大声をあげた少佐だが、慌てて自分の口を手で押さえる。なんとも
「ははあ、どうも話がおかしいと思った。もしかして、ご存じありません?」
「何が?」
「武器類の譲渡ってのは、暗黙の了解とでも言いますかね。支出代わりにされているわけですよ。ほら、市場に軍事物資が大量に出回っているでしょう。つまり、それが答えです」
今やインターネットの通信販売、またはスラム街の闇市に銃器や兵器が普通に売られている。全て軍事物資が市場に流されたもので、それを民間軍事会社が購入し武装を整え戦力を充実させる。そして軍に雇われ戦闘に望み、報酬の一部として最新式の軍事物資を手にし市場に流通させる。
それが今の軍と民間軍事会社の関係であった。
もちろん警察等による取り締まりは行われるが、なぜかガサ入れ前に情報が流布されるため捕まるのは、ぽっと出の小物ばかりだったりする。
埴泰の説明に少年少佐は目を瞬かせた。
「そ、そうなの?」
「増額で委託費が膨らみすぎれば、軍としては対面にも関わってしまう。かと言って支払いを怠れば揉め事となる。その辺りの兼ね合いで、上もある程度を黙認をしているわけです。ただし、私腹を肥やそうとした場合は、徹底的に処罰されるそうですけど」
委託費の増額は認めない一方で、大破した兵器など物資補充はすんなり承認される。そこらは、書類主義の馬鹿馬鹿しさが如実に現れた点だろう。
「その辺りの事情は、引き継ぎで伝えられるはずけどね。ありませんでしたか?」
「無かった。ああ、きっと僕が旧海派所属だからだ。前任は旧陸派だもん。だから黙っていたに違いない。くそっ、あいつめ。小賢しいことを!」
かつて軍には陸海空に分けがあった。けれど、相次ぐ幻想生物との戦いによって戦力の再編がなされ、現在では統合軍としてほぼ一つにまとめられている。それでも依然として陸海空の分けは派閥として根強く残っていた。
埴泰は上目遣いで天井を眺めやった。人類存亡の危機にあっても派閥争い。人間とは何と業の深い生物だろうか。
「そうですか、それはお気の毒に。それは兎も角、慣例通りに備品類の譲渡で構いませんな」
「いいけど。どうするんだよ」
「こちらが欲しい品を確認し、見積書を提出します。それを確認して了解頂くだけですよ。後の搬出などは全部こちらで行います。社長もそれでいいですよね」
頷いた古城と少年少佐の間に用意してきた書類を置き、互いにサインをさせる。それを確認してから、一礼して部屋を後にした。
ただし大人二人は背を向けるなりニヤリと笑っていたが。
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