7回目のReスタート

玖羅覇士 極

プロローグ

「どっせぇぇっい!!!」

「アブッフォッ!?!?」


…ベシャッ!

 真っ暗な空間で華麗なるアッパーをお見舞いされ後ろへと倒れる。

いやいやいきなりどうした??と思うかもしれないがご安心。私も突然の事で何がなんだかさっぱりだ。

ようやく私が殴られたと気付いたのは地面に転がってから数秒後。この不思議真っ暗空間では衝撃こそ感じるものの痛みは感じないおかげですぐさま起き上がる。


「待って!女の子殴るとか酷くない!?」

「見た目は男だろうが!」

「心は女の子なんですけど!!!!!」


拳を高く上げたまま私を見下す私。訂正、見た目は私、中身は別人の男。ややこしい?ちょっとまって、こんな状況ですがちょっと説明させて下さい・・・



・・・


 私は2018年に生きる、いや生きていた32歳のしがない女。

婚期は置いておいてそれ以外は結構満足した人生だったと思っている。仲良しの友人達、同僚、元気すぎる親、ちょっと腹立つ上司。有給もちゃんとしてくれる職場。

 もう少し給料が高ければ言う事無しだったが今いう事ではないので割愛。

そんな順風満帆な生活をしている中に現れたのが赤い瞳に黒髪短髪の似合う二次元でしか見られないと思っていた白い軍服のイケメン男子。

 

彼との出会いは夢の中。

 ロマン溢れる出会いじゃないかだって?そんな訳ない。彼は偶然私の夢にお邪魔します!と元気よく窓に体当たりするようにガシャーンッと入ってきた衝撃は今でも覚えている。

彼の名はアルデリヴィ・ルクス・ファルデルス。長いし言い辛いのでアルと呼んでいる。

 アルは今いる真っ暗空間を私の夢と自分の夢を強制的に繋げた通路だと教えてくれた。窓を割るように入ってきたのは互いの夢が干渉しあわない為に無意識に作られている壁を無理やりこじ開ける為だと言うのだから何してんのお前と言った私は悪くないと思う。

 出会いは最悪、しかしこれは夢だと思い何故こんな事をしたのか話を聞いてみる事にした。良かったな私が優しい(強調)性格で!

 長い話を聞いてみると、アルがいる世界は私が暮らす世界とは無縁の魔法が使える世界らしい。そんな馬鹿な、夢だからか!と思って納得したが目の前で炎の玉や水が湧き出てきたので信じるしかなかった。(目玉が飛び出るかと思った)

 話の中でアルは悩みを打ち明けた。それは魔法を使わない世界で静かに暮らしたいという。それが私の夢に干渉してきた理由とのこと。

羽織っている服から見てやっぱりなと思ったがアルは良家の生まれで更に三男坊。土地あり金持ち容姿良し。非の打ち所がない位のお貴族様。そのお貴族様の屋敷にある図書室の一角にはファンタジー小説が多く揃えられており、魔法を使わず機械を駆使して生活するという本が何冊も存在し、心を奪われたという。

アルは幼少の頃にその本に出会い、魔法のない世界に憧れとうとう別世界へ移動するという魔法を編み出し現在に至るというわけだ。

可笑しい。何だその行動力・・・っていうかあっちの世界にとって魔法の無い世界=ファンタジー枠なのか・・・


 ここまで色々とツッコミをしたが、私の心は揺れている。とても魅力的な誘いだ。今後絶対に無い甘い誘い。

私は考えた。けれどすぐに放棄した。だって魅力的過ぎるのだ。掌を掲げるだけで出てきたあの炎が、水が!

 まるでゲームの主人公が力を授けられるようなそんな感覚に陥った。無論私が主人公!だなんて烏滸がましい事は考えない。ただ、魔法が使いたい。自分だけの魔法を使ってみたい。

 今までの32年間すべてを放り出してまでやりたい事なのだ。

何しろ私はゲームが好きだ。バレていると思うから胸を張って言うがゲームが大好きだ!漫画だって好きだ!絵だって描いた、小説だって書いた。グッズも買った、ほかの神々が書く素敵な絵や小説を読みふけった。ゲームの中で使われた魔法の詠唱を唱えてみたり、ポージングだってしたことだってある。

 つまり、最初から拒否の答えは無い訳だ。


「いいでしょう。私とアルは同じ悩みを抱えている仲間」

「なっ…と、と言うことは…!?」

「私でよければ喜んで」


 この時私は今まで生きていた中で一番輝いた笑みをしたと思う。




 お互いの利害が一致し握手を交わした後、アルと私は中身…つまり魂だけを交換した。

アルの中には私が入り込み、私だった中にアルが入り込んだ。聞いたことの無い言葉で長い呪文を唱えた直後に眩暈がやってきて気付いた時には入れ替わり。

 あまりにもすんなり事が運んで正直拍子抜けしたが目の前で飛び跳ねて喜ぶ姿を見たら入れ替わって良かったなと冷静に思ってしまった。

 そういえば昔友達と遊びに行った時に好きだったゲームキャラのグッズをようやく手に入れた時同じように飛び跳ねて喜びを表した事があったが、友達から見たあの時の私ってこんなのだったのか…ちょっとこれは引く…笑顔で良かったね。と言ってくれた心の広い友達よありがとう。

 

 喜びの舞を終え息を整える残念な自分の姿を眺めながらある程度自分も体を慣らす為に動くが違和感は高い身長から見る視界位なものでさほど変わりはなく、慣れたら何も思わなくなるだろう。

 さて入れ替わった事により心配なのは互いに生活ができるかどうかである。

これに関してはお互いに努力するしかないという完結すぎる考えが返ってきて頭を抱えたくなってしまった。

 きっと体が覚えているだろうから大丈夫大丈夫!と元気よく返事をしたアルに殴りたくなってしまったがそこは我慢。耐えろ私。

 お気楽な考えしか返してこないアルに今更ながら不安しか無いが、なってしまったものはしょうがない!ここはもうなるようになれ精神でいくしかない。

 

 せめて一言位苦言を言わせてもらおうと口を開こうとすると、今まで笑顔だったアルの表情が一瞬で真剣なまなざしに代わる。

 短く放たれる時間という言葉。

この真っ暗空間が互いの夢の中である事を再確認するには十分すぎる言葉で、きっとどちらかが現実世界で起きそうなのだろう。

 起きてしまえばこの空間は無くなり元の世界とはおさらばする瞬間でもあるのだ。ようやくその自覚を持てた時、胸が締め付けられる程悲しくなった。

 32年は長い。

いくら不満があれど愛着という物は存在する。友達にも親にも私の言葉でさよならを言う時間がなかった。外見は私だが中身はまるっと別人で、どれだけ求めようと今後言葉を交わす事は無い。

 目頭が熱くなる。泣くな。これは私が選んだ道じゃないか。今泣いてしまえばアルに失礼だ。

 涙が出そうになるのを堪えていると胸元に軽く衝撃が走る。

アルが軽く拳で叩いてきた。

 痛くもないのに口から思わず痛いと放たれる。ボロリと涙が出てきてしまい拳の上に落ち慌てて袖で拭うと今度は正面から抱きしめられた。

 胸元に顔を押し付けられ表情こそ見えないが小刻みに震えている肩を見て、反射的に私も抱きしめた。

 あれ、私の体ってこんなに小さかったのか…いやアルがでかすぎるだけか。

最後の最後でこんな事実知りたくなかったなぁと思わず笑えば涙と鼻水が垂れ流しの汚い顔が勢いよく見上げてきた。

 

「ありがとう。俺の願いを叶えてくれて」

「それはこっちの台詞だよ」

「お互いに良い人生になる事を祈る」

「うん。最初は不便だと思うけど頑張ろうね」

「あぁ…だが楽しみの方がでかい」

「私もだよ」


再びアルが顔を埋める。見納めになった私の顔は心の中に封印しておこう。

 最後だからと強く抱きしめれば、唐突に眠気に襲われた。寝ているのに眠いって何なんだ。だがこれが夢から覚める感覚というものなのだろう。

 背中に回されていた腕の力が抜け寄りかかってくる体。その場にゆっくりしゃがみ込み、横たえらせると今度は首根っこから後ろに引かれる感覚が襲う。

 あぁ、そういえばココは本来であれば私の夢の中だった。入れ替わった事により持ち主が変わり異物になった私を排除しようとしている。

 アルが起きるには私はいなくならなければいけない。

無理やりこじ開けられた穴は私がいなくなる事で閉じるのだろうか…まぁいい、そこらへんは開けた本人にどうにかしてもらうしかない。

 私はもう眠いのだ。起きなければ。

ズルズルと引っ張られる体。何に引っ張られているのだろう。もう目が開けられなくて確認はできないが、怖くないからきっと大丈夫。

 エレベーターに乗った時に感じるあの浮遊感が全身を駆け巡った時、私の意識は飛んだ。

 


・・・・・





ここまでが回想だ。長い事付き合ってくれてありがとう。しかしもう現実逃避が出来なくなってきたのを察してほしい。

額に似合わぬ青筋をたて高く伸びた腕をゆっくりと下ろすアルの動作に恐怖しか湧き出てこない。

 女って怒ると怖い!!!!私も女だけど!

仁王立ちにかわり背後には般若が浮き出ているようにしか見えぬオーラを纏い見下ろす姿はまさに鬼。

 泣いて抱きしめさよなら現世ようこそ異世界を経験し、もう二度と会う事はないだろうと思っていた人と再会。ここまではいい。また会えたね!で済む話だから。

だがそれも7回目となれば話は別になってくる。そう、7回…されど7回。

縁起の良い数字にガッツポーズなんて出来るはずもなく私はただアルの目の前で震えあがり土下座をするだけの簡単な仕事しかできない。

 

「俺は6回目まで口が酸っぱくなる位言ったよな?この空間に来てしまう理由を」

「はい、教えて頂きました…」

「さて問題です、俺はなんと言っていたでしょうか」

「こ、この真っ暗空間は本来一度きりの筈だった、結局俺が開けた穴を塞ぐことは出来ず縁は繋がったままになってしまったが再び来るにはもう一度同じ呪文を唱えるか通り抜けるには不必要な肉体を捨て魂だけを飛ばすかのどちらかしか方法はない筈である…です…」

「つまり?」

「死にました」

「なんでまた死んでるんだ!7回だぞ!?普通そんなに死ぬ事は出来んぞ!!!」

「今回は長生きできると思ったんです!本当です信じて!!」

「知るかぁ!!!今回の死因は何だ!?」

「ドラゴンに喰い殺されました!!」


 後頭部に凄まじい衝撃。好きで死んでいる訳ではないのに酷すぎる仕打ちだ!

頭上から聞こえる長い溜息。今回のアルはご立腹でご機嫌とりは難しそうだ。私が今の世界に戻るにはアルに協力してもらって特定の条件をクリアしなければずっとこの夢の世界に取り残されてしまうだろう。それだけは勘弁してほしい。

 まずは意思表示をしなければ。誠心誠意毎度のことながら死ぬ予定は一切無かった事を伝え許しを貰いまずはそこから始めなければ。

 

 さて、それでは謝罪を始めよう。

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