第二十六話 学びの舎は各人各様

 勉学だけでなく戦闘も学ぶセカンドたちは文武両道を目指す。

 腑抜けた大人たちの轍を踏まぬようにと、厳しく自らを律する事が求められているのだ。もっともそれは――セカンドが世に登場した当初の事であり、十年近くを経た現在では既に形骸化した感があった。

 いつの時代のどんな環境であっても、水は低きに流れ人は易きに流れるという事なのだろう。

 故に学び舎では、学ばされる者と学ぶ者との二種類が存在する。どちらが多いかは言うまでもないが、日々行われる戦闘訓練ではそれが如実に表れていた。

「なんか俺、凄くない? マジ本気で真面目な話なんだけど」

 男子の一人が言った。

 たった今、光刃こうじんを発動させ標的を攻撃したばかりだ。威力は的を揺らした程度のものだが、最初の授業から一ヶ月近くが経過し、生徒の半数以上が光刃の発動に成功していた。

「こんだけ凄い才能あんのに、軍に入るとか才能の無駄遣いっしょ」

「うわぁ才能とか、それ自分で言っちゃう?」

「でもマジ将来考えてみ、卒業後に軍とか何かつまんなくない? 組織の中で動かされるとか無理でしょ」

「あーそれあるある。うちの兄貴も愚痴ってたけどさ。なんかもうね、下っ端みたいな仕事ばっかさせられるとかで。セカンドの能力舐めてんの、って感じらしいんだわ」

「うわぁ、それマジ気の毒。あれだろ、無能な上官の下で苦労するとかってパターン。セカンドの能力活かせなさすぎでしょ」

 へらへらと笑ったところで、男子生徒は神器刀を振るった。

「うりゃっ、必殺アターック!」

 ふざけた声と共に光刃が飛び、パンッと小気味よい音をさせ標的を揺らした。三日月よりなお細い刃が飛んだだけだが、それでも練習に励むクラスメイトたちを意識し得意そうであった。

「トキヤすげー!」

「こうなったら自分で軍事会社起こして社長になろっかな。幻想生物倒しまくって金稼いだとこで、適当に部下揃えて美人の秘書を雇って過ごす。よしっ、我ながら完璧な人生プラン」

「うわっ、こいつマジ調子こいてる」

「いえーっ! 俺様マジ最高ー!」

 大声を上げガッツポーズまでしている。

 それでもまだ、神器刀を振るい光刃を放つだけましかもしれない。

 別箇所で固まる女子生徒といえば、規定の回数をこなしノルマを果たすと後は賑やかしく立ち話に華を咲かせるばかりなのだ。

「まあ、それ本当なんですの。凄いですわ、男の方に声をかけられるなんて」

「べっつに、ちょっと話しただけだから。可愛いねって言われただけかな」

「えー、なにそれ。ねえ勿体ぶらないで教えてよ」

 凡鳥ぼんちょうという少女を中心としたグループで、一応は声を抑えたつもりらしいが実際にはそうでもない。堪えきれず吹き出してみせたり、息苦しそうに笑いながら喋り続ける。

 学園近くの遊べそうな場所、先週行ったブティックのイケメン店員の批評。同じ学年の誰が好みで誰が嫌いか。または授業の大変さの愚痴と、教師と講師の悪口など、飽きもせず話を続けている。

「……馬鹿か?」

 埴泰はにやすは小声で呟いた。

 今日も今日とて授業のアシスタント役を仰せつかっている。それ自体は構わないのだが、こんなバカバカしい空間にいると、れいの副作用とか抜きにして頭痛がしてしまいそうだ。

 こいつら全員を戦場に放り出してやったら、どんなに気分が良いだろうか。

 よく言えば自由、悪く言えば放任主義。それが清駿学園の授業だ。

 真面目に取り組もうが遊んでいようが、定期考査で能力を示す事さえ出来れば問題なし。極端に言ってしまえば授業に出なくとも構わないぐらいである。

 勘違いする生徒も多いが、実は日頃の行動は記録されていた。内申書へ影響し、最終的には卒業時の試験結果と合わせ適性が判断されるのだ。

「まあ、馬鹿は生徒だけじゃないか……」

 ちらりと視線を向ける。その先では、お気に入りの女子生徒に囲まれ鼻の下を伸ばす荒井教師の姿があった。もう指導そっちのけだ。

 よって、生徒の態度の記録を任されているのは埴泰だったりする。

「減点。よし、こいつも減点っと」

 むかつく生徒の評価を下げていく。

 私情を挟みまくりだが、世の中なんて所詮は人間関係だ。どれだけ優れたシステムや厳しい規則があろうと、それを運用し実行するのは人間なのだから。

「むっ……少し下げすぎたか」

 殆ど減点になってしまい、埴泰は仕方なく評価を少し直す事にした。

 そして――。

「えいっ、やあっ、とぉっ!」

 堅香子かたかご九凛くりんが真剣な眼差しで気合いの声をあげた。神器刀を振るえば、小さな身体が躍動感を持って動きポニーテールが跳ね動く。汗を拭いながら熱心に励んでいるではないか。

「やっ! はっ!」

 隣でユミナ・シューベルも同じく神器刀を振るい、一振りずつを集中している。長い金髪を揺らめかせ、その身体はしなやかに動く。こちらも真面目に努力を続けている。

 高評価をつけてやりたいが……残念な事に、どちらも光刃が発動できていなかった。

 どれだけ汗を流し練習に励もうと発動する気配は少しもない。一生懸命な二人に焦りの様子が見え隠れしていた。


 そんな九凛に声が掛けられる。相手は凡鳥であった。

「堅香子さんたちも、少しお休みになってはいかが?」

「…………」

 無言で振り向いた九凛だが、口をへの字にして睨んでいる。

 上手く発動しない焦り、近くでのお喋りに対する苛々。そんな状態で話しかけられた事で堪忍袋の緒が切れたのだろう。

「あのね、言いたくないけど。他の人の迷惑になる事は止めてよね」

「まぁっごめんなさい。私は少し肩の力を抜いた方が良いと思いまして……」

 凡鳥は謝ったものの、その取り巻きは口々に文句を言いだした。

「ちょっと堅香子生意気。凡鳥さんに失礼じゃないの」

「私たちのどこが迷惑だって言うのよ」

 ちょっとした騒ぎに他の生徒たちは練習の手を止め、好奇の目を向ける。だが、肝心の荒井教師ときたら相変わらずだ。お気に入りの女子生徒との会話に夢中で、しかも肩を抱かんばかりに接近している。

 これではアテにならない。

「そうですか? 真面目に練習する人の横でお喋りする事は迷惑かと思いますが」

 手を止めたユミナが振り向く。穏やかな顔ではあるが、普段より目つきは厳しい。

「確かにそうでしたわ。でも、お二人とも気を張り詰めてもダメですわよ」

「あたし張り詰めてなんかないもん。集中して頑張ってるだけだから」

「ですから、それが張り詰めすぎですわ……」

 凡鳥は小さく息を吐いた。そして肩に掛かる髪をかき上げると練習用ブースへと移動。神器刀をすらりと抜き放つ。

「参考になるかわかりませんが――せいっ!」

 気合いと共に薄らと弱々しくだが、光の刃が飛び標的に命中。その表面に傷を残し光を弾けさせた。

「気持ちとしては、神器に力を込め上乗せする感じですわ。自分の中の力を意識し、それを自然な流れとして感じるのです。ですから、むしろリラックスした方が良くってよ」

 それは一生懸命にアドバイスしようとしている姿勢であった。だが――。

「凡鳥さん凄ーい」

「凄ーい」

 真面目に聞いていた九凛とユミナであったが、取り巻きの少女たちが拍手して褒め称えだせば、うんざりした顔となる。

 特に取り巻きの一人は大げさな仕草で両手を挙げ飛び跳ねる。自覚のないまま道化を演じているような少女だ。そして落ち着きなくフラフラと動き、練習を行っていた生徒のブースへ近寄りすぎてしまう。

「中ノ瀬さん、危ないですわ!」

 鋭い凡鳥の声に、練習中であった生徒がびくりと動きを止める。

 そうでなければ勢いの乗った刃は、中ノ瀬と呼ばれた少女を傷つけていただろう。もしかすると、もっと最悪の結果となっていたかもしれない。

 だが、救われた本人は軽い口調だ。

「あはっ、ごっめーん」

 そこには反省の色はまるでない。周囲の迷惑そうな顔など気にもせず、ただ頭を搔き誤魔化すばかりだ。ここは安全のため教師が叱るべき場面だが、やっぱり荒井は気にもしていない。

 そのため――埴泰が一喝した。

「気を抜くなっ!! 下手すれば死んでたぞ!!」

 周囲の者が身を震わせた程の鋭さだ。

 至極真っ当な注意であったが――否、そんな言葉だからこそか、中ノ瀬は茶化した様子で舌を出し自分の頭を軽く叩く真似をしてみせた。

「えへっ、怒られちゃった」

 傷ついたプライドを取り繕うための行為なのだろうが、それが周囲の反感や呆れを誘うだけとは気付いてもいない。

「今のは中ノ瀬さんが悪いですわよ。もっと真面目にやらねばなりませんわよ」

「えー! 凡鳥さんまで酷ーい。なんで私ばっか怒られちゃうわけ?」

 横から九凛も口を出した。

「それは、あなたが悪いからじゃない?」

「むー、堅香子ってばうっさい。偉そうに言うなら、光刃が使えるようになってから言ってよね」

 煽るような言葉に九凛の表情が、さっと強ばった。悔しそうに唇を噛んでいる。

「ふんっだ。あたしたち向こうで練習するから邪魔しないでね。行こっ、ユミナ」

「そうですよね。失礼します」

 凡鳥は去って行く二人を少しばかり残念そうに見送った。そして隣に目をやるのだが……中ノ瀬が変顔しながら馬鹿にする真似をしているではないか。

 軽くウンザリとした息を吐く凡鳥であった。

 もちろん一部始終を見ていた埴泰も同様である。

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