第十六話 露見ロール

「準備してやって、使って頂いて、片付けて差し上げるか……」

 授業が終われば生徒たちは去って行くだけ。

 しかし埴泰はにやすは実技館に一人残り、後片付けをせねばならない。教材や設備の状態を確認し、必要であれば簡単な修繕。掃き掃除や拭き掃除。内部の点検を行い施錠確認まで行わねばならない。

「誰かが楽すれば誰かが苦労してるって事だぞ」

 何か理不尽に思ってしまうのは間違いだろうか。

 どうしても、美味しいところだけ持って行かれた気分になってしまう。なにせ――目の前には、乱雑に置かれた数十振りもの神器刀があるのだから。

 これを一本ずつ抜き、刃の状態を調べ痛みがないかを確認し、拭きあげ清掃を行い油を塗っておかねばならない。かなりの時間を要すのは間違いなく、ナイスジョークと笑って背を向けたい気分だ。

 とはいえ愚痴っても誰かがやってくれるわけではない。

 やらねば終わらないのなら、やるしかない――なのだが、埴泰は練習用の神器を見つめた。

「ふむ……」

 失った脇差の代わりが用意できるまで一本拝借、と思わないでもない。

 だが、流石にこれに関しては、きっちりデータで管理されているため、それは難しい。そして他にも躊躇ためらう理由があった。

 鞘から抜き放ち手に取ると、垂直に立て腕を伸ばし全体を眺めてみる。

「いまいちだな」

 値段の割りに性能は良いが、やはり以前使用していた脇差と比較すれば一段も二段も見劣りする。そして、生徒たちが練習で乱暴に扱うのだから刀身は傷だらけで刃には小さな欠けすら見られた。

 命を託す武器には心許ない。

「やっぱり、なんとか金を用意して新しいやつを買うしかないか……それはそれとして」

 埴泰は口を閉ざすと軽く集中しだした。

 その周囲で何振りかの神器刀が鞘からするりと抜け出した。まるで、見えざる手に操られるように宙を移動すると周囲を漂いだす。

 間違いなく埴泰の仕業であり、その証拠として――。

「散っ! 斬っ!」

 鋭い声と共に、神器刀が弾かれたように飛翔し標的を斬り裂く。

 それは完全にコントロールされている。神器刀は鋭い動きで舞い踊り、埴泰の周囲を変化自在に飛び回る。鋭い刃の軌跡が幾条もの線となって空を裂き、まさしく攻防一体となった障壁であった。

 これこそが埴泰の持つ能力であり、ひた隠しにしてきた能力であった――当然、声が響いた。

「うわっ凄い! あなたセカンドだったの?」

「っ!」

 全くの不意打ちも埴泰の動きが止まった。同時に宙に浮いていた神器刀が次々と落下し地面に突き立ち、または音をたて転がってしまう。

 埴泰は狼狽ろうばいしきっていた。

 あまりにも迂闊であった。これまで隠してきた秘密を見られてしまった。完全なる油断と不注意。

「もう、九凛がいきなり大声を出すから驚かせてしまいましたよ」

「そりゃそうだけど、でも今の見たら驚くでしょ」

「その点については同意しますけど」

 硬い動きで振り向けば堅香子かたかご九凛くりんが、その隣にはユミナ・シューベルがいた。二人とも軽く驚いているが、その目はキラキラとして興奮しきっている。

 九凛は活き活きした顔で迫ってくる。

「講義の申し込みをしようと思って来たけど……そっか、あなたもセカンドだったわけね。驚いちゃった。あれ? でも、だったらどうして黙ってたの? それにあなたって、ファーストセカンドの赤嶺あかみね伽耶乃かやのより年上っぽいよね? なのに、どうしてセカンド能力があるわけ?」

 人差し指を唇に当て考え込む九凛だが、まさしく頭の上に疑問符が浮かびそうな様子であった。

「ねえ、どうしてなの?」

「…………」

 埴泰が黙っていると、ユミナがポンッと手を叩いてみせた。

「そういえば、聞いた事があります。プロトセカンドと呼ばれる存在がいるって都市伝説を」

「何それ、あたし初耳だけど」

「セカンドを誕生させる途中で生みだされたセカンドって話です。いろんな実験をされたあげく、最後はみんな殺されてしまった赤嶺財閥の闇という話です」

「えっ、そうなんだ」

 バイオテクノロジーを駆使し人体を強化する。そうしたアイデア自体は目新しいものではない。だが、それは簡単な事ではない。過去から様々な組織や団体が研究を重ね失敗し、その中で赤嶺財閥のみが『セカンド』を完成させたのだ。

 そして、セカンドの試作体として生み出されたプロトセカンド。

 それが埴泰の正体であった。

 身体を調整され囚われのまま数々の実験に使用され、十数年をずっと建物の中に閉じ込められたまま、得体の知れぬ薬品や物質を投与される生活。同じ境遇の仲間たちは死んでしまったが、埴泰だけがしぶとく生き残り、偶然存在を知った伽耶乃によって救われたのだ。

「…………」

 埴泰の中で思考が高速回転している。

 マズい。かなりマズい。このままでは――赤嶺財閥に知られてしまう。

 赤嶺伽耶乃に救われたが、それは財閥に対しては気付かれないようにだ。赤嶺財閥自体は敵である。正体が喧伝され捕まってしまえば被検体に逆戻りだ。

 あれは嫌だ。

 それだけは嫌だ。

 絶対に嫌だ。

 脳裏にフラッシュバックするのは、身体と心を苦しめる実験の数々。人としての尊厳を踏みにじられ、苦痛に苛まれる生活には絶対に戻りたくない。

 恐慌状態の埴泰にも気付かず、九凛は両手を腰に手をあて不機嫌顔をする。

「ちょっと何か言ってよ。黙ったまんまだと……ほら、目つきとか恐いじゃない」

「あっ、思い出しました。実は話には続きがあって、プロトセカンドの生き残りは正体を知った相手を殺してしまうそうです」

「うそっ」

 実のところ埴泰が結論づけようとしているのは、まさにそれであった。正体を知られたからには生かしておくわけにはいかない。

「…………」

 埴泰が無言のままでいると、九凛とユミナは次第に落ち着かなげな様子となっていく。互いに顔を見合わせ強張った笑みを浮かべた。

「あはっ、あははっ、そんなはず……ない……よね?」

「冗談は止めましょうよ。かなり怖いですから」

 二人の目が出口に向けられ――逃げる気だと判断した瞬間、埴泰は動いた。

 まず手前にいる九凛を不可視の手で弾き飛ばしておく。そして――ユミナへと迫り、その細首を掴む。

 刃では血が出る。血臭というものは、あれで意外に臭いが残ってしまう。この学園にそこまで鋭い者がいるとは思えぬが、今しがた大きなミスをしたばかりだ。慎重な行動をせねばならない。

「あっ……や……」

 ユミナの口から小さな悲鳴が漏れ、苦しげに悶え両手を振り回し叩いてくる。だが、その程度では埴泰の力は微塵も緩みもしない。

 恐怖と驚きに見開かれた碧眼のなんと美しい事か。乱れた服の胸元が大きく開き胸の谷間も素晴らしい。

 こんな時でも見惚れてしまいそうになるほどだ。

 身近に触れた身体の温かさと柔らかさは心地よく、良い匂いが鼻腔をくすぐる。このまま絞め殺さねばならない事が残念だが、自分の身こそが第一。生きるためには殺さねばならない。

 喉首を掴んだ手に力を込めようとすれば――背中に衝撃を感じた。

「こんのぉっ! ユミナを放せっ!」

 九凛だ。

 小さな身体で精一杯叩いてくるが、その程度はどうって事もない。順番はまだ後だ。もう一度不可視の手で弾き飛ばしてやり、そのまま地面に抑え付けておく。これで安心してユミナに集中できる。

 だが――。

「うぐっ! があああっ!」

 苦しみの声は、埴泰の口からあがった。

 頭を押さえ後退り顔をしかめる。

 誰かによる攻撃ではない。原因は自分自身にある――それはプロトセカンドとしての後遺症であった。

 激しい目眩と頭痛。普段は薬で抑えた症状が、慣れない環境とストレスから激化し発作を起こしたのだ。

 手の力が緩んでしまいユミナに逃げられてしまうが、それを追う事すらできない。ついには膝をつき頭を抑え、動けないまま過去最大級の痛みに打ちのめされてしまう。

 胸ポケットには緊急時に使用する補助治療薬がある。だが……取り出す事が出来ない。今や全感覚が苦痛に支配されていた。

 遠のきだす意識を必死に繋ぎ止める。

 甲高い声と落ち着いた声。思考がまとまらず、言葉が音にしか聞こえない。だれかなにかいつてけんかしておとがあたまにひびいてもうだめだもうおしまい。

 その時――口の中に何かが押し込まれた。

 続いて液体が流し込まれる。それは溢れてしまうが、もう一度流し込まれ今度は柔らかいもので口が塞がれる。ようやく液体と共に何かを嚥下する。

 何が起きてどうなっているか理解できない。

 頬に触れる温かさに反応し、それこそ必死の努力で目を開けてみる。

「もう大丈夫。苦しまなくていいから。ほら、側に居てあげる。もう大丈夫」

「そうだよ大丈夫だから泣かないで」

 二人の少女の顔が視界に入ってきた。

 自分が殺そうとした相手を見つめ、埴泰の混乱は増すばかりだ。

 けれど、何故かあり得ないほど安心する。世界の全てが敵で、警戒していた心が解きほぐされていくようだ。暗い世界に光が差し込むように、何か温かな感情が胸の中へと広がっていく。

 意識が遠のきだすが、今度はそれを繋ぎ止める気さえ起きない。

 安らいだ気分のまま埴泰は意識を手放した。

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