神様は気まぐれ

和瀬きの



 *



「あなたは、いつからですか?」


 隣に座る女性に話しかけられたのは、面接待ちの教室に案内されてから一時間経った頃。


 しんと静まり返ったその雰囲気に耐えられなくなったのか、隣にいた私と会話をすることで緊張を紛らわそうとしているのか。

 どちらにしても、くりっとした可愛らしい瞳が揺れて唇が震えているのを見たらほっとけなくなった。


「私は五年。ずっと待っていたけど、見向きもされなかった。あなたは?」

「あ。わたし、三年……です」

「気にしないで。年数なんて関係ないから。傷つけられたことに変わりはないんだから」


 多分、私と同じ年頃。同じ女とは思えないほど可愛らしい。

 私は目つきも悪いし、髪だってショートで金に染めてる。

 この子みたいな大和撫子じゃない。今更だけど、よく話しかけられたなって思う。


「傷ついてはいません。ただ、悲しいだけです」

「それを傷つけられたって言うんだろ?」

「……そうかもしれませんけど。わたしは、気づいて欲しくて」

「じゃあ。あなたが望んでいるのはハッピーエンドね」


 もじもじと重ねた手を動かすその子は、私と考え方が違うと思ったのか黙ってしまう。

 何か、悪いことしちゃったかな。


「私もずっとハッピーエンドを望んでいたんだ」


 何を話そうとしているのか、私の口が止まらない。


「神様ってのは気まぐれでさ。あんたもわかってるんだろ?」

「理解はしてます」

「私らが求めても、願いを叶えてなんてくれない。自分で生み出したくせに、飽きたら簡単に捨ててしまうんだ」


 そんなキャラじゃないのに、涙が止まらなくなる。それを見たこの子まで泣き出しちゃって、本当にどうにもならない状況。

 私は涙を拭って、気持ちを吐き出したくて喋り続けた。


「私は見た目通り、わかるだろ? あんたみたいな女の子をいじめて、邪魔ばかりしていた。そういう役どころ」

「……何となくわかります」

「でさ、これからって時に……あと少し。ゴールは見えていたのに動かなくなって」


 油断していた。

 こんな場所に来るなんて想像すらしていなかった。

 だって生み出された時から、神様が愛してくれていたから。意地悪な私でも愛してくれていたから。


「カナデさん、カナデサキさん。どうぞこちらへ」


 教室に現れたスーツ姿の女性が名前を呼ぶ。すると横にいた彼女が立ち上がる。


「はい」


 すっかり泣き顔になってしまった。私も同じか。こんなふうに泣いているなんて、神様は知らないんだろう。考えたこともないんだろうな。

 この子みたいにハッピーエンドを願っている人はたくさんいるのに、どうして上手くいかないんだろう。


「行ってらっしゃい。素敵なハッピーエンドを願ってる」


 優しい心を持っているうちは、夢を見た方がいい。まだ生きているんだから。


「ありがとうございます。わたし……」


 彼女が強い目で私を見つめてきた。それまでなかった表情だから、意外すぎて驚いた。


「神様は気まぐれかもしれません。でも、本当はちゃんとわたしたちのことは覚えていると思うんです。休んでいるだけだって、思いたいんです」


 そう思いたい気持ちはわかる。でも、私は待ちすぎた。誰も信じられなくなってしまったんだ。

 神様なんて、一番信用出来ないものじゃないか。


「もし、そうじゃなかったら? 私たちのことを本気で捨てたんだとしたら?」

「……それまでです」

「え?」

「神様がそう決めたのなら、わたしは従うしかないです」


 その子は一礼して、そのまま廊下へ飛び出す。さっきよりも元気になって、何か決意に満ちていた。


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