第二十九話 努力への贈り物
学園内に何箇所か設けられているが、校舎に近ければ近いほど人気が高い。どこを利用できるかは、講師の力関係というのも影響しており利用できたのは、当然ながら一番遠い場所であった。
「…………」
たった一つの机に
一向に発動しない
元気よく動く二人の姿を眺め、埴泰はそっと息を吐いた。
どうやら自身が思う以上に二人を気に入っているらしい。
もっと見ていたい。もっと側に居たい。もっと自分を理解して貰いたい。もっともっと……それが沢山ある。この感情をどう呼べば良いのか分からぬが、二人と別れねばならぬなど、考えただけで胸が苦しくなってしまう。
深々と息が吐かれた。
ただしそれは、
「全っ然、駄目だよ」
「ですよね」
どうやら何度やっても光刃が発動しないらしいが、それはユミナも同じで二人して地面に座り込み『の』の字を書き出している。
横で気落ちした埴泰も含め、ドンヨリした空気が小技館に漂う。
この中で平然としているのはネコばかりだ。
「ねえ、あたしたちって本当に光刃が使えるのかな?」
「ん? セカンドだから使えて当然だろ。練習を続ければ、その内に発動するさ」
「でも無理だし。才能ないって事かな……」
「焦る必要はなかろう。地道に訓練すればいいさ」
「うー」
九凛はうなり声をあげ、隣のユミナも力なく呟く。
「でもですね、クラスの半分が使えてます。焦らない方が無理ですよ。コツとかないでしょうか?」
「授業で言っていた通り、落ち着いて自分の内面に集中すればいい」
「だーかーら。内面に集中するとか、もうやってるの。これ以上どうすればいいか分かんないの。アドバイス、アドバーイースー!」
九凛は土の床をペシペシ叩いてみせた。
「と、言われても説明するのが難しいんだが」
それは言葉にとして表し説明する事ができない知覚であって、つまりは暗黙知の領域なのだ。人が物を掴む時に筋肉などの動かし方を言葉にできない事と同じであった。
「一度でも出来れば簡単だからな。まずは神器を振るう前に瞑想してみろ。身体の中にある力ってものを感じてみたらどうだ」
「うん、分かった。やってみる」
九凛は手や膝に付いた土を払い立ち上がった。
静かな小技館の中で目を閉じ集中しだし――目を開き、がっくり肩を落とした。
その顔はもう半泣き状態だ。
「全っ然駄目。何も分かんないよ」
「さよか……」
「ああ、もう駄目だよ。きっとセカンドなんて間違いだったのかも。あたしはきっと、他の人と違って不良品か調整ミスか何かだったんだね……」
別方向だが他の人と違う事は事実だ。なにせセカンドイヴと呼ばれる天然物なのだから。それが光刃の発動に影響するかどうかは、関係ないだろうが。
「師匠、他にやり方はないのでしょうか?」
座り込んでいたユミナが膝の間に手を突き、前のめりになる。そうすると胸が強調され、少し色っぽい感じだ。
「他の方法か……」
方法は知っている。
それでも黙っているのは、苦労して欲しかったからだ。安易に力を与える事で、二人から努力の機会と経験を奪いたくはなかった。
とはいえ、二人が努力して来た事は充分に見た。そして何より――学園を去らねばならぬなら、置き土産の一つぐらいしても良かろう。
「あると言えばある」
「本当ですか!?」
「なーんだ、あるなら早く言ってよ。師匠も人が悪いんだからー」
九凛は手をぱたぱた振った。目を輝かせているが、散々に悶えた後だけに少々恨みがましい口調だったりする。
「ちょっと荒っぽい方法になるが構わないか?」
「「問題なし」」
「あと口外するなよ。あまり知られたくはない」
「「もちろん」」
調子よく声を揃える二人に、そこはかとなく不安になるが埴泰は頷いた。
「分かった。それでは、どっちから先にやる?」
その問いに、息の合っていた九凛とユミナは顔を見合わせた。
そして、熾烈なジャンケン三本勝負を制したのはユミナであった。ピョンピョンと珍しくはしゃぐ姿に埴泰は顔を赤らめた。何せ胸が質感を持って揺れているので。
「それでは師匠! お願いしますです!」
「分かった。では、まっすぐに立ってくれないか」
その言葉にユミナは背筋を伸ばし気を付けの姿勢となった。
埴泰は近づくと無造作に手を伸ばし――少女の下腹部に触れた。反射的に引かれた腰を反対の手で押さえ込み、両側から挟み込み固定する。
「あのっ師匠!? これは何を……」
「こらーっ! ユミナに何すんの!」
手を振り上げ九凛が騒ぐが、集中する埴泰は一顧だにしない。
服の上からヘソを探り親指で押さえ、手の平全体で下腹部を覆う。反対で尾てい骨を支え、股全体を持ち上げる。
「ひぁっ」
際どい部位に触れられたユミナは爪先立ちしながら短い悲鳴をあげた。だが、顔を赤らめながらじっと耐えている。それは光刃を使いたい一心での事だろう。
「目を閉じろ。力の流れを感じ取れ」
埴泰は自分が神器を使う際の感覚を呼び起こす。
手の下でユミナの身体がビクッと反応する。身体の中へと注がれる熱い何かを感じたようだ。赤らめた顔がとろんとして陶酔しているようでもある。
「どうだ分かったか?」
「これ気持ちいい。お腹の中がポカポカして、暖かいのが染みてきます……」
ユミナは内面から溢れ出る力を纏っていた。碧眼は常より色を深め、金の髪は淡く輝きを持ったかのようでさえある。その変化は横で見ていた九凛が目を見開く程だ。
埴泰は手を放し、離れた標的を示し言った。
「そのまま、やってみろ」
「あっ……はい!」
少し名残惜しげな様子をしたユミナであったが、本来の目的を思い出し頷いた。
授業で習った仕草そのままに鋭い切っ先で標的を示し、それから上段に構える。次の瞬間、閃くように斬り降ろす。
眩い光の刃が放たれ、離れた位置の標的を両断。さらには後ろの土塁にも一撃の痕を刻み込んだ。凄い威力である。
「お見事」
ユミナは唖然として振り向き、我に返ると両手を握りジャンプさえした。
「やりました! 出来ました!」
「力の感覚は直に消える。その前に、やり方を完全に掴むといい」
「了解です!」
ご機嫌なユミナは軽く敬礼までしてみせると、そのまま次々と光の刃を放っていく。力を行使する事自体が楽しいといった様子で喜々としている。
そして……それを羨望で見ながら九凛は迷っていた。
「えっとね、あたしにもセクハラするの?」
「セクハラとな……いや、別に無理にとは言わないが。練習で身につけた方が良いのは確かだ」
埴泰は肩を竦め背を向けた。
見ればユミナの攻撃は留まるところを知らず、新たな標的を真っ二つにしたあげく、それが落下するまでに再度両断してさえいる。
埴泰の施した補助のお陰とはいえ、恐ろしいほどの素早さと精密さだ。恐らくは全学年どころか、教師でもこれほどまでの動きは出来ないだろう。
その冴え渡る動きを見やり、九凛は落ち着かなげに足先を上下する。
「うーがーっ……仕方ない。さあ、どーんと来なさい!」
九凛は両手を広げ、待ち構えるような仕草をしてみせた。
とても頼むような態度には思えないが、しかし埴泰は何も言わずに手を伸ばした。同じようにヘソを押さえ、股の間をしっかりと押さえ持ち上げる。
「ひゃいっ!」
比較しては何だが、触り心地はユミナの方が柔らかい質感であった。九凛の身体はお尻も含め、まだ丸みもなく硬さがある。
力を流し込むと、手の下で細かく痙攣した。
「どうだ?」
「お腹の中が熱いので一杯? これ、なんか気持ちいいかも。大人になっちゃった気分?」
良く分らぬ感想を述べた九凛は、熱に浮かされたような足取りで練習スペースへと歩いていった。
その神器刀を構える様子を、手を止めたユミナと一緒に見守る。
「どりゃあああっ!」
力強い気合いと共に神器刀が振り下ろされる。
閃光が迸る――それは斬撃と言うには、あまりにも太すぎた。太く厚く、そして激しすぎた。
標的が一瞬で消し飛ぶ。
さらにバックストップの盛り土を貫通し、背後の控えの盛り土すら破壊。壁面を破壊し、その先の雑木林に一直線の抉り取ったような痕を刻み込んだ。
とんでもない威力だ。
「「…………」」
押し寄せた風圧に髪を揺らし、埴泰とユミナは呆然としている。
「わおっ、なんだか凄い!? やったね!」
九凛は思いきり元気よく手を挙げ、ウィンクまでしてみせた。ポニーテールも元気に揺れている。
「ねえねえ、ユミナ! 今の見てくれた? さあ、もう一丁いくよ!」
「おいよせ!」
我に返った埴泰が羽交い締めにして止めねば、もっと凄い事になっていたかもしれない。机の上に居たネコなど背を丸め威嚇するような仕草で怯えている。
「師匠、これはどういう事でしょうか。なんだか、その……私と随分違うかと」
「分からんが、こいつと身体の相性が良すぎたのかもしれん」
最強のセカンドと言われる赤嶺伽耶乃のクローンにして、セカンドイヴである九凛。それにしても力が強すぎる。
「なんだか複雑な気分です。置いていかれた感がそこはかと」
「気にするな。コレが、おかしいだけだ」
「コレって何よ! いいから放してよ、もう一度やるんだから」
「止めろ、これ以上建物を破壊するな」
「はーなーせー! ちょっと、どこ触ってるの!」
力に酔った感じのある九凛は騒いでじたばたと暴れた。柔らかみのないお子様体型だが、小生意気にも一丁前の事を言っている。
そして――。
「あっ、あれっ!?」
ユミナが奇妙な声をあげた。
片手で持っていた神器刀を両手に持ち替えた様子は、まるで重量が急に増したかのようだ。立っている事さえ辛そうにへたり込んでしまう。息遣いも荒めだ。
驚いた九凛の動きが止まり、それを解放してやれば、大急ぎで駆け寄っていく。麗しい友情だ。脛を蹴られた埴泰は涙目で見つめた。
「どうしたの、大丈夫!?」
「なんだか身体が怠い感じです……動くのも辛いかも」
それを聞き埴泰は頷いた。
「ふむ、どうやら反動が出だしたか」
「なんですか、それ……聞いてません」
「最初に言っただろ、荒っぽいやり方だって」
今まで運動した事のない者、それが無理矢理全力で走らされるとどうなるか。当然だが、疲れきって動けなくなり酷い筋肉痛になってしまうだろう。それと同じ事が起きているわけだ。
説明した埴泰の前で二人は絶句している。
「「うっそ……」」
「後片付けはやっておくから、早いとこ寮まで戻った方がいいぞ。どうせ、しばらくはまともに動けなくなるだろうから」
「「そ、そんなっ!」」
二人からは悲痛な声だが、埴泰は良い事をしたと言わんばかりに笑った。
「どうした? 念願の光刃が使えただろ。もっと喜べよ」
「師匠の鬼ぃ!」
叫んだ九凛はユミナを担ぎ上げ走り出す。ワコニウム製ブレスレットと、力の残滓のお陰なのだろうか。なかなかの速さで、すっ飛んでいく。
それを見送ると埴泰は手を叩いた。
「さて……片付けるとしますか。というか、片付けるというレベルじゃないな」
破壊された小技館を前に、しばし呆然としてしまう。改めて見れば、とんでもない威力だ。傍らのネコと顔を合わせると、そろって息を吐いた。
「仕方ないな。こんな時は……」
埴泰は情報端末を手にした。
こんな時に助けになる相手は一人しかいない。と言うよりも、子供がやった事は親に責任を取らせるべきだろう。
その一方で――。
二人はなんとか寮まで辿り着いた。それから部屋まで辿り着き、ベッドに倒れ込んだ。そして数日を寝て過ごす事になる。
屍のようにグッタリした様子を見た生徒たちは、まさしく説明会で述べられた『泣くまで、血反吐を吐くまで、動けなくなるまでの訓練』が行われたのだと、誰もが恐れおののいた。
かくて埴泰の悪名がまた一つ。
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