英雄存在 -プロトタイプの守護者に少女は願う-
一江左かさね
第一章 マイ・フェア・リトルレディ
オープニング 青空の記憶
襲い来るのは悪夢から現れたとしか思えぬモンスターの群れ。
甲殻や鱗に覆われた姿もあれば、比翼を広げ飛翔する姿もある。
砲塔が巨人の手によりねじ曲げられ、装甲を粘性生物が腐食させる。吐き出された炎や雷がトーチカを消し飛ばし、鋭い爪や牙が人を引き裂く。
それに抗うべく銃声と砲声が鳴り響き、爆発音が幾重にも轟きをあげる。掻き消され、誰にも届かぬ悲鳴は数えきれぬほど。
それでも人は戦い続けていた。
青い空に白い雲。まばゆく輝く太陽。
幾筋もの黒煙が高く舞い上がる空をワイバーンやハーピーが舞い、それを幾条もの対空機銃の銃弾が交差するように追いかけていた。何体かは撃墜されるが、それらは怯む様子もなく急降下を繰り返している。
そんな主戦場から少し離れた区域。
爆発の孔から黒煙が立ち、辺りには煤の臭いが漂う。軽い戦闘が終わった直後と言った雰囲気だ。
元は住宅街だっただろう。
今では焼け焦げた柱や壁の一部が残った瓦礫の山や、辛うじて原型を留めた崩れかけの家屋などが点在するばかり。道には半ばで折れた電柱が電線を垂らし、横転した車両や自販機などと一緒に塞いでいる。
「第三三小隊前進だ! 早くしてよね!」
擱座し放棄された戦闘車両の陰で年端もいかぬ少年が声を張りあげた。
戦闘帽の下にある顔には幼さが残り、戦闘用の装甲服を着た体は華奢なもの。おそらくは十代の半ばほどで、神経質そうに遮蔽物とした金属塊を叩きながら足を踏みならす。
周りに待機した兵士たちは、片膝立ちの状態で顔を見合わせた。
その戦闘用ヘルメットの中にある顔はシミと皺のある老いたものだ。甲冑のような白い装甲服ばかりが頑丈そうに見える。
兵士たちは老人ばかりであった。
気弱そうに
老人たちは無理矢理徴兵され、戦場に送り込まれてきたのだ。最新鋭のパワーアシスト機能付き装甲戦闘服、強力な威力の小銃。そんなものを与えられたとはいえど安心など少しも出来るはずもない。
互いに目を合わせると、その中の一人がもそもそと反論しだす。
「いんや、しかしのう少尉殿。通信では儂らの隊は後方陣地に合流しろと――」
しかし少尉と呼ばれた少年は、顔を真っ赤にさせると何度も足を踏みならした。
「うるさい黙れ、いやとか言うな!」
「がぁっ……」
「そこのお前もだっ!」
「ひいいいっ……」
少年少尉が声を張りあげ小さな端末を操作すれば、老人兵は次々と悲鳴をあげ仰け反った。装甲服内部に流される懲罰用電流のせいだ。顔色を紫にさせ、口から泡状の唾液を垂らしている。
この小さな暴君に、他の兵士たちは怯えの色が隠せない。
「あのさぁ、僕言ったよね。前進しろって。お前ら大人は黙って命令に従え――」
その時、撃墜されたワイバーンが付近に墜落した。だが、まだ生きている。青い液体まみれの翼を動かすと、放置された車両を爪で引っ掻きもだえ苦しむ。
「何やってんだよ、撃てよ! 早く撃てよ!」
少年少尉の悲鳴のような指示により、唖然としていた老人たちは我に返った。
「了解しましたじゃ。ほんなら皆の衆、攻撃じゃい」
「お前さん安全装置が外れとらんがな」
「ほうか? こっちに銃口を向けんでくれ」
もたもたと老人兵たちが銃撃を行い、辛うじてワイバーンにトドメをさす事に成功した。
「よし、やったぞワイバーンの撃墜スコアは貰いだ。いいか、このまま進む。もっともっと敵を倒して、僕の為にスコアを稼ぐんだ!」
少年少尉の言葉に老人兵たちは何か言いたそうだが、懲罰を恐れ何も言わない。仕方なく命令に従い動きだそうとすると――そこに何者かが走り込んできた。
地面の上を滑りながら勢いを殺し止まるのは、青い装甲服を着た男であった。
顔立ちは青年期を過ぎた程度の、目付きの悪い無愛想なものだ。
「こちら第三三小隊ですか。古城軍事会社所属の
その言葉に老人兵たちは安堵の声を漏らした。しかし、少年少尉は幼さの残る顔を紅潮させた。まるで駄々っ子のように
「うるさい駄目だ。僕らはこれから前進するんだ、邪魔をすんな」
「後方陣地での合流ってのは、ばらけた戦力を一旦集結させる目的だと思いますが。そこから一斉攻撃をする計画では?」
「大人のくせに偉そうに言うなし。ここで前進して敵を倒さないでどうすんの」
根拠のない意見に、周囲の動きや状況が見えない観察力。これほど厄介な者は無いだろう。それが実力を伴わないまま部下を率いているとなれば、最悪だ。
埴泰は小さく息を吐き、遮蔽物にされている戦闘車両を手の甲で叩いてみせた。硬質な音が響く。
「ほら、このダンゴムシを見て下さい」
ダンゴムシの愛称で親しまれるのは、
「この付近にヤバイのがいるって事でしょう」
「馬鹿じゃないの? もっと広い目で状況判断してよね。上空のドローンで確認させてあるんだ。近くに、そんな敵は居ないね。ははっ、もしかして臆病風に吹かれちゃったとか?」
「ドローンで全てが確認できるわけでは――」
「うるさい黙れ。もういい、引っ込んでろよ。僕がこの第三三小隊の指揮を執ってんだ。前進だ、突撃して撃墜スコアを稼げ!」
少年少尉はますます自分の意見に固執し、考えを絶対に曲げようとしなくなる。やむなく老人兵たちは再び重い腰をあげ、猫背気味の姿勢で歩きだした。
皺だらけの顔は息も絶え絶えの様子。
強いストレスで心臓が止まりかねないが、生憎と装備には自動AED機能が組み込まれている。先程の懲罰電流の後でも作動したように、極力生かしてくれるだろう。
ふて腐れた少年少尉はわざとらしくそっぽを向き、埴泰とは目を合わせようとはしない。軍から小隊の支援を依頼された埴泰が行動を共にしようとすれば――。
「お前は付いて来んな、あっち行け。いーだっ!」
振り返った少年少尉は、顔をしかめて歯を見せる。それはまるで子供の幼稚な態度だ。実際子供なのだが。
呆れた埴泰であったが、すぐに表情を引き締める。
「むっ!」
突如――前方の家屋が崩れだせば、その中から巨大な姿が立ち上がったのだ。
屋根や壁などの建材が飛散し、付近にいた老人兵たちが次々と逃げ惑う。
ぶるりっ、と大きな身体が動かされると、残っていた木片やガラスが辺りに降り注ぎ、激しい雨のようにバラバラと音をたてる。
現れたのは、人の三倍ほどもある青い肌の巨体。頭は猛牛、上半身は人間、下半身は牛。手には巨大な戦斧がある。
「そんな馬鹿なミノタウロス!? ドローンじゃ確認できなかったのに、なんでどうして」
パニくった少年少尉が騒ぐ間に、老人兵たちは果敢にも立ち上がると小銃を構え一斉攻撃を開始。ここで戦わなければ死ぬと分かっているのだ。次々と吐き出された薬莢が甲高い音をさせ地面で跳ねる。付属のグレネードが発射され巨体の表面で爆発を起こす。
だが、大した効果は無い。
――UuMOU!
力強いが間の抜けた雄叫びが響き、巨大な戦斧が振り回された。
その一撃によって固まっていた老人兵たちは一瞬で叩き潰されてしまう。装甲服など何の役にも立たず、恐らくは痛みすら感じる事もなく死んだだろう。
地を穿った一撃の衝撃によって周囲の者はバランスを崩し、装甲服の姿勢制御でも耐えきれず転倒してしまう。そのまま観念してしまうと、目を瞑り念仏を唱えだしているではないか。
埴泰は小さく息を吐いた。
「言わんこっちゃない」
手榴弾を取り出すと軽い仕草で投げつけた。それは不思議なほど見事にミノタウロスの顔面へと飛んで炸裂した。悲鳴をあげる相手へと、さらにサイドスローで次の手榴弾を投げつける。
またもや見事すぎる軌跡を描き飛んで、牛の足をした股の間で炸裂。
――NnMOU……。
ミノタウロスは悲痛な悲鳴をあげ、股間を押さえ膝をついた。
「さあ今の内に逃げる。後退するんだ」
言って埴泰は、茫然自失となっていた少年を引っ掴み走りだした。
子供なんて嫌いだ。特にこんな小生意気なガキは大嫌いで、見捨てたって構わない。しかし仕事なので、このまま牛の餌にするわけにはいかないのだ。仕方なくでも助ける必要がある。
生き残った老人兵たちは即座に従った。
「逃げちゃ駄目だろ。チャンスだ! このまま倒せばMVP間違いないよ!」
「それは構わないが、勝てると思うのか?」
「え?」
抱えられたまま少年は見た。
ミノタウロスは片目から血を流し、巨大な鼻の穴から激しく息を吐き怒り心頭。股間を押さえた内股のまま、まさに猛牛の迫力で追ってくる。先程まで遮蔽物にしていたダンゴムシなど、いとも容易く蹴散らされていた。
ついでに言えば、背後には新手のモンスターが出現しつつあるではないか。
「お前のせいだ、僕は知らない。お前がやったんだ何とかしろ」
理不尽な事を喚く少年を放り出すべきか埴泰は悩んだ。しかし、幸いな事に結論を出す前に問題は解消された。
迸る閃光。
戦場を駆け抜ける一条の光。
その光の奔流はミノタウロスの上半身を消し飛ばす。さらには、背後で出現しつつあったモンスターの群れに吸い込まれ、爆発と共に消滅させてしまった。
「おおっ!」
誰からともなく声が上がった。
兵士たちの視線は後方陣地に設置された外壁へ向けられる。そこに凛として立つのは――真紅の装甲服を付けた女性。
遠くからでも分かる可憐さと凜々しさを兼ね備えた姿は、装甲部分が少なく胸部と腕や足回りを覆うぐらい。特に腰回りはスカートとなった事が特徴的だろう。
彼女は手にした剣を掲げた。
それは陽光を浴び燦然と輝き――振り下ろされるや光の奔流が放たれる。
モンスターの群れの中でまたしても激しい爆発が起き、多数が消し飛んだ。
轟くような歓声が陣地からあがり戦場に鳴り響く。戦場の瓦礫の間から兵士が顔を出し、やはり口々に彼女を讃え歓声をあげた。
「やった、あれは
少年少尉は声を張りあげ、大はしゃぎだ。気付けば周囲の老人兵たちも足を止め、拳を突き上げ、万歳の声をあげていた。
機を逃さず陣地から部隊が出撃すれば、士気も高くモンスターの群れへと攻撃を開始。銃撃の勢いは増し、砲撃の頻度も増す。誰もが生存と勝利を確信し、勝ち馬に乗って功績をあげようと躍起になっているらしい。
そして、赤嶺伽耶乃と呼ばれた女性は、高い壁から軽々と飛び降りると走りだし、舞うように鮮やかな姿で広大な戦場を縦横無尽に駆け抜ける。あちらこちらの隊を助け支援し、人類を勝利に導こうと奔走しているのだ。
こちらにも来た。
埴泰が軽く手を挙げれば、彼女は大きく跳躍しながら視線を向け、少女めいた顔で笑ってウィンクしてみせた。
「今の見たか!? 赤嶺伽耶乃が僕を見てた、間違いない。僕を見てた!」
「そりゃ凄いもんだ」
「当然だね。お前みたいな下っ端と違って、僕は選ばれた者だからね」
少年少尉は大興奮となり、先程のミノタウロスより鼻息が荒いぐらいだ。
それはまるで憧れのアイドルに出会ったファンの様子だが、実際にそうな気分なのかもしれない。
「よぅし、僕たちも突撃するぞ。第三三小隊、反転して攻勢にでる!」
今やそれに反対する老人兵はいなかった。士気も高く小銃を構え走りだす。
皆が勇んだ中で、埴泰は足を止め一歩引いた状態だ。
「あいつ最近デスクワークばっかとか、ぼやいてたからな。さては、ストレス解消で暴れてるのかね」
見つめる先は、もちろん赤嶺伽耶乃だ。
しかし直ぐに視線を逸らす。
「それにしても、モンスターに英雄存在に戦争か……何が何やら」
子供に指示され戦わされる老人たち、荒れ果てた街並みを
埴泰は深々と息を吐くと、大きく天を仰いだ。
変わらぬのは、青い空に白い雲。まばゆく輝く太陽。きっとこればかりは、これから先も変わりないのだろう。
そして月日は移ろう――。
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