第二十八話 強がりな独りよがり

 埴泰はにやすは講義室の窓辺にたたずむ。

 明るい日差しの降り注ぐグラウンドでは一般生徒が走ったり跳んだりと、部活動と呼ばれる運動を行っている。とはいえ、そんな若者たちの躍動する姿を眺めていたわけではない。

 情報端末を耳に当てており、つまり通話中であった。

「そんな作戦なら声を掛けてくれても良かったと思いますが。社長も水くさい」

『ごめんな。でもな乃南のなみちゃんの邪魔したくないやろ。お仕事、今はそっちがメインやで、遠慮したんやで』

「いいですけど。また無茶して皆を困らせませんでしたか?」

『俺がそないな事する思うんか?』

「思いますね。まあ、何はともかくご無事そうで何より」

 心配の言葉を口にする埴泰であったが、実は心配をしているわけでもない。

 こんな時はこうやって言うものだと学習した成果によるものだ。もし古城が死んでいれば、それに会わせた悔やみの言葉を述べていただろう。

『それが無事でもないんや。ちょっとマズい事がモモ様にバレてな、ご機嫌悪いんや。次の仕事ん時は付いてくって言い張って困っとるんや』

「また何をやったんです」

『別に楽しい泡遊びのお店を貸し切っただけや』

 古城は嬉しそうに言ったが、しかし埴泰はどんな店か理解出来なかった。クリーニング店かと思っているぐらいだ。

『まっ、そりゃそれとして伽耶乃かやのちゃんからの伝言や、これで任務完了やで戻ってええとさ』

 赤嶺伽耶乃をそんな風に呼ぶのは、きっと古城だけだろう。しかし、埴泰が意表を突かれたのは、もっと別の理由であった。

「もう戻れという事です?」

 地下研究所がテルミットの炎に消え、セカンドイヴを狙っていた存在は壊滅。そうなれば護衛任務に一区切りをつけ戻るのは必然という事らしい。

『そういうこった。それよか戻ったら有給を取って構わんで、というか取って下さい。乃南ちゃんの有給が溜まっとる、ってモモさんが不満気味なんや』

「そうですか……では、全部使う方向で」

 雑談後に通信を終えたが、途中から何を話したか埴泰は覚えていない。

 戻ると聞いて予想以上に動揺をしていたのだ。そんな気分になるのは――。

「師匠、今の電話って誰からの?」

 いつの間にか九凛くりんが立っていた。

 邪魔をせぬようにと部屋の端で待機していたらしい。動きやすい簡易戦闘服を着用し、一つ結びにしたポニーテールを揺らしキョトンとした顔で見つめてくる。

 これが戻りたくない理由の一つだ。

「ん? ああ、古巣からの連絡だ。厄介な案件が片付いたらしくってな」

「なーんだ、前の会社の人からなんだね。それは残念」

「何がだ?」

「ユミナと賭けしたの。師匠の電話が仕事かどうかってので」

 九凛が項垂れ小さな息を吐けば、金色の髪を揺らすユミナが軽く手を握ってみせた。こちらが、戻りたくないもう一つの理由だ。

「読み通りですね。やっぱり師匠に友達はいないわけですよ」

「ちぇっ、大穴狙いで賭けなきゃよかった。じゃあ、お夕飯のおかず半分あげる」

 何かとてつもなく酷い事を言われている気がする。

「いや友達ぐらい居るぞ」

「「えぇっ!」」

「なんだ、その反応は。どうして驚く必要がある」

「えっ、だって……ねえ?」

「ねえ」

 何やらお互いでしか通じない雰囲気で頷き合っている。

 ますますもって失礼すぎる。

「友達ってのは、目標を同じとする同格の相手の事だろう。確かに格別仲が良いとは言えないが、それぐらいはいるぞ」

 埴泰にとって、古城がそれにあたる。少なくとも自分では、そのつもりだ。定時報告はするし、そのついでに雑談だってする。しかも、向こうから様子を聞いてくる事だってある。間違いなく友達だ。

「えーっと、そんな友達の定義について語らなくっても――」

「ユミナ駄目だよ。それ以上は止めたげようよ、師匠が友達と言えば友達なんだよ。そこを追求するなんて酷いよ」

「ああ……そうですおね。配慮が足りませんでした」

 九凛が思わしげに頭を振れば、ユミナも胸を突かれた様子で我に返っている。そして二人揃って優しい眼差しをするのだが、それを見る埴泰は何か釈然としないものを感じた。

「まあいい、それより二人に渡す物がある」

 埴泰はポケットから用意しておいた小さな箱を取り出した。二つあり、それを渡す。特に両手で受け取ったユミナは嬉しそうだ。

「なにやら良さそうな気配が、そこはかと。貰ってしまってもいいですか?」

「もちろんだ。むしろ、早いところ開けて確認してくれ」

「と言いますか、すでに九凛が開けだしてますよね。まったくもう……」

「ふっふーん、こういうのは貰ったらその場で開けるのが礼儀なんだから。うわーい、何これ凄い」

 中身は細い金属線を束ねたブレスレットだ。以前に小松井の爺さんに頼んだもので、銀地に赤と青の細線が施されたシンプルデザインであった。

 二人が感嘆の声をあげるが、実を言えば埴泰も実物を見るのは初めてだったりする。今日届いたばかりなので。

「ふむ、思ったより良い感じだな」

「やだなぁ師匠。こんな気を遣わなくたっていいのに」

「まったくですね。もちろんプレゼントは嬉しいですけど」

「気を遣う? プレゼント? 何を言っている」

 埴泰は眉をひそめた。

「それはワコニウム製のブレスレットだ。神器よりは劣るが、身につけておけば多少なりともセカンド能力が発揮できる。それがあれば、この前のような時に少しは抵抗できるだろう」

「「…………」」

 怯えて守られるだけではなく、しっかりと自分の足で立ち少しでも自分の身は自分で守って欲しいと思うのだ。図らずも、護衛任務完了の話も出てきたところであり、贈り物としては丁度良かったのかもしれない。

 その時になって、埴泰は何故か不機嫌そうな少女たちの様子に気付いた。

「どうした? もちろん校則にも違反しないはずだぞ」

「いーえ別に」

「師匠に期待しただけ馬鹿でした」

 素っ気ない口ぶりの二人であったが、ブレスレットはしっかりと身につけていた。


◆◆◆


 講義の内容は講師の裁量。

 とりあえずは会社で新規隊員への教育で使用する資料を読ませておく。社長の古城の力作なのだが、基本的にベテランしか採らないため全く読まれていなかったりする。ようやく日の目を見たという事だ。

「うわっ、ホムンクルスは弱いけど単独では戦うなってある。授業じゃ言ってなかったのに」

「放っておくと仲間を呼びよせるって情報は初耳かと。これ大事な話ですけど、授業では言ってませんでしたよね」

「現場の経験則だからな。言っておくが、ホムンクルスを一体見かけたら周りに三十体いると思った方がいい。気付いたら大群に囲まれる事があるからな」

 埴泰は肩を竦めた。

「あまりに数が多いと、英雄存在でもないと勝てないぐらいになる」

「英雄存在?」

「人々に希望を与え勝利を呼び寄せ、敵軍を蹴散らす存在さ。有名なのは、赤嶺あかみね伽耶乃かやのだな」

「へー、凄いな。あたし、赤嶺伽耶乃にいつか会ってみたい」

 憧れの名前に九凛は手を合わせうっとりした。その想う相手も同じ気持ちだと、伝えてやりたいが許されない事だ。

「そうだ、こないだ見た人。あの人も英雄存在だったり?」

「見ただと? まさか危険区域に行ったのか!?」

 埴泰は鼻の頭に皺を寄せ不機嫌気味となった。

 護衛対象が知らぬ間に危ない場所に行ったのだ――だが、それだけではない。この少女が危険だったかもしれない事で心配になっているのだ。

 しかし九凛は手を横に振る。

「違うよ。談話室で闘技場のライブ映像見たの。そしたら、凄かったのよね」

「なんだそうか……だが、それは英雄存在とは言えないな。ああいうのは、戦場で皆が絶望した時に自然と現れるものさ」

「そっか、がっかりだね。でも、あれは最高だったよ。私もあんな風に戦えるようになりたいな。ねえ、師匠も見た? 狐のお面をした人」

「……!」

 不意を突かれ何も言えない。気まずく視線を逸らすばかりだ。

 その様子にユミナが笑った。まるで悪戯を隠す子供を軽く窘める顔である。

「と言いますか。あの狐のお面の人は師匠ですよね?」

「!?」

 今度こそ本当に心底驚いた。

 すぐに言葉が出ないでいるとユミナが言葉を続けていく。

「顔は半分隠れてましたけど、間違いなく師匠の動き方でしたから。でも凄いですよね、神器を使わずあんなに戦えるものなんですね」

「えーっ! 気付いてたなら教えてくれれば良かったのに」

「気付いてると思ってましたから」

「全然気付いてなかった。でも、そうなんだ! じゃあ師匠に鍛えて貰えば、ああなれるんだ! やったね!」

 喜ぶ九凛だが、それより埴泰はユミナに注意を向けていた。

 人の動きにはそれぞれ特徴がある。一番分かり易いのは歩き方だが、手や腕や身体の動かし方まで、あらゆる動きに癖がある。だからこそ、人は遠目でも相手が誰か判別する事が可能なのだ。

 だが、通常はよく知った相手が分かる程度でしかない。

――こいつ案外と凄いのか。

 九凛は赤嶺伽耶乃のクローンだ。故に、その秘めたる才能は最強と呼ばれる伽耶乃に匹敵するだろうと想像できる。

 しかしユミナは通常のセカンドでしかない。その才能は海のものとも山のものともつかぬが、これだけ観察力が良ければ戦える者になるかもしれない。

「ところで、師匠が闘技場に出場したのは……私たちに焼き肉を食べさせるためですか? あと、このプレゼントを買うためとか」

「なーんだ師匠ってば。お金ないなら、無理しなくたって良かったのに」

 二人の言葉に埴泰は慌てた。

 金を工面するため、闘技場まで行って必死だったなど思われたくない。

「ばっ、ばーか。そんなわけないだろ。この程度余裕だし。いいか、今は事情があって手元に金がないだけで、本当は毎日焼き肉を食べるぐらいは楽勝だぞ。いずれ大金が手に入ってだな……」

 言いかけて途中で黙る。

 目の前にいる二人は、酒を飲みくだを巻くオッサンに対する目をしているではないか。つまり、それは憐憫だ。

「おい、言っとくが本当なんだからな」

「そうだね」

「本当に余裕なんだからな」

「うんうん」

 どうにもマズい。

 自分の言葉を信じて貰えぬ辛さときたら何とも言えぬ。居たたまれない埴泰は勢いよく立ち上がると手を打ち鳴らしてみせた。

「よし、もう座学は終了。次は小技館に行って実技の練習だ」

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