第三十八話 決意と決意

 ショッピングモールの通路を必死に走る少女たちの姿があった。

 高さのある吹き抜け空間を取り巻くような通路のある空間。そこに並ぶ店舗は廃墟という事もあって、入口は全て板などで塞がれている。おかげで、ほぼ一直線である。

「後ろ、来ましたわ!」

「次のタイミング、そこ渡るから!」

 九凛くりんが走りながら示したのは、吹き抜け空間を渡るための細い橋のような通路である。疾走する勢いのまま靴底を滑らせ、重心を落としつつ手を突きつつ見事に勢いを制御。即座にダッシュし直角方向へと進路を変えた。惚れ惚れするような身軽さだ。

 しかし、残りの二人はそこまで器用ではない。手すりに掴まり、もしくは腰高の壁に激突しながら、危なっかしく方向を変え後を追っていく。

 何にせよ――それまで三人が走っていた通路を、サラマンドラが猛烈な勢いで通過していった。

 廃墟空間にガリガリと激しい音が響く。

 赤黒い岩石に覆われたような姿が、四肢を踏張り爪をたてているのだ。それでも勢いを止めきれず、毛足の短い絨毯に爪痕を長く残しながら滑っていく。

 なお、その先には、光の射し込む場所があり床には何かが描かれていたが、全ては絨毯と一緒に引き剥がされ蹴散らされてしまった。

「ここ入るよ!」

 九凛の先導で三人はフードコートと記される通路へと駆け込む。そこを選んだのは幅が狭く、追ってくるサラマンドラが入れないと思ったからだ。

 しかし振り向くなり悲鳴のような声をあげた。

「うわわっ、来ちゃってるよ!」

「嘘ですよね。この幅でも入ってくるなんて」

 確かに通路は狭かったが、サラマンドラは無理矢理頭に突っ込むと身体を斜めに傾け、壁を走るようにして追ってくるではないか。何としても逃がさないつもりらしい。

 フードコートに駆け込んだ三人は、即座に通路の前から跳び退いた。

 直後にそこからオオサンショウウオのような身体が飛びだす。床の上で軽く何度かバウンド。表面の赤熱した岩石を幾つか落とし、窓枠に激突し止まった。

 身をくねらせ向きを変えると、その拍子にソフトクリーム型の置物が尾びれに弾かれ壁に激突し砕け散ってしまう。

 凡鳥ぼんちょうが悔しげに叫ぶ。

「そのまま落ちて欲しかったですわ!」

「ぼやかないで走りましょうよ」

 もちろんユミナが言うまでもなく走っている。

 机や椅子、固定された間仕切りといった間を走り出口を目指すのだが、後から激しい音が追ってきた。突進するサラマンドラが、障害物を跳ね飛ばし迫っているのだ。

「横に跳んで!」

 ユミナの声で九凛は斜め前にあった柱に向け跳躍し、三角跳びの要領で横に跳ぶ。直後、サラマンドラが通過。床が固く滑らかなため、カーリングのストーンのように滑って通過していく。もちろん、途中にある障害物は盛大な音をたて跳ね飛ばされていった。

 着地した九凛の頭に椅子の一つが飛来し、気付いて目を見張る。だが、直ぐには動けず頭を抱えるので精一杯だ。しかし、横から凡鳥がすかさず神器刀で斬り払い見事に防いでみせた。

「ありがとっ」

「お気になさらず」

 言葉は軽く、けれど行動は必死。

 先程よりも細い通路を見つけると走り抜け、またもショッピングモール内へと戻り回廊状の通路をひた走っていく。

 幻想生物は人間を激しく憎み、執拗に狙う。それは授業で学んでいた三人であったが、まさかここまで執念深いとは思ってもいなかった。

 しかし、いつまでも逃げ続ける事は不可能。

 疲れの見えない相手に対し、九凛たちはいずれ力尽きてしまう。疲労困憊し動きが鈍れば、もうそれでお終いだ。

 しかも通路は走りにくい。

 元から存在する残骸もあるが、サラマンドラによって破壊された残骸も増えていた。さらにエスカレーターの一つなどは途中から完全に崩れてしまい、上下の移動が封じられた箇所もあった。

 逃げ道は徐々に塞がれつつある。

 三人とも肉体だけでなく精神まで疲労しつつあった。神器刀も装甲服すらも重く邪魔な気分が募ってきている。

 そろそろ限界に近いという証拠であった。

「このままではジリ貧ですわ。ですから……ここは私が囮になって相手を引きつけましてよ」

「「えっ!?」」

 九凛とユミナは驚きの声を上げた。

「凡鳥さん、何を言い出すつもり!?」

「こんな時に言うのもなんですけれど。実は私、お二人とお友達になりたかったのですわよ。私の周りには……ほら、実家のお金目当ての人ばかりでしたから」

 凡鳥は勝手に忖度し、御為ごかしで行動する取り巻きに辟易としていたのだ。

 そんな連中は何かあれば手の平を返し、勝手に期待したあげく勝手に失望し、最後には文句を言って去って行くに違いない。

「無事に戻れましたら、お二人のお友達にして下さいませ」

「もう友達だよ」

「そうです。そんな事をするぐらいなら、三人で同時に別々の方向に逃げましょう。そうすれば、誰か助かる筈です」

「そんなの駄目! あたしはそんなの嫌なの。はい決定、却下だよ」

 言いながら九凛は、次第に怒りを覚えてきた。

 折角出来た友人、大切な存在。迫る危機に何も出来ない自分。目の力を強め、厳しい顔で前方を睨みつけ走る。

 もしこの場に埴泰が居たならば驚いた事だろう。なぜならば、その横顔は赤嶺伽耶乃にそっくりだったからだ。

 しかし今ここに埴泰は居ない。そして、ユミナも凡鳥も友人の様子に驚き目を見張るだけであった。

 壁に何度も体当たりする音が聞こえてきた。

 サラマンドラは、まだ諦めず追ってこようとしているのだ。

 九凛は決意した。

「そうだよ、師匠が言ってたよ! 勝てない相手だって立ち向かわないと駄目な時があるんだよ! こうなったら――あたしたちで倒しちゃおう!」

「「えっ!?」」

 ユミナと凡鳥は驚きの声を上げた。

「そんな事は無理ですわよ、相手はサラマンドラですのよ」

「でも、何か方法はあるはずだよ」

「ありませんわよ、そんな方法なんて」

 常識的に考えれば凡鳥の言う通りだ。セカンドといえど駆け出しでしかなく、しかもサラマンドラは中級以上の幻想生物。何とかなる相手ではない。

 しかし――。

「……あります。私思いつきました、サラマンドラを倒す方法を」

 ユミナは力強く言った。


◆◆◆


「確実に来とるようや。指定ラインに入ったとこで、攻撃開始や。各員武器の最終チェックせい」

 廃校舎の入り口に陣取った古城はインカム越しに指示を飛ばす。

 それを横で聞いた女性教員が口を挟む。

「待って下さい! まだ逃げて来る生徒がいるんですよ。どうして攻撃するんですか! 生徒が怪我したらどうするんです! 到着するまで待って下さい!」

「はぁ!? 何を馬鹿を言うとるんや……」

 あまりに見当違いな言葉に、さすがの古城も戸惑ってしまった。

 それを待っていれば、後を追って来る幻想生物が一緒になだれ込んで来るだけだ。馬鹿馬鹿しいにも程がある。ついでに言えば、逃げて来る生徒を砲弾の餌食にしないだけでも、褒めて貰っても良いぐらいなのだ。

 こいつは何を言っているのかと見つめるのだが、何故か女性教諭は反対に批難し責めるような顔で睨んでくるではないか。どうやら、自分が正しいと信じ切っているらしい。

「…………」

 古城は無言で拳銃を抜き放ち、女の顔面に突きつけた。

「黙っとけや。文句あんなら、お前を連中の群れに放り込んだるぞ」

「ひぃっ!」

「すっ込んどれ、アホんだら。おい、他に文句のあるやつはおるんか、おるなら俺らは今すぐにでも撤退すんぞ!」

 返事はない。

 古城は舌打ちしながら拳銃をホルスターに戻す。不快げな顔のまま視線を転じれば、ちょうど蠢く銀色の壁が予定していたラインに近づいたところだ。

「よし、やれ」

 口元のインカムを押さえ命じた。

 轟く砲声に銃声。

 装甲輸送車の砲や重機関銃や発射され、その攻撃がホムンクルスの群れめがけ殺到。薙ぎ倒し蹂躙する――それだけで何十という数を倒したものの、押し寄せる大群自体は止まる事はない。幻想生物は仲間を踏み越え殺到して来る。

「多すぎやんけ。レッド1から各員へ、連携を取りつつ壁となって戦っとけや。女子高生の前やからって、張り切りすぎんなよ」

 笑いを含んだ了解が次々と戻って来るが、絶望的な状況である事に変わりは無い。現に桃沢の顔は真っ青で震えるような声をだす。

「社長、これ勝てるんですか?」

「馬鹿野郎、俺は勝つぞ」

 古城は不敵に笑い、アサルトライフルを射撃。校庭の端に姿を表したホムンクルスがバタバタと倒れた。それで逃げてきた男子生徒は、一目散に走って校舎に跳び込んで来る。むかつくガキを教員たちが労い慰め出迎えた。

 馬鹿馬鹿しい光景から目を背け、古城は攻撃を続ける。もう次が現れ、狙いを付ける必要もないぐらいに増えていた。

 雇われた古城たちは、その義務を果たすべく全力で戦いだす。だが、多勢に無勢である事は火を見るより明らかであった。

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