第十九話 ぐだった講義
セカンド生徒たちが受ける授業は講義科目と演習科目とがあり、
それは戦闘に関する事項で、内容は講師によって異なる。テキストだけという場合もあれば、軽い実技も込みという場合もあるのだ。
学園側の思惑としては、画一的な方法で学ばせるのではなく、バラツキを持たせ全体として生徒の生存能力を向上させようというものらしい。全く上手く機能していないが。
埴泰は自分用に割り当てられた講義室にいる。
十メートル四方の部屋で床は板張り。壁には荷物を置くための小棚が設置され、全身が確認できる鏡が一枚。説明用のホワイトボードもある。窓の下方にグラウンドが見えるが、それはここが二階だからだ。
扉が開くと、ユミナが入室した。暑いらしく脱いだ上着を腰に結わえ、上はシャツ一枚だ。しっかり主張した胸にきゅっと締まった腰元。健康的魅力に満ちあふれ、目のやり場に困る。
続けて
「知ってた? この部屋は防音なんだって」
「なるほど、そうでしたか。でも、その情報の意図はなんでしょうか。はなはだ疑問ですけど」
自分の担当する受講生を前に埴泰は唾を呑み込んだ。
それは緊張からくるものであって、他に意図はない。なんにせ、これから初めて講義というものを行うのだ。何をどうして良いのか分らないし、それが正しいかも分からない。
二人のために用意しておいた神器刀を床に置く。
「まあなんだ……その、かたっ苦しいのは無しで楽に座ってくれ」
どっかと胡座をかくと、埴泰は自分の前を示した。
九凛はポニーテールを揺らし跳ねるように腰をおろし、ペタリと女の子座りをする。その隣でユミナは正座をしてみせたが、ここは板場だ。足が痛いためすぐに崩していた。
「では、今日から講義をするわけで……あー、なんだ。改めてよろしく」
「「よろしくお願いします」」
元気な返事が返ってきた。
「最初に確認しておくが、余計な事は誰にも言ってないよな?」
「当然だよ。師匠の講義を受けるって言ったらさ、皆に変な顔をされちゃったけどね。理由は言わないでおいてあげたから」
「師匠?」
その呼び方に埴泰は眉をひそめる。
「だって乃南講師とか乃南先生だなんて呼びにくいでしょ。それにさ、教えて貰うならやっぱり師匠って呼ばなきゃだよ」
「ネタばらしですが、それ九凛お気に入りのアニメの影響です。どうか付き合ってあげて下さい」
「ユミナだって喜んで賛成してたじゃないの」
「さて、記憶にないです」
じゃれあう二人を前に埴泰は肩をすくめた。先生などと呼ばれるよりは遙かにましだ。
「……まあ、好きに呼んでくれ。約束した通り、ほどほどの訓練で強くなれるようにする。そうだな、とりあえず中間と期末。その実技試験で良い成績が取れるぐらいにはな」
「そういえば筆記以外に、そっちの試験があったんだ……」
「普通忘れます?」
ユミナはあきれ顔となり、碧眼を軽く閉ざし小さな息を吐いている。
「忘れてないよ、聞いてなかっただけだから。それで、どんな試験なの?」
「毎年いろいろで、去年ですと捕獲した幻想生物とチームで戦ったそうです」
その説明に埴泰は頷いた。
幻想生物の中で弱い部類の種類を相手に戦うだけという、意味なさげな試験だ。しかし、それでも倒せないチームもあったという体たらく。あまりの下らなさに発憤してしまい、それが先日の説明会へと繋がったわけだ。
「ねえ、もしかして今年の試験内容とか知ってたりとか!?」
九凛が膝の間に手を突き身を乗り出す。期待を込めた目だ。
「さあ? 何も聞いていない。と言うよりも、講師には教えないのでは? すぐ漏洩しそうだし」
「それもそうだね残念」
「だが、過去に行われた資料を見るとどれも大した事ない内容だったな。真面目に練習しとけば問題あるまい」
「大した事ないって言うけどね……」
「ですよね」
二人は揃って小さな息を吐いている。
あまり雑談をしても仕方がなく、埴泰は恐る恐ると講義を開始する方向に話を持って行く。
「えー、それではさっそく講義に移るが。何か質問や希望は?」
「はいはーい」
九凛が手を挙げた。
「最初に聞いちゃうけど。師匠がやってた武器を浮かせる方法って何なの? 師匠だけが出来る技なの?」
好奇心に満ちた顔で遠慮のかけらもなく聞いてくる。それは正体を隠し生きて来た者に、手の内を曝け出せと言っている事に他ならない。
「ちょっと九凛ってば、それは失礼すぎですよ」
「いや構わない。言っておくと、誰でもできる」
「えっ? そうなんですか?」
先ほどは九凛を
「セカンドなら、あるだろう。手に触れないまま物を動かす力というやつが」
その言葉に九凛とユミナは訝しげな顔をする。どうやら納得がいかないらしい。
なぜなら、その力は物を動かす事は出来るが、せいぜいがペンを動かす程度でしかない。神器刀を自在に振り回す事はできなかった。
「でもさ、その力はアースラバを使う時のオマケ、って授業で言ってたけど」
「ですよね。戦闘に使えるなんて話はないですし、聞いたことも無いです」
「そりゃそうだ。誰もこの力を鍛えようとしないからな」
埴泰は鼻で笑った。
その微弱な力を鍛えようとする者は存在しない。光刃という目に見えて分かりやすい存在があるため、誰も気にしやしないのだ。足で歩けるのに、手で歩くようなものだ。
故に敢えてそれを鍛えようと思う者はまず存在せず、たとえ存在したとしても継続はしない。よほどの物好きか相当な暇人でなければ行わないだろう。
なお、埴泰は後者であった。
研究所に囚われた身で他にする事もなく暇に飽かせたのが始まり。能力が拡大した後は、寂しさを紛らわすための小道具――つまり、第三者が存在するような一人遊び――として使い続け、ついには戦闘に応用が利くまでになったのだ。
「だが鍛え上げれば……弾く事も引き寄せる事も、掴む事も出来る。第三の手みたいに、応用は幾らでも利く」
埴泰が言葉通り周囲の神器刀を舞わせてみれば、九凛とユミナは一生懸命にそれを目で追う。感心と驚きの混じった様子を見ていると、嬉しくてつい調子にのってしまいそうだ。
「なるほどそうなんだ。凄いけど……なんか微妙な感じかも」
「ほう、微妙とな」
「だって、光刃の方が凄いでしょ。こうバーンッと飛ばして、ドーンッとやっちゃう方が強いと思うけど」
「これの凄さは……まあ言っても分からんだろうな。いいだろう、少し戦ってみるか。ほれ立て」
自分の得意な事を否定され、埴泰は少し不機嫌になった。
促された二人は顔を困り顔だ。
「えっとですね、勝てない相手と戦うってのは」
「安心しろ。こっちは一歩も動かないし、攻撃もしないでおこう。これなら問題ないだろ。さらに、二人がかりで来て構わないぞ」
「えっ、そんな事したら危ないよ」
「そうですね。さすがにそれは……」
遠慮がちの二人に対し埴泰は軽く笑った。
「危ない? はっ、それは面白い冗談だな。よし、それならいいだろう。もし少しでも触れる事ができたら、二人の言う事を何でも聞いてやろう。どうだ?」
それを聞くなり九凛とユミナは顔を見合わせ大きく頷いた。床に置かれてあった自分たち用の神器刀を掴むと同時に立ち上がった。
埴泰は余裕の態度を示し、軽く間合いを開けると手招きする。
「さあ、かかって来い」
「師匠に恨みは……ちょっとありますが、全力で行かせて貰いましょう」
「あたしもだよ。手加減なんてしないんだから」
身構えた二人に対し埴泰は両手を軽く下げ、肩の力も抜けきった状態だ。
じりじりと動き互いに目線で合図を送り、息を合わせ気合いの声を出し攻撃をしかける。
「とりゃああっ! ――あっ」
「はあああああっ! ――あれっ」
勢いよく突進しかけ九凛は転んだ。ユミナも同じタイミングで転んでいる。
二人ともべったーんと音までさせ、両手を前に投げ出したまま突っ伏し、ふるふると震えたまま起き上がる気配がない。
埴泰は得意そうに笑った。
「はっはっはー。今のは踏み出した足をつまづかせたわけだ。さあどうだ、これでも大した事ないか?」
返事はない。
「この力はやり方次第では相手を完封できるんだ。ん、どうした?」
「うるさいバカァッ、何すんのよ!」
床に座り込んだ九凛は涙目で怒る。
表情豊かに表現されるため、まるで小さな子供が泣いて怒る様な感じだ。もっとも、本人はかなり本気で怒っているのだろうだが。
「……ううっ、なんと言いますか泣きそう。胸が思いっきり痛いです」
ユミナは打ちつけた胸をしきりにさすっている。普通の仕草なのだが、持ち上がったり変形したりと圧倒的だ。なお、それを横目に見た九凛は口をへの字にした。どうやら、こちらはあまり痛くなかったらしい。
「師匠、酷いですよ」
ユミナは両手をつき身を起こした。
まだ痛む胸に手で軽く揉み恨みがましい顔をする。その仕草もあるが、絶妙な角度で胸元が覗きこめてしまい、埴泰はまたしても視線を逸らすしかなかった。
「起きるのに手を貸して貰えますか」
「ああ、悪かったな」
素直に謝ってみせると、隣で九凛が自分にも謝るべきではないかと、ぶつぶつ文句を言っている。
差し出した手に、ユミナの華奢でほっそりとして柔らかな感触を感じる。その手を掴み引き起こす……のだが、なぜか放してくれない。
見ればユミナがニッコリ笑ってみせた。
「ふっふっふ。さあ、どうでしょうか触りましたよ。私の作戦勝ちですね」
「流石はユミナね。痛いフリまでしちゃうなんて」
「いえ、そちらは本当に痛かったです」
「……。ふんっだ、それより何をして貰おっかな。むむむっ、悩んじゃうわ」
腕組みをした九凛が悩みだす。
それに対し埴泰が異議を唱えた。
「ちょっと待て。いくら何でも、今のは無効だろ」
「はてさて、どうしてでしょう。私は終わりなんて聞いてませんが」
「だよね、油断大敵ってやつだよね。はい、師匠の負け決定」
「くっ、なんて奴らだ」
文句を言う埴泰であるが、結局のところ負い目があるため逆らえない。そうこうする内に、九凛とユミナは二人して勝手に盛り上がっている。
「私としては、何か食事を奢って貰う方向が良いかと」
「うん、そうだね。あたしは焼き肉が食べたい」
「それは素晴らしい考えかと。ずっと昔に一度だけ食べた事ありますけど、美味しかった記憶がそこはかと」
「うんうんだよね。でもさ、あの時って確か合成肉だったはず。だから、あたし天然肉が食べてみたい。天然牛のお肉を焼き肉屋さんで食べたら最高だよ。」
「流石は九凛。遠慮の知らない事を言って、容赦がありませんね」
「ふっふーん。とーぜんでしょ」
勝手に盛り上がる二人の前で、さすがに埴泰は顔を強張らせた。幻想生物の侵攻に伴う影響は様々な分野に及んでいるが、広い敷地を要する畜産業は大きなダメージを受けているのだ。
「ちょっと待て。天然牛肉の焼き肉が幾らするか知ってるのか?」
今や焼き肉は高級外食の代名詞。
天然牛肉の焼き肉ともなれば、庶民の月収並はするとも聞く。それを育ち盛りの遠慮も知らない相手に食べさせれば、どうなる事か。想像しただけで震え上がってしまう。
「私も具体的な値段までは知りませんけど……どれぐらいか九凛は知ってます?」
「さあ? あたしも詳しくは知らない。ちょっと高めなのかな」
「ケチるわけではないが、せめて合成肉の焼き肉で。それか天然の鶏肉ならどうだ、簡単に手に入るアテがあるのだが」
グレードを下げたあげく、さらには自前で用意できそうな肉まで提案するものの、二人は聞いちゃいない。それどころか――。
「あー、あたしなんだか足が痛くなってきたかも。こないだ、ぶつけたから」
「そうですね。私も胸以外で少し首の周りが痛いかもです」
「うぐっ」
埴泰は脅迫に屈するしかなかった。渋々と頷くが財布の中身を思い出す。
「分かったよ。来週は給料が入るから、それからだったらな」
「「やったね!」」
二人はハイタッチなんぞをしてみせた。
それを見て、まあ仕方ないかと思ってしまう埴泰がいる。その後は、どこの店を選ぶかで話し合いとなってしまい、初回の講義はグダグダに終わってしまったのだった。
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