カイナの悪魔

@therearspirit

カイナの悪魔

「カイナ、香衣奈」

 私を呼ぶ声。

 聞き覚えはある。母親かもしれない。

 ならこれは夢だ。私の親は、もう――

「おい起きろ」

 次に聞えたのは男性の太い声。

「朝だぞ。起きろ香衣奈」


 前言撤回。夢なんて見てなかった。


「朝だから何?」

 ベッドに寝ていた私は、覚醒しっぱなしの意識のまま瞼を開ける。

「学校じゃないのか」

 声がした方向に顔を向けると、白銀の狼がこちらを見つめていた。

「……今日は日曜。だから休み」

「嘘だな、それは昨日も聞いたぞ」

「今日が本当の日曜なの」

「なら外で歩く学生達は何なんだ? なるほど、最近は日曜にも学校があるのか、なら香衣奈も学校に行かなくちゃな」

「うるさいなぁ、ルーは」

 狼に言い負かされた私は渋々ベッドから降りる。

 そのままパジャマを脱ぎ、下着を確認すると床に捨てられていた学校の制服に袖を通す。

 白のワイシャツ、紺のブレザー。そしてチェック柄のスカート。何の変哲もない中学の制服。

 ルーの前で着替えるのは今更なので別に気にならない。そもそも狼だし。

「じゃあ行って来るね、ルー」

「飯は食わないのか」

「この時間じゃ遅刻しちゃうでしょ」

 学生鞄を手にして、外に出る。

 門を抜けて一度振り返ってみると、

 うん、住宅街の中に立つ、何の変哲も無い立派な一軒屋。

 勿論、親の物。今は私しか住んでいないけど。

 理由は、お母さんもお父さんも死んでしまったから。だからルーとこの広い家で暮らしている。

 お金の方は親戚が出してくれるみたいだけど、様子を見に来たりはしない……しなくなった。

「さて、と……」

 家を出た私は、ごく当たり前に通学路とは反対の公園へと向かった。

 学校に行く気なんて元から無い。

 途中で、私と同じ制服の子とたくさんすれ違う。

 中には私を知ってる人も居るかも。挨拶をしてくる人もいるけど、私は無視を決め込む。

 あんな顔の奴らとなんて絶対に関わりたくない。


 公園に着いた私は、ブランコに座った。

 ここからはノープラン。適当に時間を潰さないといけない。けど、すぐにアレが来る。

「やっぱりここか」

「やっぱりルーか」

 私の目の前に来た狼が喋る。日本じゃ狼自体珍しいけど、喋るなんてのは猶更珍しい。

「ばれるとわかって、懲りないやつだ」

「んー、何でルーは私の場所がわかるの? 匂い?」

 昨日は公園じゃなくて家の庭に隠れたりしたけど、これもすぐ見つかった。

「出来ない事は無いが、俺は犬じゃないからな。獲物以外にそんなことしないしそうしなくたって、お前の居場所ぐらいはアイリスが教えてくれる」

 アイリス。便利だけど嫌いな奴。

「それもそっか」

 よっと。私はブランコから降りる。

「学校に行く気になったのか?」

「まさか。それよりルーは自分の心配をしたら?」

「あん?」

 私はルーに警告する。

 ルーには私以外の視線が集まっていた。犬だと思って狼だと気が付く人は少ないかもしれないけど、喋る犬でも話の種。

 ルーにとって幸いなのは、ここを通りがかったのがゴミ捨てに出る主婦ぐらいだったこと。仮に噂が広まっても、与太話ぐらいにしか思われないかも。

「何が言いたいんだよ。いや、言いたいことはわかってるよ」

『このままルーが喋る狼だって証拠が捕まれちゃったら、国家に保護されちゃうね』

 そう言いたかったけど物分りの良いルーはその隙を許さなかった。

「ルーが無害でお利口なわんちゃんだってことを証明するために、散歩にしよう」

「……わかったよ、家でごろごろされるよりはマシだ」

「わーい」

 ルーの了解を取った私は、持ってきた鞄の名から首輪とリードを取り出して、ルーに装着する。

 鞄の中身は以上。散歩セットだけど、ルーに汚物用のビニールとかは要らない。

「俺はあくまでアイリスの使い魔であって、香衣奈の手下でもなんでもないからな」

「はいはい」

 文句を垂れながらも散歩の体裁を作るためにルーは歩き出す。

「でもな、そろそろ行かなくて大丈夫なのか? 学校は」

 ルーは保護者っぽい。狼のくせに。

「義務教育だし、卒業はできるよ」

「その後はどうするんだ」

「なるようになるしかないんじゃないかな」

「まったく、寮制度の所に突っ込んで教育してもらおうか」

「それいいと思う。ルーが許してくれないだろうけど」

「その通りだ」

 寂しがりやなルーだから、私が離れた所、それもペット禁止の場所に行ってしまうのは耐えられないんだろうか。ううん、別の離れられない理由がある。

 そんな話をしながら歩いてると、ルーが珍しく目的を見つけたみたいで、足取りが軽くなっていた。

「見つけたの?」

「ああ、散歩も悪くないな」

 ルーが高揚した様子で進路を変えていく所を、私はゆっくりとついていく。


「ここだ」

 住宅街を少し歩くと、ルーが鼻で家を指す。

「いってきまーす」

 玄関から男の子が飛び出してくる。多分、私と同じ学校の子だろう。

 でも、この時間に家を出ても朝礼に間に合わない。遅刻だ。

「あの子?」

「違うって分かってるんだろ?」

 ルーは否定した。お目当ては彼じゃないらしい。

「まあね」

 分かってた。彼ものっぺらぼうをしていたから。

 でものっぺらぼうなのは私のせいでも人のせいでもなくて、アイリスのせい。

「おっ、出てきたぞ」

 また玄関から人が出てくる。

 出てきたのは大人の女性。さっきの子のお母さんかな。

「また遅刻だなんて……またあの人に何て言われるか」

 女性は、男の子を見送るように道路を見ながらも、頭を抑えながらため息をついていた。

 大きな独り言。おかげで何に悩んでいるのかが良く分かる。

「夫でも恐がってんのか?」

「ご近所付き合いかも」

「人間関係には違いないだろうな。ま、食べてみればわかるだろ」

 オォン!

 ルーが吼えた。

 それが女性に届くと、音もなくその場に無く倒れる。

 それを確認した私とルーはすぐさま女性の傍まで近寄った。

「こいつは分かりやすいよな、出せるか?」

「頭でしょ」

 私はしゃがんで、女性にデコピンをした。

「正確には脳だな」

 ルーが余計な一言を呟いてる間に、女性の額をすり抜けるように黒い卵型の物が浮かび上がって来たと思うと、私の頭上を越え、逃げるように飛び続ける。

「そこそこのエルピスだな。さっさと食べさせてやれ。アイリスも空腹だって急かしてるぜ」

「わかった」

 私は立ち上がって黒い卵、エルピスを見据え、右の手で右目の前で自分の眉毛を引っこ抜く。

 そのままの勢いで、右手を開いてエルピスに向ける。そうしたら私の指先から黒い糸が飛び出す。

 私の魔法の一つ。捕縛したり、引き寄せたりするにはもってこいだけど、それ以外にはてんで向かない、使いにくいやつ。

 それでもエルピスも魔法を使うための卵みたいなものだから、素手で取るのは凄く危険で、無いと困るけど。

 と、瞬間的に考えてる間に糸がエルピスを捕らえる。

「いいぞ」

 そのまま手繰り寄せようとすると、どこからた飛び出た真黒い三つ又の槍がエルピスを貫いて、そのままの勢いで糸を引きちぎって地面に突き刺さる。

「ほう、今日は特に運が良い」

 嬉しそうに声を上げるルーだけど、その気持ちは分からない。

 異常事態じゃないの?

 私は槍に目を向ける。

 槍の長さは私の身長よりも頭一つぐらい長かった。それと、地面と槍の間の刃にしっかりとエルピスが刺さってるのが見える。

 でもエルピスにもう一度糸を伸ばすより早く。女の子が槍の元に立っていて。その子は槍を手に取りながら私に目を向けると、声をかけてくる。

「あなた、魔法少女?」

「そうだけど、そっちは?」

「私はメイ。私も魔法少女」

 メイって言った女の子は、邪魔じゃないのと聞きたくなるほど髪が長くて、地味な紺色のジャージ。多分私の学校と同じやつ。を着ていた。

 あと、顔と手ぐらいしか見えてないけど肌が白すぎる。気持ち悪い。

「また会おう?」

 メイはそのまま歩いて去ってしまった。槍に突き刺さったエルピスごと。

「ルー、追わないの?」

 ルーは嬉しそうにしてたのに、全く動かない。何を考えているのだろう。

「ああ、使い魔の姿が見えなかったからな。メイってやつに戦う意志はあったみたいだが、今じゃないって事だろうな」

「エルピスの事は?」

「魔法少女を食ったほうが効率が良いだろ? 旨い物を食うときは腹を空かせるもんだ」

「ってアイリスが?」

「ああ、アイリスが」

 アイリスが言ったなら仕方ない。従うしかない。

「それに、お前も腹が減っただろ?」

 確かに。朝御飯も食べないで夕方まで外で時間を潰そうとしてた私は馬鹿だと思う。

 とりあえずご飯のために帰ることにしよう。


――女の子は迷子になっていました。

 そんな女の子を、車に乗った心優しくない男性が救ってあげたのです。

 男性は女の子を車に乗せると、最初に名札に注目しました。

 名札は迷子札の代わりにもなっていたので、なんと女の子の住所や連絡先まで、しっかりと書き込まれているではありませんか。

 男は喜び、女の子の自宅へと電話をかけます。

 電話を取ったのは女の子のお母さんでした。


 お母さんは帰りの遅い娘の安否が分かって安心したのは束の間、男性の言葉に運命を狂わされてしまいます。

「娘を返して欲しければ、言う事を聞け」

 実の娘の誘拐事件に遭遇してしまったのです。

 男性の要求は簡単なものでした。

「両親揃って指定した場所に来い」

 身代金等一切の要求はありません。ただ、人気の無い場所に二人だけで迎えに来いとだけ。

 さらに男性は律儀なことに、事情を知らない女の子のお父さんが家に帰って来るまで待っていました。

 何か裏があることを考えながらも、両親は娘の為に従うことにしました。

 警察にも伝えず、二人きりで指定の場所に向かいます。

 たどり着いたその場所に人影は無く、一台の車が停車しているだけ。

 車に近寄ってみると、犯人の男性と、最愛の娘の姿。

 両親は一安心。


 一方男性は、そんな両親を笑顔で車へと迎え入れます。

 男性はお父さんを助手席に、お母さんを女の子の座る後部座席に座らせたのを確認すると、

 お父さんを殺しました。

 それは一瞬のことです。ドアが閉められたのを確認すると、男性は車を急発進。すぐさま急停車させてバランスを崩してやれば、後は楽勝でした。

 その手にナイフを握り、一突き。

 男の凶行を目撃したお母さんは半狂乱に陥りながらも声を抑え、ドアを開けて逃げ出そうとします。

 でもドアは開きません。鍵が掛かっているわけでもないのに、何故?

 それは、チャイルドロックがされていたからです。

 本来は子供が誤ってドアを開けるのを防ぐものですが、こうなってしまっては大人でもドアや窓を破壊するか、身を乗り出して運転席から出る以外にありません。

 不幸にもそんなことに気が付かないお母さんは、必死にドアを開けようとします。

 両腕に力を込めて、精一杯に。

 その様子を眺めた男性は、満足げに笑うと、お母さんではなく女の子に手を伸ばしました。

 そう、その手の指を

 指を女の子の両目に突き刺したのです。


 ただそれだけです。死にはしません。

 ですが女の子の視界は痛みとともに真っ赤に染まり、以降の生涯で何を見ることもできなくなってしまうでしょう。

 何が起きているのかまったくわかっていなかった女の子は、この時初めて、男性が怖い人だと知りました。しかし、何かをされてからではもう遅いのです。

 涙が先か、痛みが先か。女の子の眼からは涙が流れています。

 いいえ、どちらも同時なのでしょう。涙と言っても、紅い血の涙ですから、痛みと共に流れ出ていることでしょう。

 女の子は叫び声をあげました。痛みと恐怖から来る悲鳴です。

 これで男性の準備は万端です。

 満を持して、お母さんへと手を伸ばします。


 お母さんも殺されてしまったのでしょう。しかし女の子にはそれが分かりません。

 見えていないからです。パニックと自分の声で音も聞こえないからです。

 これで男性の凶行はお終いです。

 この後はどうなったのか? それは悪魔と魔法少女が知っています。


 男性は、悪魔に憑かれていました。

 経緯はどうあれ、悪魔の囁くままに人を殺した。ただそれだけなのです。

 悪魔の目的は、宿主を探すことでした。純粋な心を持つ女の子に傷を与え、そこに付け入る。

 体の傷は、成り代わって肉体に馴染むために。心の傷は、栄養とするために。

 目論見どおり、悪魔は宿主を見つけることが出来ました。

 悪魔は宿主に自分の力を貸し、更に栄養を求めます。

 女の子は、自分を恐怖に陥れた魔の手を、自分のものにしました。そしてまず最初に……


 また、魔の法を扱う新たな魔法少女が生まれたのです――


――懐かしい記憶。

 魔法少女の原点。

 今度こそ夢を見ていたのかもしれないけど、多分そうじゃない。

「香衣奈、そろそろ起きないか?」

「ん、ルー。おはよう」

 私はベッドの上で寝ていたらしい。

「飯の後すぐに寝やがって、行儀が悪いぞ。制服のままだし……どうかしたか?」

 狼が心配そうな顔を向けてくる。そんな感じがするだけで狼の表情なんてわからないけど。

「ん、昔の事を見てた」

「そりゃアイリスの仕業だな。鼓舞してるんだろうよ」

「やっぱりそうなの。本当にありがた迷惑」

「悪魔と人間じゃ意識の差もあるだろうな。さ、とっとと行くぞ」

 多分、メイの所。

 悪魔にとっての大好物は人の心の傷。だから魔法少女の傷は格別だって言う。

「今行くの?」

 そもそも夜だし。外は真っ暗。

「腹ペコでご立腹だそうだ」

「わかった」

 アイリスが言うなら仕方ない。アイリスは、私の瞳代わりだから。

 でも、どこに行くんだろ?

「行くぞ、付いて来いよ」


 ルーに付いていくと、公園に辿り着いていた。

『ここにメイが来るの?』

 そう聞こうかと思って、やめた。

 公園には先客がいたから。

「やっぱり、来た」

 暗くても悪魔の眼を通してメイの姿がはっきり見えた。

 心の傷を持ってない人間は、全員のっぺらぼうで映すくせに。

 明るいうちに見たときと変わらないジャージ姿。

 一つ違うのは、肩に蝙蝠を乗せていること。

 多分、使い魔。

「何でここが分かったの?」

「匂いが、強かったから」

「エルピスに纏わり付いた糸か。なるほどな」

 ルーが感心したように呟く。

 糸? それだけでも匂いを辿れるの?

「でも家を襲われなくて良かったな。広い場所でも戦える」

「カルディアは誇り高い子よ。そんな卑怯な真似はしません」

 今度は蝙蝠が喋った。喋ると思ってたけど。

「ヴラド」

「ええ」

 メイが蝙蝠に声をかけて、使い魔それに答える。

「ルー、始めて」

「ああ」

 私もすぐにルーに声をかける。

 キィン!

 オォン!

 蝙蝠の金属音みたいな声が頭に響く。耳に悪いと思う。

 でもルーも負けてない。地ならしする様な音が響いていく。

 次に来たのは衝撃波。声が共鳴した。

 使い魔が鳴くのは、部外者を排除して悪魔を目覚めさせる声ってルーが言っていた。

 始まりの合図。


 先に動いたのはメイ。

 ルーたちの声が収まる前に、メイは手を自分の胸下を突き刺す。

 え?

 メイの体から、黒い液体が漏れてる。血液だと思うけど、それよりも遥かに黒い。

 辺りが暗いせいでそう見えるだけかもしれないけど。

 メイが体から手を引き抜くと、三つ又の槍が握られていた。

「カルディア」

 一言、悪魔だろう名前を呟いて私に投げつけてくる。

 まっすぐな軌道をかわすのは簡単。槍は背後のジャングルジムに挟まった。

「グングニルじゃなくて良かったな」

 遠吠えをやめていたルーが呟く。

 情報が貰えるのは助かるけど、あまり声をかけられても集中できない。

 ちなみにグングニルっていうと、百発百中の槍。そんなもの実在しないと思う。

「あら、グングニルでなくても、聡明なカルディアは高貴な存在よ。差し詰め、悪魔のトリシューラってところかしら」

「トリシューラ、神が持った三つ又槍か。趣味が悪い」

 口喧嘩なら、他所でやって欲しいんだけど。

「今のは、お試し」

 メイの声がしたのは、背後。槍のあるジャングルジムからだった。

 いつ移動したの?

「おいおい、人間の身体能力じゃないぜ」

 ルーも驚いてる。

「今度は、ナスに、する」

 ジャングルジムの上から、また槍を投げてくる。

 ナスって、茄子?

 反応が遅れたのは、その言葉に引っかかったからじゃなくて、槍の矛先が見当違いの所を向いていたから。

 でも、槍は曲がってきた。

「アイリス!」

 動いてかわせないと思った。私は悪魔を呼んで魔法を使う。

 でも無常にも槍は直撃して、私が砕けるのが見える。

「鏡?」

 砕けた私の近くに刺さる槍に、一飛びで着いたメイは、私の正体を確認していた。

「正解!」

 私が映る鏡を作って、誤魔化すだけの魔法。

 私は一瞬だけ戸惑ったメイに殴りかかる。

 メイみたいに槍のような武器があればいいけど、残念ながら今みたいな攻撃に向かない魔法ばっか。

 でも、槍? 巨大な武器? 出て来た場所は?

 わかった、槍の正体は、多分アレ。

 考えながら手刀を振り下ろすけど、メイはそれを許してはくれなかった。

 地面から引き抜かれた槍が、また私を砕く。

 私の魔法は攻撃に向かないから、こういう子供騙ししか出来ない。

「鏡が……!」

 ほら、メイも驚いてる。

 割れた鏡の破片が、メイに向かって飛び散る。

 本当に子供騙しだけど、相手は子供。十分でしょ?

 狙い通り、破片はメイの体に刺さっていく。

 メイの悪魔は胴体に宿ってると思うけど、これである程度絞りこめるなら。

 でも、効果は薄かった。

 メイはどこも守らないで、鏡を受けた。あちこちに切り傷が出来て、突き刺さっている箇所もある。

 でも、驚いたのはこれからだった。

 メイの傷口から、黒い液体が飛び出してくる。水圧の刃。

 眼だけは、守らなくちゃ!

 咄嗟に顔の前で両腕を組むけど、失敗だった

「頭……」

 メイの呟きで、確信する。アイリスの場所が、ばれつつあるって。

 その攻防を見ていたヴラドは、ルーに話を持ちかけていた。

「ねえ、予想をしません? メイは彼女の悪魔が何処に宿っているか、見当がついていると思うの。狩るのも時間のうち」

「いや、香衣奈は槍が出て来た時の様子に気付いてるだろう。奥の手がばれてるんじゃないか?」

「あら、ネタが割れていても、覆せないものはあるわ」

「なんだと?」

「身体能力よ」


 一回近づいてしまうと、メイに分があった。

 三つ又槍の鋭い突きを、かろうじてかわすのが精一杯。

 というのは少し間違い。頭を守るのが精一杯で、何回か体にかすってる。

 武器の差もあるけど、メイの動きが、普通じゃない。槍を投げるパワーもそうだったけど、突きの速度も、悪魔の眼がなかったら見切れてないかも。

 それにしても、生気の無い白い肌に、蝙蝠を連れているし、血も操るなんて。まるで吸血鬼!


 ――でもこの世に不死の存在なんて居ない。

 私は黒い糸を出しメイに絡み付けた。

 少しでも時間稼ぎにはなれば良い。

「ん」

 メイはうざがるように糸を振り払い、引きちぎる。良かった。

 その隙に少しでも離れた私は、自分の知識を頼ることにしてみる。

 ――

「まさかね」

 たどり着いた答えに、思わず口に出してしまった。吸血鬼に杭を打ち込もうって心意気。馬鹿みたいな発想。厨二病というもの。

 でも、わざわざ槍に神話の名前を出したのなら、相手も馬鹿かもしれない。

 そしてあれじゃあどうせ守るのもろくに出来ないんだし。

 やるしかないんじゃない?


 とりあえず、前に出ることにした。

 かわすのはやめて、全部受け止めるつもりで。

 そんな私に、メイの表情は一つも変わらない。馬鹿にもしないし、深読みもしてないとおもう。

 獲物がよってくるなら必殺を計る。

 良い魔法少女。戦士かもしれない。

 そして、間合い。槍が放たれる。

 ――アイリス。

 私は、悪魔にお願いした。


「ほらな、奥の手がばれてない方が強いだろ?」

「ですが、まだカルディアの場所を把握してるわけでは!」

「いや? 一度取った距離をわざわざ詰めた時点で、勝負はついてると思うぜ」


 まだ生きてる。槍を受け止められた。

 ……私の左目は今は見えない。そこからはアイリスが、腕の形をした悪魔がしっかりと槍を握っているから。

「悪魔の、腕。それが、あなたの」

「そう。これが私の悪魔、アイリス」

 槍を握られて動きが制限されてるはずなのに、メイは動じない。そのまま私の攻撃を受け止めるつもりなのかも。

 素手の攻撃ならなんとも無いと思ってるのかな。

 じゃあ、勝ったかも。

 私は、腕でメイの胸を貫く。黒い、悪魔の腕で。

 だって眼は二つあるからね。



――私は普通の女の子だった。

 でも、何処で間違ってしまったのだろう?

 私には、アイちゃんって友達がいた。幼馴染って言うものだと思う。

 とにかく、仲が良かった。何をするにも一緒だった。二人だった。

 でもちょっとずつ大きくなって、他に友達が出来て。それから。

 最初に刺されたのは、学校の仲良しの中で、アイちゃんだけがお手洗いに出てるときだった。

 皆はお手洗いに行くにも皆に声をかけて、一緒にいこうとする。でもアイちゃんは、行きたくなったら一人で行く。

 そんなアイちゃんを見て、一人が言ったの。

「アイっていっつも一人で動いてるけど、男でもひっかけるじゃないの?」

 私には良くわからなかった。いつだって私と一緒だし、男の子と仲がいいなんて想像出来ない。

 そうしたら、今度は一人が質問してきたの。

「皆で居た方が楽しいよね?」

 私は、アイちゃんと居たら楽しいから、頷いた。

 でも、何かがおかしい気がして。何がおかしいかはわからないけど。その違和感は、正しかった。

 それからも、その友達とは仲が良かった。

 でも、友達は私とアイちゃんと引き離そうとする。

 この間も、アイちゃんが私と遊びたいって誘ってくれたのに、友達の一人が私に抱きついてまで引き止める。

 アイちゃんは大丈夫って言ってたけど、寂しそうだった。

 刺された。

 それでも学校が終わった後は変わらずに二人で仲良く遊んだ。

 思い出して、誘いを断ったことを謝るけど、アイちゃんは大丈夫。大丈夫。って許してくれる。

 また刺された。

 そんな日が続いて、誘われては断らされて。

 刺されて。刺されて。何かに刺されて。

 何に刺されて? 刺されて。刺される。

 そしてあの日。

 友達の間で、珍しくアイちゃんの話になった。でも、悪口ばかり。

 痛い。それだけでも、刺されて凄く痛い。痛かったの。

 私は何も喋らなかった。喋りたくなかった。でも、聞かれちゃった。

「アイのこと、どう思ってるの?」

 好きだけど、言えなかった。

 私がアイちゃんに迷惑をかけてるから、アイちゃんは私を嫌いになってるかも。

 私はアイちゃんを信じられなくなっちゃって。

 私にアイちゃんは無理に笑ってくれてるのかな。

 私をアイちゃんが刺してるのかな。

「アイちゃんのことは、もういいの」

 言っちゃった。

 考えるのが面倒くさくなっちゃって。アイちゃんのことはどうでもよくないけど、アイちゃんのことを考えるのは、もう嫌。

 でも、皆はそう受け取ってはくれないみたい。

 何よりアイちゃん自身が。

「えっ」

 アイちゃんが、そこに居たの。

 心臓が止まりそうだった。

 一瞬でも、止まったかもしれない。

 ううん、壊れちゃったのかも。


 後でわかったけど、あの時、友達の一人がわざとアイちゃんを呼んでたみたい。

 それを知った頃には死んでるんだけどね。

 アイちゃんに聞かれた後は、刺しちゃったの。痛かった所、刺されてたところを。グサりと。

 その時に、悪魔さんが見えて。

 紅いものが流れて、紅い紅い紅いのが次第に黒くなって黒く黒く。痛くなんて無くて、体の中を大掃除してるみたいで気持ちが良くて。

 そのまま私は、カイナは、違う、メイは、じゃなくて、カイナは。カイナはカイナはカイナはカイナはカイナは、魔法少女になりました――


「香衣奈」

 ルーの声で、目が覚める。

 多分、メイを。彼女の悪魔、カルディアを食べたのだと思う。

「しかし、心臓に宿る悪魔がいるとはな。一度死んでから蘇生したって事だろ?」

 まるでゾンビ。死んだ体がよみがえる。でも私の眼も似たようなもの。もっと言うと魔法少女全員が似たようなものだから、言えないけど。

「で、どうだった?」

「どうって、何が?」

「記憶だよ。どんな感じだった?」

 メイの記憶、魔法少女になった傷のことかな。

「私、友達いなくて良かった」

「なんだそりゃ……」

「だって、友達がいなかったらメイが悪魔を宿すことはなかったし、なった後にも、あんなに無口に、心を閉ざすことも無かったと思う」

「ふーん、なるほどな」

 ルーは多分わかってない。

「ああそれと、よく心臓だってわかったな」

「それは、なんとなく。吸血鬼っぽいな。って思ったから、弱点を考えてみてその通りだっただけ」

 本当はああの黒い血。あれがメイの身体能力を引きあげていた。だから、血に関わる所を狙った。なんて、真面目ぶるのは恥ずかしかったから誤魔化してみた。

「偶然かよ」

「もしかしたら何か法則があるかもよ?」

「じゃあ自分に当てはめてみろよ」

 狼に言い負かされる。

「ま、とりあえず帰ろうぜ。明日は学校に行けよ」

「ルーは散歩の良さに気がついたんじゃないの? 明日も散歩でしょ?」

「それはたまにはだよ、たまには。そうだな、週に一度、日曜に行きたくなるな」

 口の減らない狼。

とりあえず、帰ろう。



「香衣奈、起きろ」

「んー、なんで?」

 朝。ルーが起こしに来た。

「学校だろ」

「……今日は日曜」

「じゃあ散歩だな? さっさと準備しろ」

 どんどん勝ちの目が潰されていく気がする。勝ったことないけど。

「仕方ないなぁ」

 とりあえず、気分を変えてみようとカーテンを開けてみる。

 日差しが眼に痛い。

「あれ?」

 何かが違う。

「顔が、見える?」

 窓の向こうには学校に向かってる学生の姿。

 今までなら全員がのっぺらぼうに見えたのに、今日は顔がある。

「アイリスからの礼だとさ。美味いもん食わせてもらったって」

「なにそれ。悪魔も変な所あるね」

「ただし、気に入らないようだったら元に戻すだそうだ」

 それは酷い脅しだと思う。

「学校、行ってみる」

「おう行って来い」

 ルーが笑ったように見える。

 声を上げているので、狼だから表情がわからなくても笑っているのは確か。

 私は急いで制服に着替えて、そのまま部屋を出ようとする。

「香衣奈、やっぱり友達は欲しいんだろ?」

「別に」

「まあ、出来なくても安心しろ。悪魔だって生きることが第一。そのために宿主には健康的に過ごしてもらわなくちゃいけ

ないからな。サポートはしてやるぜ」

「……行ってきます」

 そもそもルーと一緒にいると友達できないと思う。

 学校で作っても、絶対に家に呼べないし。


 そして家を出て気がついた。

 鞄の中、散歩セットしか入ってないや。

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