まもりさわとモブくん

@wannab_01

蛇足

学院に通うこと通算3度目の冬を越え、ついに卒業式を迎えた。俺は大学進学を機に他県へと引っ越す予定となっていた。自分の進路が決まる頃になると千秋とのやりとりは一切なく、友情というものは環境の変化により自然消滅したのだと考えた。

しかし、俺の中ではまだ中学時代の輝かしい『あの頃』の思い出が尾を引き、最後に引越しの報告を兼ねた挨拶をしようと彼を探す。


彼を見つけるのに時間はかからなかった。周りには千秋のファンである女子が多数集まり、その輪の中心には流星隊のメンバーと涙を流す千秋の姿が見えた。自分の知らない彼らと感極まって悲しいのか嬉しいのか、感情をごちゃ混ぜにした表情で何かを話す千秋の様子は初めて見た。

それを見て、挨拶は取りやめることとした。あの感動的なシーンに水を差すのも無粋である。そもそも、ほぼ3年間、お互いろくに会話もなかった。今更行っても気を使わせてしまうだけである。さらに言えばあの輪の中心に入る勇気なんて、もうなかった。


卒業の悲しさとは別に涙が浮かび上がる。自分はこんなにも面倒くさい奴だったのだろうか。今まで自然消滅してきた友情なんていくらでもあるじゃないか。


一刻も早く立ち去りたかった。

俺は何かから逃げるように卒業式終了後、大学進学のため引っ越した。

それを機に、メールアドレスと電話番号も一新した。今でも親交のある友達には引越し先と変更したアドレスと伝えた。

千秋には特段、変更連絡は行わなかった。



大学も卒業し、今では社会人として毎日を過ごしている。荒れ狂う社会の波に揉まれながらもある程度、現在の生活に慣れてきた。

帰りはいつも遅く、深夜番組を流し見しながら夕食を済ませ、眠りにつく。そんな日々が続いていた。

今日だっていつものように何気なくテレビをつける。深夜にも珍しく生放送番組だった。今時の若手を集めて彼らを売り出して行く趣旨の内容であった。

今は『自分を支えてくれた人』そんなテーマで話が進んでいく。俺はテレビを耳で聞き、スマートフォンを操作しながら夕食を食べている。今時の若手たちの回答としては自分を支えていたのは両親だったり、同じユニットのメンバーだったりと、ありきたりな内容が続く。番組を流しておくには丁度いいぐらいどうでもいい内容であった。


『うむ!ついに俺の番だな!待ちわびたぞ!』


聞き覚えのありすぎる声に思わず画面を凝視してしまった。

──千秋だ。

アイツ、ついに本当にアイドルになれたのか。

俺は自分でも気づかぬうちに安堵していた。

昔の友達のよしみである、夢が叶ったのであれば勿論、自分だって嬉しい。


『俺は──そうだなぁ。ここは中学、高校時代の友人を挙げたいと思う』


画面に映る笑顔は『あの頃』から何も変わっていない。それでも、千秋は画面の向こう側の世界の住人で、俺はカメラの向こうの大衆にすぎない。本当に遠くへ行ってしまった。俺はもう追いつけないし、絶対に向こう側へ行くことが出来ない。


『今ではもうその友人は俺のことを友達と呼んでくれはしないだろう。それでもアイツは俺の夢を一番最初に応援してくれたのだ』


『俺は当時、ユニットのリーダーとして隊員たちの先頭を走っていた。若かった俺は無我夢中で先導するだけで精一杯だった。立ち止まって後ろを振り返る余裕すらなかった』


『こんな俺について来てくれたメンバーには感謝している。しかし、高校生の俺には闇雲に先頭を走り続ける事は辛かった。大変だった。だが、ついて来てくれている彼らのためにも走り続けなければならぬとがむしゃらに前を向いていた』


『そんな、ふとした時にその友人との思い出がよぎる。友人は俺の夢を応援し、さらにはファン第1号と言ってくれた。…そうやって、輝かしいあの頃の思い出に浸っていると『アイドルの守沢千秋』ではなく、『ただの高校生守沢千秋』に戻れたような気がした』


『俺と友人は対等であった。彼がいなくてはここまで走りきる事は出来なかったと思う。』


『だからこの場を借りて謝罪したい』


『あの時の俺は自分勝手でずっとお前が俺の隣を走ってくれると思っていた。でもそれは自己中心的な俺の考えであって、本当にワガママだったと思う。勝手に思い込んだ結果、俺は愛想をつかされてしまった。それも当然だ。今思えば、俺は友人を置いて行ってしまった。目指す場所も目的も何も伝えていなかったからな』


『だが、信じてほしい。お前とは『友達』でいたかった。これは本当だ。しかし、あろうことかお前を俺にとっての『大衆』にしてしまった。すまない。謝って許されるかはわからない。これがお前に届いているかもわからないが、この場を借りて俺はお前に謝罪する』


番組内は静まり返っていた。

それもそうだ。生放送番組でこんなこと言われたら番組プロデューサーも千秋のマネージャーも所属している事務所も騒然としているだろう。

きっと台本ではちゃんと用意されたものがあったはずだ。きっと両親だったり、学院に通っていた頃、所属していたユニットのメンバーや転校生のプロデューサー宛に。

俺への謝罪ではなく、彼らへの感謝の場にすればいいものを。


それに、千秋の言っていることは間違っている。

千秋が俺を置いて行ったのではない、俺が付いて行けなかっただけなのだ。

彼が俺を大衆にしたのではなく、画面の向こう側、ステージの外側の様な『大衆』を望んだのは自分自身なのだ。俺では千秋の隣に立って並ぶことが出来ない。

これでよかった。俺とお前では不釣り合い。これぐらいの距離感で丁度いいぐらい。

だから、謝らないでほしい。むしろ、謝らなくてはならないのは自分の方である。勝手に足を止めたのは紛れもなく自分自身なのだから。


久々の再会にそんな贖罪のような眼差しではなく、あの頃のような笑顔を見たかった。



俺はあの夏が似合う太陽に焦がれていた。あまりにも遠くで綺麗に燃えるものだから、昔からそれを見ていることしかできなかった。


手を伸ばせば本当は届いていたのに。




おわり

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