永遠の今日

「ごめんなさい、アルド。魂石ソウルジェムの願いをかなえる力を、勝手に使ってしまって」

「おいおい、その石ころに本当にそんな力があったのかよ?」


 顔をしかめるゼノスに、わたしは黙ってうなづきます。


「いったい、どんな願いをかなえたのかな」

「ほかの三人が天幕を張っているあいだに、わたしとノーラがこの魂石のそばでひとつづつ願いごとをいったの。わたしは『今日この日のことを、ずっとおぼえていますように』、ノーラは『このすばらしい日が、いつまでも続きますように』って」

「なるほど……その願いがかなった結果が、今なのか」


 わたしはほんとうに今日がくり返されているのか確かめるため、あえて一度目の今日とおなじことを願いました。すると思ったとおり、ノーラも一度目の今日とおなじことを言ったのです。 

 アルドは腕組みをすると、真剣な表情になりました。


「整理してみよう。まず、ノーラのこの日がいつまでも続きますように、という願いによって、今日がくり返されている。そしてリズのこの日をずっとおぼえていますように、という願いによって、リズだけは一度目の今日のことをおぼえていたというわけだ」

「なんてこった。じゃあ、このままだと、永遠に今日がくり返されちまうじゃねえか。いつまでたっても明日がこないんだろ?」

「ゼノス、ごめん!あたし、ほんとにその石が願いごとをかなえてくれるなんて思わなくて、ついうっかり……」


 目に涙をうかべながら、ノーラが声をふるわせます。


「ノーラのせいじゃないよ。もともと、魂石ソウルジェムにお願いしてみようって言ったのはわたしだから」

「おまえのせいかよ。わがパーティーの聖女さまもアルバスカではじゃま者扱いだったらしいが、そういうよけいな事ばっかりしてたからだろ」

「ゼノス、すこし落ちついて。ぼくたちにはまだ希望はのこされているはずだよ」

「あの、どういうこと?」


 おずおずときいてみると、アルドはほほえみながら答えます。


「まだこの魂石ソウルジェムには五つの星がまたたいている。残りの五つの願いをつかって、今日のくり返しをとめてしまえばいいだけだよ」

「そういわれてみりゃそうだな。この魂石に願いをかなえる力があることはわかってるんだから、こいつを使えばいいというわけだ」


 ゼノスが感心したようすで言いました。いつも態度の大きいゼノスも、アルドの知恵にだけは一目おいているのです。


「さて、じゃあこのオレ様がそこの二人のまぬけな願いを解除してやるとするか。この魂石のそばで願いごとをいえばいいのか?」

「わたしのときは、手をふれながらお願いしたよ。そしたら、魂石がすごく明るく光った」

「こいつが光れば願いが聞きとどけられたことになるってことだな。よし、じゃあ言うぞ」


 ゼノスは大きく息を吸いこみ、大きな手で魂石をつつみます。


「今日をくり返すのはなしだ。今夜寝たら、あしたが来るようにしてくれ」


 しかし、魂石はゼノスの言葉に反応しません。


「くそっ、どうなってるんだ。言い方がまずいのか?」

「ゼノス、もっと短い言葉でお願いしたほうがよくないかな」

「わかった。じゃあこれでどうだ?今日をくり返すのはもうやめろ」


 アルドの助言を受けたゼノスの願いにも、やっぱり魂石は反応しませんでした。


「じゃあ、僕がお願いしてみよう。──時の流れをもと通りにしてほしい」


 魂石にふれながらアルドがいいますが、それでも魂石は光ることはありません。


「おかしいな。トグリル、僕に代わってやってみてくれないか」


 トグリルが進みでると、骨ばった指を魂石にのばしながら、「トグリル、あしたの太陽、見たい」と、とつとつと言いました。しかしそれでも、魂石のなかで、五つの星が静かにまたたいているだけでした。


「あたし達の願いをぜんぶ取り消して!」

「今日は一度だけでじゅうぶんです」


 ノーラとわたしも、表現を変えながらなんどもお願いしてみました。でも、魂石はだれの願いごとも受けつけてくれませんでした。


「ちくしょう、なんなんだよこの石ころは?どうしてもオレたちを今日という日に閉じこめなきゃ気がすまねえっていうのか?」


 ゼノスがこぶしで地面をたたくと、ぐらぐらと大地がゆれました。大陸一の戦士の力とは、それほどのものです。


「これはすこし、立ちどまって考えてみる必要がありそうだね」


 アルドの言葉に、ゼノスが眉をつりあげます。


「そんなことしてるうちに、夜が明けたらどうするんだ。また今日がはじまっちまうぞ」

「ゼノス、どうしてぼくたちの願いごとはかなわないんだと思う?」

「知るかよ。それがわらねえから困ってるんだろうが」

「今、僕たちはどうも、力んでしまっていると思わないかい?」

「たしかにそうかも」


 思わず、そんな言葉が口をついて出ました。私たちはずっと、むりやり魂石に言うことをきかせようとしているような気がしたのです。


「何がいいたいんだよ、アルド」

「つまり、リズとノーラが願ったことは本当の願いごとで、僕たちが願ったことはいつわりの願いなんじゃないか、ということだよ」

「ニセの願いだと?そんなわけがあるかよ。今日がくり返されたら、みんな困るだろうが」

「本当にそうかな?きみは心の底から、明日がくればいいと思っている?」

「それは……」


 ゼノスはばつが悪そうに顔をそむけました。


「ゼノス、きみはもともとヴィルサスの山賊だったよね。グラニコスを倒したあと、どうやって生きていくつもりなんだ」

「魔王の首をヴィルサスにもって帰れば、オレは勇者の称号をもらえるだろう。豊かなくらしができるくらいの土地だって与えられるさ。あとはそこでのんびりと生きる」

「勇者であるきみを、ヴィルサス王国がほうっておくと思うのかい?グラニコスがいなくなったら、ヴィルサスはアルバスカとまた戦争をはじめるよ」

「それは……そうかもしれんが」


 アルドの言うとおりでした。ヴィルサス王国とわたしの生まれたアルバスカ連枝国はウィルダニア大陸を二分する強国ですが、ここ15年ものあいだ、国境地帯の鉄をめぐって戦いをつづけていたのです。魔王グラニコスの脅威をまえに、今は一時的に休戦しているにすぎません。


「ヴィルサスの貴族たちは、成り上がりのきみをこころよく思わないだろう。きみの勇敢さを買うふりをして、いちばんきびしい戦場に送りこむかもしれないね」

「オレが始末されるってのか?」

「そういう危険もあるということだよ。それを予想しているからこそ、きみは明日が来てほしくないんじゃないのかい」


 アルドに押され、ゼノスはだまりこんでしまいました。自分の未来がどうなるか、うすうす気づいていたのでしょう。


「で、でも、他の四人もみんな、明日がきてほしくないって思っているなんて」

「リズ、きみのさずかった癒しの奇跡は、きみに何をもたらしたのかな」

「わたしは……」


 わたしは何もいえなくなりました。わたしが十五の年にさずかった癒しの力により、わたしは「神の嫁」とよばれるようになりました。でも、それがわたしの苦難のはじまりでした。わたしの癒しの力はあまりに強すぎて、ひとたびわたしが祈りをこめると、町ひとつのけが人や病人がみな治ってしまうのです。

 わたしはアルバスカの人たちの感謝とひきかえに、わたしに仕事をうばわれた医師や神官の恨みをかうことになりました。ついにはわたしは教会から異端だときめつけられ、国を追われてしまったのです。


「ノーラ、きみはどうかな?魔王のいない世界に、きみの居場所はあるのかい」


 ノーラは長い耳をしおれさせながら答えます。


「あたしは人間からはいみ嫌われているし、ケモノもきみわるがって仲間にいれてくれない。獣人は禁忌の魔法実験で生みだされたってことになってるからね。この旅がおわったら、あたしはまたひとりぼっちになる」

「ノーラ……」


 肩をおとすノーラを見ていると、鼻の奥がつんとしました。

 この日がいつまでも続いてほしいのは、ノーラの心からの願いだったのでしょう。


「きみはどう、トグリル?」

「トグリル、よくわからない。ただ、皆とすごした毎日、楽しかった──と思う」

 

 無口であまり自分のことを話さないトグリルにも、なにかかかえこんでいるものがあるようです。


「ぼくもまあ、似たようなものだ。実は、ぼくは『にえの魔法使い』だからね」

「おまえが?いったい何をさしだしたんだよ」


 ゼノスが目を丸くしました。にえの魔法使いとは、魔力を強めるために、魔神に犠牲をささげる人たちのことだからです。かれらは魔法をきわめるためには手段をえらばない存在として、ウィルダニアではおそれられています。魔術師協会にもいれてもらえず、魔法使いとしては完全に孤立してしまうのです。


「もうわかっただろう。僕たちの誰ひとりとして、明日がくることなんて望んでいないんだ。グラニコスの存在こそが、ぼくたちに役割をあたえていたんだ」


 アルドの言葉に、皆が口をとざしました。

 ほんとうは、わたしもわかっていたのです。

 魔王グラニコスが生きているからこそ、わたしの「神の嫁」としての力が必要とされたということを。そして、明日になれば、この力が異端とされる世界で生きていかなければいけないということを。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます